第40話 決戦の朝
天気は快晴だった。優子が、起床時間を告げる音楽を聴いて起き出した頃には、夏実の姿は部屋にはなかった。
(緊張して、眠れなかったのかな)
優子はそう思って心配になり、寝間着から着替えて寄宿舎の外を見回る。
休日ではあるが、運動部の朝が早い生徒たちはすでに朝練をしたり、ジョギングをしていたり、学園の敷地の中からは、すでにそこかしこから人の息吹が聞こえてきた。
爽やかな朝だった。
「ねえねえ優子ちゃん、これ分かる?」校舎裏を歩いていた優子に、突然後ろから声がかかる。
振り向くまでもなく、誰の声か分かる。よかった、元気そうだと優子は思う。
「夏実ちゃん、また詰め碁見ながら歩き回っている」本を手にしながら歩き回る夏実の姿を見て、優子が苦笑する。
「だって、何となく落ち着くんだもん」
「朝起きたらいなかったから、心配したんだよ」優子が、ほっと一息つく。夏実が不思議そうにする。
「大丈夫だよ、ただとっても楽しみだから早く起きちゃって、落ち着かなくて」
「遠足の前の日みたい」
「そうかも」優子は、すごいなと思う。自分はここ一番という場面には弱いタイプだった。こんな風に自然体で落ち着いていられない。
羨ましいと思うと同時に、頼もしくも感じる。
「応援しに行くから、頑張ってね!」
うん、と夏実は答える。すっかり昇ってきた太陽が強く照りつけ、今日は暑くなりそうな予感をさせる。
夏実が対局室に入っていった時、すでに沙也加は自分の席についていた。
「先輩、お疲れさまです」夏実が挨拶をして、対面に座る。沙也加は軽く会釈をしただけで、相変わらずの無表情で、感情が読みとれない。
夏実は気合いを入れ直す。ようやく、もう一度対局が出来る。
おじいちゃんとはもう二度と打つことは出来ないけれど、先輩とはこれから先、何度だって対局が出来る。
なぜ先輩を選んだのか、今なら分かる気がした。ただの一目惚れだったのだ。その立ち入る振る舞いに、囲碁の強さに惚れた。それ以上の理由はなかった。
そうであるならば、余計な難しいことを考えずに正面からぶつかるのみだ。それならば自分の得意分野だと自負する。
にこにことしている夏実を、沙也加がいぶかしげに睨む。
「私のニギリね」沙也加が宣言する。白い碁石を掴み、碁盤の上に握り拳を置く。
夏実は黒い碁石を一つ掴んで、碁盤の上に置く。沙也加が握っている石の数が奇数であると予想する。沙也加が手を開き、石を数えていく。並べられた石の数は七個、夏実が先手、黒番になる。
対局時計も、持ち時間である一時間に設定し、準備が全て整う。教師の合図と共に、挨拶をする。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
対局が始まった。
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