第12話、暁の果てに
廃墟の下での休息後、リックたちは、再びエアバイクに乗り、闇の砂漠へと走り出た。
「 あと、25キロくらいだ。 何とか、イケそうだな・・! 」
ハンドル脇にある簡易マップのモニターを確認しながら言うデンバーの言葉に、リックが答えた。
「 まだ、油断は出来ん。 とにかく、突っ走れ・・! 早いに越した事は無い 」
「 了解! 」
しばらく走ると、またLEDランプが点灯した。
「 ・・くそっ! やはり、警戒を厳重にしてるな・・! 」
舌打ちするリック。 今度は、辺りには、廃墟も無い。 時間があれば、砂を掘り起こし、塹壕の中に隠れるのだが、そんな余裕は無さそうだ。
リックは言った。
「 軍曹! 着弾をかわすしか無い。 とにかく、突っ走れ! 合図で、左右ドッチでも良い、急転回だ・・! 」
「 分かった! タイミングは、お前さんに任す。 万が一の場合、フッ飛んで死んだ方が、苦しまなくてもいいからな・・! 」
移動物体にめがけて飛んで来るミサイルだ。 おそらく、熱源探知式だろう。 だが、それ以上に、リックには不安な点があった。 エアバイクに装備してある方位レーダーの解析度は、約300メートルだ。 小型の為、精度が落ちるのは、致し方無い・・・ つまりは、この後、おそらく来襲して来るであろうミサイルは、1発なのか複数なのか・・・? 解析度から推察するに、飛来するミサイルが、例え複数であったとしても、レーダーには、1個の点しか表示されないはずである。
「 時間差攻撃が実行されているとするならば、次なる備えが必要だ・・・! 」
そう呟きながらリックは、グレネードランチャーを取り出すと、装填し、座席側面に着けてあった雑のうの中から、耐火性の寝袋を引っ張り出した。
「 ・・おい、おい・・! こんな時に、寝るのかよ? 」
不安そうに、デンバーが聞く。
「 説明は、後だ。 ・・そぉ~ら、ミサイルが来たぞ・・! 」
ゴーグルに転送した方位レーダーに、白いフリップが、点滅しながら現れた。 徐々に、中心に向かって来る。
パネル脇にあったカバーを開け、中からテンキーの付いた小型のキーボードを取り出すリック。 レーダーの数値を入力し、計算を始める。
エアバイクを運転しつつ、不安そうに何度もリックの方を振り返りながらデンバーが言った。
「 あと、何分だ・・? 来てんだろ? ミサイル・・ なあ、リック・・! 」
「 ・・オタつくな! 計算が狂う。 黙っててくれ・・! 」
ゴーグルのフリップが、中心に近付き、パネルから、警告音が鳴り始めた。 チェッカー・ランプも点滅している。
「 ・・おおぉ~い、リックぅ~・・! ピーピー、鳴ってんじゃんよォ~・・! なあってばぁ~・・! 」
「 16秒後だ・・! 被弾範囲は、直弾25メートルか・・ よしっ・・! 14・・ 13・・ 12・・ 」
カウントダウンをしながら、グレネードランチャーを前方に構え、自光式の腕時計のパネルライトを点ける。 腕時計の秒数を計りながら、リックはカウントダウンを続けた。
「 10・・ 9・・ 8・・ 高度500メートルから降下して来る・・! 発射速度を差し引いて・・・ 今だッ! 」
シュボッ、と言う発射音と共に、ランチャーが前方に発射された。 真っ暗な闇の中を光々と照らし、白い噴射光を噴出しながらランチャーが飛んで行く。 瞬間、シュルシュルという飛行音と共に、すぐ上の頭上を、赤い噴射光がかすめて行った。
・・ミサイルだ・・!
そのまま、先行するランチャーの熱源に、吸い寄せられて行く。 前方、200メートル付近で、白と赤の光源は、1つになった。 次の瞬間、闇を切り開くような閃光が走る。 大音響と共に、ミサイルは、空中で爆発した。
「 ヒューッ! やったぜ! 」
喜ぶ、デンバー。
だが、警告音は鳴り止まない。 ゴーグルのモニターには、依然、白いフリップが点滅している。 距離は、約300メートル・・!
リックが叫んだ。
「 やっぱり、もう1発来るぞ・・! 」
着弾を計算しているヒマは無い。 リックは、聞き耳を立てた。
・・シュル、シュル、と言う飛行音・・!
「 ハンドルを切れッ、軍曹ッ・・! 」
とっさに、デンバーは、ハンドルを左に切った。 途端、すぐ横で物凄い大音響が轟き、真っ赤な火柱が上がる。 風圧で押され、コントロールを失う、エアバイク。
「 うおっ・・! このっ・・! 」
砂の塊や、吹き飛んだミサイルの破片が、幾つも耳元をかすめていく。 吹き飛ばされそうになったエアバイクの体勢を、必死に立て直す、デンバー。 スロットルを絞り、何とか横転を免れた。
「 危なかったぜ、リック・・! 危機一髪だ・・! 」
「 まだ、終わっていない! もう1発、来るッ・・! 」
「 何ィ~ッ・・? 」
警告音は、鳴り続けている。 ゴーグルのフリップも、相変わらず点滅したままだ・・!
「 ご丁寧に、3発もかよ! ど・・ どうすんだ、リック! 」
「 バイクを止めろッ! 」
「 え? と、止める? 」
「 そうだ、早くッ! エンジンも切れッ・・! 」
デンバーが、エアバイクを急停止させ、エンジンを切った。 先程の寝袋を持って、バイクの後部に回るリック。 バイクの噴射口に、その寝袋を押し当てた。
デンバーが言った。
「 ・・そうか! 熱源を無くすんだなっ・・? 」
「 正解! 後は、お見送りを・・ 来たぞッ・・! 」
シュルシュル、と言う飛行音と共に、頭上を赤い噴射光が飛び過ぎて行く。 目標熱源を失ったミサイルは、そのまま降下を続け、やがて数百メートル先の砂丘に着弾した。 立ち上がる火柱に、赤々と照らし出される、砂丘・・・ 朱色の波のように見える稜線が、うねるように続き、何とも美しい光景である。
・・・警告音は、消えた・・・ ゴーグルのモニターにも、何も映っていない。
リックが言った。
「 どうやら、ミサイルを回避出来たようだ・・! スリル満点だったな 」
リックと一緒に、寝袋を押さえていた両手を離し、砂の上に大の字に寝転んだデンバーが応える。
「 ・・も・・ もう、ダメかと思ったぜ、リックぅ~・・・! 」
リックも大きく息を吐きながら、砂の上に仰向けに寝転んだ。
「 このまま、しばらく仮眠しようぜ? 連中も、命中したと思ってるだろう。 残すところ、あと10キロも無い。 レーダーに再感知されても、着弾する前に、基地に逃げ込める 」
腕時計のアラームを、2時間後にセットしながらリックは言った。
デンバーが答える。
「 オ~ケ~、ボ~ス・・・! あんたの判断に、任せるよ。 死体のように、眠ってやるぜ 」
「 あまり、大きな寝返りは、うつなよ? レーダーに感知される。 寝たまま、天国行きってのは、味気無いからな 」
「 了~解、ボス。 両足を、バイクの下に突っ込んで、寝るわ・・ 」
砂漠の夜明け・・・
遥かな地平線から、厚い雲を通し、陰気な太陽が昇り始める。
クレンメリー渓谷の外れにある、地下パイプラインの終基点・・・
数台の、軍用大型タンクローリーに、登り始めた薄暗い太陽の光が、鈍く反射している。
向こう側の稜壁に、歩哨に立つ兵士の姿が、薄赤く染まった空をバックに、影絵のように確認出来た。
10メートルほどの地下から掘り出された、パイプラインの末端・・・ 先端のフランジは取り外され、新たなバルブゲージが取り付けられている。 その脇には、タンクローリーから引かれた何本ものホースがあった。
「 ・・水のみ場に集まって来た、動物の触覚みたい・・ 」
ターニャは、その光景を眺めながら呟いた。
「 とうとう、徹夜したらしいな 」
声のした方を振り向く、ターニャ。 ベコベコにヘコんだ、アルミ製のコーヒーカップを片手に、ロメルが近付いて来た。
「 大隊長も、一睡もしておられないのでは? 」
カップに口を付け、コーヒーを一口飲みながら、ロメルは答えた。
「 ははは・・ まあ、補給作戦の担当だからな。 仕方無いさ。 お前さんは、休んでいても良かったのに 」
「 何となく、心配で・・ 」
「 大丈夫だ。 ヤツらなら、やってくれる。 ワシは、直感で、そう確信しとるよ 」
ターニャは、それでも不安そうに言った。
「 昨晩、第7管区付近で、大きな爆発が観測されたそうです。 GPSで確認したものの、真っ暗で、モニターには何も映っていなかったし・・ 今朝、4時の観測では、2発の着弾跡しか見えなかったそうで・・ 」
「 観測班から、報告を受けているよ。 おそらく、リックたちを狙った攻撃だろう 」
「 ・・・・・ 」
ターニャの肩を叩きながら、ロメルは言った。
「 大丈夫だ、ターニャ! 死体が無いんだ。 ・・ってコトは、生きてるってコトだ。 違うかね? 」
「 ・・それは、そうですけど・・ 」
ターニャは、まだもって不安らしい。 実際に、GPSで、無事な姿でも見ない事には、納得いかないようだ。
ロメルは言った。
「 夜が明ける前に、第7管区付近まで到達していたと言う事は・・ 今頃は、もう基地に着いているはずだ。 ・・朗報を待とうじゃないか。 『 吉報は、寝て待て 』と言うだろう? 」
ターニャは、パイプラインの端部に目をやりながら、呟くように言った。
「 ・・私は、家族を政府軍に殺されました・・ だから、どうしても政府軍には、特別な偏見があります・・ そんな私を、リックは、助けてくれた・・・ 」
アルミカップを片手に、じっと聞いているロメル。
ターニャは続けた。
「 捕虜にしたというのは、事実とは異なります。 私は、リックに助けられた方なんです 」
ロメルは、カップを口に運び、コーヒーを一口飲んだ。
無言のロメルに、ターニャは続けた。
「 昨日の戦闘だって・・ リックがいなかったら、戦果の半分は、達成出来ていなかったかも・・ そして今、リックは、更なる任務をこなそうとしています。 励ましてあげなければならないのに・・ お礼の一言でも言って、送り出してあげなければいけなかったのに・・ 私は、何も言う事が出来なかった・・! もし、このまま・・ リックが、帰らぬ人となったら・・! 私は、どうやって、その感謝の気持ちを伝えたら良いの・・? 」
砂の上にしゃがみ込み、両腕に顔を埋めてしまったターニャ。 ロメルは、震えるターニャの肩に手を置き、静かに言った。
「 ヤツは、帰って来る・・! デンバーのヤツと一緒に、基地内にあったウイスキーを持ってな。 その時に、言ったらいい。 ありがとう、ってな・・! 」
・・・その時、かすかに大地が振動した。
「 ? 」
辺りをうかがう、ロメル。 ターニャも気付いたらしく、両手に埋めていた顔を、ゆっくりと上げた。
地響きのような、振動である。
「 ・・何だ・・? 」
パイプラインの端部に待機していた兵士も気付き、辺りをキョロキョロ見渡している。
「 聞こえるか? 」
ロメルが、その兵士に尋ねた。
「 はい、大隊長・・! 何でしょう・・? 」
「 ・・判らん。 戦車の進攻音とも、違うようだが・・? 」
その兵士は、パイプラインの鋼管に手を当てると、何かに気付いたようで、耳を当てた。 慌ててロメルの方を向き、報告をした。
「 だ・・ 大隊長っ・・! パイプラインが、振動していますっ・・! 」
「 なっ、何だとッ・・? 」
コーヒーカップを放り出し、パイプラインの端部へ駆け下りるロメル。次の瞬間、ボコンッ! と言う音と共に、鋼管の先が激しく動いた。 先端に取り付けられたゲージから、薄い褐色の液体が、噴水のように勢いよく噴き上がった。
「 ・・こっ・・ これはっ・・! 」
軽油だ・・!
燃料である。 パイプラインの端部に、遂に、燃料が送られて来たのだ・・!
ゲージに取り付けられていたハンドルを回し、燃料まみれになりながら、兵士は叫んだ。
「 燃料だッ・・! だ、大隊長ォッ! 燃料が届いたッ・・! リックたちが、やってくれたようですッ! す、物凄い量だ! この・・ くそデカい鋼管が、振動しているッ! 」
ロメルは叫んだ。
「 ふ・・ ふわ・・ ふわっはっはっは! やってくれたな、エリート野郎ッ! すぐに、タンクローリーを廻せッ! 全員、起床ォーッ! 我々を勝利に導く燃料が、遂に届いたぞおォーッ! 」
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