第2話

ー……久々だなァ此処ここに来るの。テスト期間中は出禁だからなぁ……僕。

暑苦しい夏の日差しが和らぎ、薄ら寒い秋に成り代わる今日此頃このごろ破間はいだの街にある中学校からの帰り道、漆池優弥しいけゆうやはそんな事を考えながら馴染みの古書店に向かっていた。

ガラララララッ

すっかり耳に馴染んだ扉の開く音を聴きながら優弥は、古書独特の匂いに包まれた店内に入る。

「深谷さーん居ます〜?」

「おぉ優弥くん久し振りだね? 二週間ぶりかな?」

店内に声を掛けるとすぐに返答があって奥から六十代位の老人が出てきた。

「すいませんテスト期間中でして……」

「イヤイヤ謝る事無いさ。優弥くんのテスト期間中出禁は入学当初から絶対命令なんだろ?」

「ハイ。学年一位とテスト期間中出禁は父からの絶対条件なんですよ……」

「頑張るね〜ハイ此れ頼まれてた本。待ち侘びてただろう?」

「有難う御座います。テスト期間中待ち遠しくて勉強に手が付かないって事、多々ありましたもん。一応しましたけど……」

「あはは優弥くんらしいな。本代三千七百五十円だよ」

本代を支払って帰ろうとした時、深谷さんが思い出したように話し掛けてきた。

嗚呼ああそうだ。優弥くんは知ってるかい?」

「? 何をですか?」

「此処破間の街に伝わる噂話」

「嗚呼あの森の中にある不思議なお店の話ですか?」

「そうそう。そのお店は店に呼ばれたモノしか行けないらしい。私も何時いつか行ってみたいなぁ」

此処破間の街には不思議な噂話がある。優弥の通う中学校の近くにある薄暗い森、通称『常闇の杜とこやみのもり』には選ばれたモノしか行けない摩訶不思議なお店があるらしい。其処そこへの扉が何時いつ開くのか、またどんなモノ達に扉が開かれるのかは全く解らない。けれど実際に存在しているらしい。

その店の名はーーー……

「…………ん……弥くん、優弥くん?」

心配そうな呼び声が自らの思考に耽っていた優弥の意識を現実に引き戻した。

「え、ア、嗚呼すいません考え事してました……」

「大丈夫かい?」

「ハイ大丈夫です。で、何でいきなりその話に?」

「嗚呼イヤね最近来たお客に『龍忌堂りゅうきどう』って言うお店を知らないかと訊かれたんだが、私が覚えてる限りではこの商店街にはそんな名前のお店が一つもないんだよ。優弥くんも此処に来るまでに見てないだろう?」

「ハイ確かにそんな名前のお店は一つも無かった筈です。あるなら真っ先にシュウが反応してる……」

「だろう? だから此処には『龍忌堂』って言うお店はありませんよって答えたんだ。そしたら今度は、じゃあ此処に伝わる不思議なお店の話がありませんか? って訊いてきた。話を聴いたらその人は如何どうしてもそのお店に行きたいらしい。だから一応噂話を話して帰ってもらったんだけど妙にそのお店の名前が頭に残ってね……」

「そうですか……残念ながら俺も知らないんですよその……『龍忌堂』? でしたっけって言うお店は……」

「そうか……イヤ御免ね引き止めて」

深谷さんはそう言って話を打ち切った。

「ア、ハイ。じゃあまた今度来ますね」

帰りの挨拶をして優弥は店を後にした。

ー…………『龍忌堂』か……シュウなら何か知ってるかな……彼奴あいつの情報収集力半端無いし……

考え事をしながら帰路に付いていると、スッと目の前を真っ白な毛並みをした狐が通っていった。まるで優弥を誘う様に普通の狐には到底出来ないであろう、ニヤリとした笑みを浮かべて。

「え、今狐が……笑った……?」

優弥が困惑して声を上げた時には既に狐の姿は跡形も無く消えていた。

「なん、だったんだろう……今の……幻覚、じゃないよな……? …………ってア!? 門限!」

困惑しながら何とは無しに腕時計を見て門限が思っていたよりも近付いていることに驚いて慌てて歩くスピードを上げる。

ー…………まァ良いや。明日辺りにでもシュウに聴いてみよう……

そう考えて優弥は思考を打ち切った。

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