第2話 少女たちは互いを知る
「それで、住谷(すみたに)が迷子になっていた転入生を連れてきてくれたんだな?」
場所は職員室。朝のホームルームの時間だが、担当のクラスを受け持っていない先生だけがポツポツと残っている中、優子の担任の香村道子(こうむら みちこ)が、並んでいる優子と少女を見ながら言った。
香村は、ラフに白衣を着こなした若い女性で、いかにも理系な教師という感じでさばさばしているのが、一部の女子生徒の間で人気があるらしいとか、そんな噂を優子は聞いたことがあった。
「案内したにしては妙に到着が遅いが……、まぁ今回はこっちとしても助かったし、気づかなかったことにしてやるから、次からは気をつけろよ」
さすがに遅刻したことはすっかりとバレているようだが、何にせよ助かった、と優子は安堵の息を吐く。それにしても、何か様子がおかしいと思ったが転入生、それも同じクラスだったとは驚きだった。
「天涯、天涯夏実(てんがい なつみ)だよ! よろしくね!」少女が元気よく優子に向かって自己紹介をする。
「住谷優子(すみたに ゆうこ)です。よろしくお願いします」優子も自己紹介を返す。
「あー、天涯も囲碁専攻のクラスだから住谷も入ったばかりとはいえ、先輩ということになるから、色々と教えてやってくれ」香村が優子に告げる。
はい、と返事しながらやっぱりと優子は思った。この学園、私立リンドウ女子学園の中等部では、一般課程の生徒の他に様々な専門課程のクラスを持つ生徒が入学している。その中でも囲碁のプロを目指すためのクラスは日本でも数が少なく、それを目当てに入学してくる人は多い。優子もその中の一人だった。
囲碁というのは一対一で行われるボードゲームの一種で、碁盤と呼ばれる木の台の上に白と黒の石を互いに置き合い、どちらが陣地を多く作れるかを競うものだ。
江戸時代に徳川幕府が、囲碁を打つ人たちに俸禄(給料のようなもの)を支払うようになり、プロとしての制度が確立、その後明治維新や世界大戦などを経て制度が変わりつつも、海外でも人気や知名度が増し、広く親しまれるようになった。
お年寄りが打つもの、というイメージは強いが、プロの大きな大会では数千万円の賞金がでることもあり、プロ棋士——囲碁を打つ人のことを棋士と呼ぶ——を目指す少年少女も多い。
そんな子供たちのために、囲碁の勉強と学業のバランスを取りながら立派な成人を目指す必要がある、というのが一部の関係者の間で議題となり、必要なカリキュラムを組みながら一部の学校がこうした専門課程を用意することになった。
「やっぱり、優子ちゃんもプロ目指してたんだ、そうだよねぇ、一目でサッと答えられちゃうんだもん」夏実がさっきの回答を思い返すようにつぶやく。優子はハグの感触を思い出して、またもや顔が赤くなる。
変わった女の子だ、と優子は思う。感情表現がとてもストレートで、同じ中学一年生だというのに、まだ小学生のような印象を受ける。
「よろしくね」夏実が握手を求めて手を差し出す。プロを目指すというのは果てしのない競争の道を歩くようなものだ。プロになるための、試験を受ける資格を得るのにも競争が行われる。優子は自分にとってクラスメイトであり、友にもライバルにもなり得る相手の手を握り返した。
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