第3話 夏実の記憶、囲碁との出会い

「ねえ、おじいちゃん何してるの?」


 始まりは、その姿に興味を持ったからだった。祖父がテレビを見ながら碁盤の前に座り、石を並べていた。


「おお、夏実か。これはな、囲碁っていうんだよ」


「い・ご?」行為に輪郭が与えられた瞬間。あたしは一つの枠組みを得る。


「そう。お前の大好きなゲームだ」ゲーム、と聞いてあたしは目を輝かせる。友達と遊ぶのは大好きだったけれど、大人もゲームを遊んでいたんだ、と初めて知った。


「きれいな石。これをたくさん並べた方が勝つの?」おじいちゃんが持っている、白と黒の石を触りながら尋ねる。


「そうだな、囲碁っていうのはこの白い石と黒い石の喧嘩のようなものだな」


「ケンカ? この二人は仲悪いの?」表面には何の模様も浮かんでいない、無機質な石がどこか怒りっぽい少年たちの姿のように見える。


「そう。この碁盤の上で、どっちの陣地が広いか縄張り争いをしてるんだ」


 おじいちゃんの言葉を聞きながら、縦横に格子状の線が引かれた碁盤を眺める。そこで入り乱れる白と黒の石が、しょっちゅう問題を起こしている、近所の悪ガキ集団とだぶってくる。


「じゃあいっぱいいる方が有利だね」あたしはケンカの様子を思い出しながら答える。


「ああ、だから数で差が出ないようにお互いに石を一つずつ置いていくんだ」


 テレビを見ると、おじいちゃんの言っているとおり、向かい合っている人たちが順番に石を置き合っていた。


「自分のナワバリとか、相手のナワバリとかどうやって決めるの?」気になっていたことを尋ねる。テレビを見ている限りでは、石が入り乱れて置かれており、どっちがどっちの陣地なのかは、さっぱり分からなかった。


「この囲碁の石はな、相手の石に囲まれてしまうと取られて相手のものになってしまうんだ」


「えー、根性ないなー」あたしの言葉に、おじいちゃんが微笑む。


 少し脅かされたぐらいで、すぐに降参して相手の軍門に下ってしまう情けない少年のように思える。


「まあ、そういうな。ルールなんだし、石だって可哀想だろ。それで自分の陣地というのは、相手の石が入りたくても入ってこれない場所のことをいうんだ」


「分かった! 秘密基地みたいなものだ!」女は入ってくるなと言われた、近所の悪ガキ共が作った、秘密基地を連想した。


 あたしが行こうとしても、常に誰かしらがこっちを見張っていて入れなかった。この石で作られた陣地も同じで、ぐるりと石が取り囲んでいて、誰も入ってこれないように番をしているような、そんな感じがした。


「じゃあこのテレビの人たちも、おじいちゃんも秘密基地を作ろうとしてるんだ」


 テレビの中では、大人の男の人と女の人がすごく真剣な表情をしているのに、何だかおかしくなった。あたしが女だから混ぜてもらえなかった遊びが、ここでは男も女も大人も子供もなく、混ざり合っていた。


「あたし、囲碁やってみたい! おじいちゃん、教えてもらえる?」


 あたしの頼みに、おじいちゃんが相好を崩し大喜びする。その様子はどこか子供のようで、それがとっても不思議な感じがしたのを覚えている。


 幸せな時間。あたしはおじいちゃんと囲碁が大好きになった。

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