第二話「泥の味」

2、

 ジェスは顔を上げて、街を練り歩いていた。先日からの念願だったボロ剣の買い換えが出来たことで、自分が歴戦の勇者になったような気さえした。

 カタンと待ち合わせた酒場に向かう途中で、偶然にも彼女を目にした。カタンの忠告を忘れていなかったジェスは、さっと身を潜めた。お付きの誰かに顔を覚えられていたら、二度目の遭遇は悪心アリとして受け止められかねない。貴族にとって底辺冒険者は害虫のようなものだ。外に出てまであえて駆除する手間は掛けたくないが、手塩に掛けた花にまとわりつくなら処分するのが当然だった。

 こうしてこそこそとしている姿こそ怪しいのはさておいて、ジェスは名前も知らない天使、穢れを知らぬ一輪の花、優しき貴族令嬢が通り過ぎるのをじっと待ち続けた。だが、彼女は足を止めた。彼女の隣を歩いていた華美な服装の男も同時に足を止めた。辺りの景色から浮いているのは二人ともで、道行く人々は申し訳なさそうな顔をして脇に避けていった。

「どうしたんだい、マリア」

 マリア。

 それが彼女の名前だった。ただ、その美しく、優しげな名前を知ったのが、鼻持ちならない貴族の青年が口にしたおかげ、というのは、ジェスにとってあまり嬉しくなかった。

 太陽を背に、金色の髪をふわふわと輝かせたマリアは、悲しげにどこか一点を見つめていた。視線の先にいたのは痩せ細った少女たち。マリアほどではないが、どの娘もそれなりに見栄えがしていて、しかし特徴的なのは首輪をしていることだった。

 一人の例外もなく、首輪を付けた美少女たち。

 ジェスは少女達の顔に見覚えはなかったが、雰囲気には覚えがあった。

「その、あの子たちは……」

「奴隷さ。君の目には毒だね、道を変えようか」

 おそらくは、街でいま評判の、羨望と嫉妬の的たる彼の所有物だった。財力も実力も兼ね備えたあの有名な冒険者は、街中ではこうして奴隷少女たちを自由に行動させている。奴隷ハーレムの主はどう扱っても良い奴隷に対して、豪毅で、鷹揚で、寛容に振る舞うのだと。

 その証拠に、首輪を付けた美少女たちは何ら顔に暗い影を落とすことなく、複数人で買い物をしている最中なのだろう。逃げ出したり、逆らったりするつもりなど、微塵もないことが窺える。

 一方のマリアは、そんな首輪を嵌められた少女達を、眉をひそめてじっと凝視していた。

 カタンが待つ酒場は平民街の端にある。だからジェスも、ゴミ溜めから表通りに出て来たところだった。貴族達の住まう煌びやかな一画からはほど遠いこの場所で、あのご令嬢が徒歩なのはいかなることか。その疑問はすぐに解消された。

「こないだ可哀相な男を見たからって、君が平民の暮らしをいちいち気に掛ける必要はないんだ。ほら、見てごらん。彼女たちだってそれなりに幸せそうにしているだろう? 貧民には貧民の、平民には平民の、奴隷には奴隷なりの幸せがあるんだ。僕たちが口を出すことではないし、気にするべきじゃない」

「でも、アレフ。あの娘たちは……その、毎晩、そういうことを強要されるのでしょう?」

「……どこでそんなことを聞いたのか知らないけど、奴隷だからね。求められれば、その義務がある。でもねマリア、僕の知る限り……彼女たちの主は、奴隷に対して異常なほど優しいそうだ。他の主人に買われて動物や道具のように扱われるよりは、よっぽどマシと評判だよ。奴隷に落とされるには相応の理由があったはずだ。奴隷としての生活だって、それなりに苦しいに決まってる。それでもあんな風に笑えるのだから、彼女たちにとっては君の同情なんて余計なお世話さ。ほらマリア、行こう」

「アレフ、わたしには分からないわ。彼女たちは、それでいいと本当に思っているの? これから先、一生自由のない生活が待ってるのに、それでも幸せを感じられると?」

「ねえ、マリア。我が愛しの婚約者、今日は、僕とデートするために、趣向を変えて平民のいる通りを歩くって話だったよね。君が平民や貧民の……貴族以外の者たちの生活を気に掛けるのは自由だ。でも、僕とのデートを理由にして馬車を使わなかったのだから、せめてもう少し楽しい話題にしないか? 僕は可憐な君の笑顔を見たいのであって、そんな風に眉間に皺を寄せたり、口を尖らせた姿だけ見てデートを終わりにしたくないんだ」

「そうね、アレフ。あなたの言葉はもっともだわ。ごめんなさい」

 気障な台詞を吐いた婚約者に謝りながらも、マリアは別のことに気を取られていた。奴隷少女たちはマリアの視線に気づかなかったのか、あるいは気づいても無視したのか、何らマリアたちには注意を払った様子を見せなかった。しかし、彼女たちが顔をほころばせて駆け寄っていった相手は、のっしのっしと歩きながら、実にいやらしい笑顔を見せて、アレフの方に挨拶をしてきた。

「これはこれは、お美しいお嬢さんを侍らさせているのは、我が心の友、ドーゲンビートル男爵閣下ではありませんか。本日はお日柄も良く、ご機嫌いかがでございましょう」

「良かったよ。君が近づいてくるまではね。……サブロー君、これは僕なりの忠告だが、君はいささか派手に動きすぎているのではないかな」

 サブロー。

 物陰からこっそり見ていても、その姿は見間違えようもない。どこで手に入れたのかも分からないが、とにかく上質そうで荘厳さ溢れる装備品の数々に身を包んだ高位冒険者が、好色さをまったく隠さずにマリアに目を向けて、それからアレフを男爵と呼んだ。

 男の名はサブロー。それが奴隷ハーレムの主と揶揄され、しかし誰もが実力を認める男だった。

 奴隷少女たちが、少し声を尖らせたアレフに対して、微笑みながら敵意を向けてきた。

「派手? 派手とは、なんのことでしょう。侯爵閣下のお手伝いをした件でしょうか? それとも以前の王女様を助け出した一件について? まあ、どちらにしても解決したのだから良かったでしょう。結果良ければすべて良し。我が故郷でよく言われる言葉ですよ」

「……マリア、行こう。高位の冒険者であるサブロー君は、我々とは違う常識で生きているんだ。君のような心優しい婦女子には、いささか刺激が強すぎる」

「おやおや、そちらはマリア様というお名前で。……ああ、こないだ依頼を受けた子爵家のご息女がそんなお名前でしたね。館に呼ばれた際、一目見ることも能いませんでしたが……このようにお美しいご令嬢とは思っておりませんで、やれやれ、あの子爵様も人が悪い。なにが一目見るだけで目が潰れるような醜女ゆえご挨拶させるにも気が引けて、なのやら。ねえ、あんまりな言い様ではありませんか、男爵閣下」

「妙なことを吹き込まないでほしいな。マリアは僕の婚約者だ。余計な心配をかけさせたくない、と思ってもおかしくないだろう?」

「ほう、婚約者。……こんなにもお美しい子爵のお嬢さんが、色男と評判の男爵閣下の許嫁。それはそれは、まったくもって羨ましい限りですな。口さがない方々から下品で乱暴と言われる、私のような冒険者にとってはまるで縁のない話です」

「下品で乱暴という評判は、君の普段の素行が原因だと思うがね。見目麗しい奴隷娘をたくさん侍らせて毎日毎晩楽しそうと評判のサブロー君、僕たちはこれで失礼するよ。それから、僕のマリアには、金輪際近づかないでくれたまえ。君がどれほど侯爵閣下の信用厚い男だろうと、君がいかに姫殿下から頼りにされている実力ある冒険者であろうと、そんなことは関係無い。我が未来の花嫁に、その不躾な視線を舐めるように向けられて嬉しいはずがないだろう? 君を慕ってくれるお嬢さんたちに囲まれて、せいぜい楽しく暮らしたまえ。ではな」

「アレフ、彼に、ひとつだけ聞いても?」

「……やめておけ。綺麗なものしか聞いたことが無い、君の耳がひどく穢れる」

「だからこそ、問いたいのです」

 マリアは自分の前に出て庇おうとするアレフを差し置いて、まっすぐに尋ねた。

 アレフの言葉に怒気を立ち上らせた奴隷少女達を抑えて、サブローが前に歩み出た。

「……なんですかな、マリアさん」

「あなたは、彼女たちのことを可哀相だとは思わないのですか?」

 マリアが口にした彼女たちとは、彼の後ろで口を挟まないよう耐えている奴隷少女たちだ。愛おしげに首輪を撫でながら、表情を隠すようにして目を細めている幾人もの美少女たち。

 サブローは、思いも寄らない言葉だと言いたげに、目を瞬かせた。

 野卑で好色とされる、おそるべき実力者たるサブローは、それまでアレフに対してからかっているような表情で語っていたのだが、真剣な顔で問いただしてきたマリアに対しては、微笑みで返した。

「本当に欲しいものが手に入らないなら、そのひとは死んでるのも同じだよ。私も、彼女たちも、生きている。……マリアさん、一番可哀相なのは、あなたの方だと思うがね」



 そのあとアレフとマリアは、去りゆく奴隷ハーレムとその主の背中を見送っていた。毒気を抜かれたかのような、ぽかんとした表情だった。

 サブローの告げた言葉の意味が分からなかったのは、ジェスだけではなかったらしい。

 立ち尽くしたマリアに、アレフが言った。

「最近名を挙げた彼、サブローは、最高位の冒険者だ。奴隷になった少女たちを――特に外見が気に入った女の子に限定してだけど――買いあさっている。あの装備品を見ただろう? どこで手に入れたんだか知らないが、彼にはそれだけの力があり、その力で莫大な財貨も得た。それどころか侯爵閣下や王族にすら伝手を持っていて、頼りにされている。冒険者ギルドからの評判も良いし、買った奴隷を使い潰したなんて話も聞かない。恐ろしいくらいの好色男って以外、欠点らしい欠点もないんだ」

「英雄、色を好む、ということかしら」

「そうさ。あの奴隷娘たちの表情を見ても、その評判は真実なんだろう。僕もこないだ、貴族の集まるちょっとしたサロンで引き合わされたんだが……どうやら手が早いのは奴隷相手だけではないらしい。知らぬ間にちょっとした一勢力になっていたよ。まあ、彼ほどの実力があって、実績が積み重なっていれば、繋がりを持ちたいって家も出てくるだろうね」

「そんな……冒険者に、それもあんな奴隷を侍らせている男に、政略結婚の話まで?」

「奴隷を持っているのは、別に悪いことじゃない。市民権を停止されて、奴隷登録されて、その売値はそのまま国庫に入るからね。人を使うことの多い貴族なら、裏切られる心配のない奴隷を使った方が安心するってこともある。マリアのお父さんは奴隷制度を好んでないらしいが、歴とした国の制度なんだ。それを使うこと、その仕組みに文句を口にするのはあまり上品なことじゃないよ」

「アレフ。わたしが聞きたいのは、そんな話じゃないわ」

「成功した冒険者なら、貴族の娘を嫁にもらってもおかしくない。金のない男爵家ならよくある話さ。だけど君には関係無いことだ。僕がいるし、君の家はああした冒険者に頼るほど苦しくはない。……さっきのことは虫に刺されたとでも思って忘れた方が良い。サブローは貴族じゃないが、下手な貴族よりよっぽど力と金を持っている。そうじゃなきゃ奴隷を十数人も買えないからね」

「待って、さっきの娘たちだけじゃないの?」

「年頃の娘に聞かせるような話じゃないさ」

「アレフ」

「……街では有名だよ。奴隷ハーレムの主って呼ばれてる。もちろんやっかみもあるけど、称賛の意味もこもってるだろうね」

「そんなの、ひどいわ。汚らわしい……」

「マリア。これだけはハッキリ言っておくよ。僕はあの男が嫌いだ。君にまであんな目を向けた男が許せるはずがない。でも、彼のやっていることは、違法でも何でもないんだ。むしろ、我らが王国にとっては褒め称えるべきことなんだよ。大金を支払って奴隷を生かし、自分の手元で正しく扱っている。あの男以外の元に買われていった奴隷たちが、どんな目に遭っているか、どんな顔をして暮らしているか……それを知ったら君だって何も言えなくなるだろう。でも、そんなことは知らなくていいことなんだ。君の優しさは得難い美徳だけれど、それは胸に秘めて置いた方が良いことでもある。忘れるんだ、マリア」

 アレフは静かに語った。言い諭すような声だった。それは先刻のサブローとのやり取りのあいだに、周囲から人々が遠ざかっていって、誰もいなかったことで口にされた内容だった。マリアは納得しがたい顔のまま頷いた。そこにあの優しげな微笑みはなかった。

「ごめんなさい、アレフ」

「仕方ないさ。……向こうに、良いカフェテリアがあるんだ。そこに寄ってから帰ろうか」

「わたしは何も知らないのね」

「いいんだよ、マリア」

 二人は通りを歩いていった。

 そして二組が去ったあと、物陰から這い出てきたジェスは、嘆息した。香水でもつけていたのか、花のような甘ったるさが、残り香としてかすかに漂っていた。



「遅かったな、ジェス。どうした、すごい顔だぜ。……なんか良いことでもあったのか」

「いや、なんでもない」

 酒場で待っていたカタンは首をかしげたが、それ以上何も聞かなかった。代わりに違う話を口にした。

「こないだのことなんだが……俺も、ちょっと調べておいたんだ」

「調べたって、もしかして」

「ああ、普通の恋愛とは言えないが……成功した冒険者なら、貴族のご令嬢をつかまえることが出来るかもしれない、って話。聞きたいだろ?」

「カタン」

 ジェスは困ったように笑った。

「金に困った男爵家なら、金持ちの冒険者だとか、成金じみた商家相手でも、娘を差し出すのは普通らしいんだ。もちろん普通の成功者じゃ見向きもされないぜ。でも、あのハーレム野郎ほど実績を積み重ねる必要も桁外れの財宝を持ってる必要も、ない。大事なのは安定して大金を稼げるかどうかだ。まあ、下っ端貴族からしても娘を売るような感じだからあんまり風聞は良くないんだが……奴隷と違って、こっちは歴とした結婚だからな。チャンスが無いわけじゃない、らしい」

 聞きかじった話ばかりで悪いな、とカタンは言った。

「ここから本題だ。一発でかい仕事の話があるんだが……もちろん乗るだろ、ジェス」

「当然、相応の危険があるよね」

「ああ。命あっての物種って思うのも仕方ない。けどさ、これはチャンスだ。成功すれば、絶対に大金が手に入る。機会は今しかないんだ。迷うのも分かるさ。躊躇うのも当然だ。でも、ここで決めてくれ」

「カタン、聞かせてほしいんだけど。どうして、その話をここでするんだ?」

「……そりゃお前、裏の仕事だからだよ」

 声を潜めたカタンに、ジェスは周囲を窺って、何でもない顔を作らなければならなかった。

「まさか、ギルドを通してないの?」

「ばっかお前、声がでけえよ。何のためにわざわざこの酒場に来たと思ってんだ。知り合いに聞かれたら不味いからだよ。そんくらい分かってくれよ」

 カタンは上品な味の酒を煽って、今度は、わざとらしく訝しげな顔をしたジェスを睨んだ。

「ここで一発稼いで、上質の装備品に切り替えて、まっとうな冒険者として名を挙げてもいい。あるいは安い奴隷娘の一人くらいなら、買えるくらい稼げるかもしれねえ。どっちにしても金はいるんだ。俺たちみたいな底辺に降って湧いた、たった一度のチャンスなんだ」

「どうして、俺を誘ったのさ」

 熱っぽく、しかし小声で語るカタンに、ジェスはさらに小さな声で聞き返した。

「仲間だと思ってるからだ。俺だって、ひとりでやった方が実入りは良いぜ。人手のいる仕事じゃない。だけど人数がいた方が助かるのも事実だ。そこで声をかける相手を考えたら、お前に決まってる。分かるだろジェス、お前なら俺を裏切ったりしないと思ったからさ」

「カタンの、お金の使い道は?」

「それは、その……笑うなよ」

「笑わないさ」

「よく通ってる店の、女の子がさ、そろそろ身請けして欲しいって言ったんだ。他の誰でもなく、俺に。ほら、こんな商売してるだろ。俺にはお似合いの、同じような底辺の女だけど……何度も肌を合わせてるうちに、だんだんとお互いのことが分かるようになってさ、仕事だけじゃない関係に変わってきたんだ」

 分かるだろ、とカタンは言った。分かるよ、とジェスは答えた。

「彼女の溜めた金と、身請けの金額。普通なら、俺程度の冒険者じゃ到底払えるはずがない。けどさ、運良く儲け話にありつけたんだ。成功さえすれば、身請け金全額払ったって御釣りが来る。なんだよジェス、そこで妙な顔をするなよ。お前が夢見る、成功した冒険者が貴族の令嬢を嫁にするみたいな話より、あるいは痩せ細った奴隷娘を買い上げるより、娼婦の身請け金なんて、よっぽど安いんだぜ」

 現実的だろ、とカタンは胸を張った。ジェスはそうだね、と頷いた。

「だからさ、手伝ってくれればいい。大事なところは全部俺がやるさ。お前は、見張りだけしてくれれば十分だ。俺のしようとしてる仕事は犯罪じゃない。むしろ正義と言っても良いことだ。もちろん、命の危険はたっぷりある。俺がしくじったらその場で殺されるかもしれねえ。でもさ、俺には今、金が必要なんだ。三年も四年もこんな生活をしながら貯めてたら、間に合わねえんだ。だから頼むよ。友達だろ、ジェス。これまで何度も一緒にやってきただろ。助けたことだってあっただろ。なあ、ジェス。稼いだ金は山分けするって約束するからさ。一番危険な場所は俺が体を張るからさ。お願いだから、一緒に来てくれ」

「分かったよ、カタン。一緒にやろう」

「あ、ありがとよ。……恩に着るぜ」

 ジェスはまぶたの裏に、いつか見たマリアの微笑みを思い浮かべた。そして、目の前にいるカタンの行く末について、胸を痛めた。

「本当に欲しいものが手に入らないなら、死んでるのも同じ、か」

「おっ、ジェスも分かってきたじゃねえか。そうだよ、そういうことなんだよ。彼女が誰かのモノにされるなんて、身を切られるような想いなんだ。そう思っただけで、苦しくて苦しくてたまらない。あいつが仕事で他のやつに抱かれてるときには、そんなことは考えないようにしてたのにな……いざその時が近づいて来たら、他人に奪われるなんて我慢ならないんだ。だからこそ、命を賭けるだけの価値があるわけで」

「分かった分かった。それで、仕事はいつ?」

「明後日さ。明日は計画について打ち合わせして、明後日の深夜に動く。へへへ、ジェスが手伝ってくれるなら百人力さ。お前はいつだって、失敗する側には混ざらなかったもんな……」

 深刻そうな表情から一転、此の世の春を謳歌するかのように上機嫌になったカタンに、ジェスはほどほどにしておいた方が良いと忠告した。先ほどコップを煽ったことで、今になって酔いが回ってきたらしい。普段飲み慣れてない強い酒だったせいだろう。

「俺は愛を手に入れるんだ。真実の愛のためなら、なんだってやってみせる」

 こう嘯いたカタンは、最後に、らしくないトーンで呟いた。

「だからさ、何も言うなよ。……俺だって、分かってるさ」

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