第3話、ヒトとして・・・
砂漠を疾走する、エアバイク。
どこまでいっても、砂ばかりである。
幾つもの砂丘を越え、エアバイクは走る・・・
『 人は、助け合って生きていくものよ? 』
戦死した、ライザの言葉を思い出す、リック。
( 優しいヤツだった・・・ 人類が、みんなライザのような心を持っていれば、人類の辞書から『 戦争 』の2文字は、消えていただろうな )
ハンドルを握る両手に伝わるモーターの振動を感じながら、リックは思った。
女性には徴兵制度は免除されてはいたが、軍に対し、医療・情報処理などの非戦闘分野において、何らかの協力義務期間が1年間あり、ライザは情報処理業務に就いていた。
3次元レーダー処理に対し、秀でた能力を発揮したライザは、上司の薦めで上級試験を受験し、見事にトップ成績で合格。 特級実技もクリアし、更なる国家試験にも優秀な成績で合格したた為、士官学校に推挙され、軍籍入りとなった経緯があった。
民間からの、異例な人事である。 その為か、ライザには軍人感覚が無く、誰とも融和に接する気風があった。
ある日、ライザは、観測基地近くで行われた戦闘で、捕虜となった解放軍兵長の尋問に立ち会った。
両目を失明し、両足と左手を失っていた砲兵科の兵長・・ 発見され、収容されるのが遅く、既に敗血症を引き起こしていた。 あと、数時間の命だ。
観測基地守備隊の隊長は、後方の病院に搬送するつもりでいたが、ライザは、その兵長の釈放を勧めたのである。 しかも、赤十字の旗を立て、敵軍の前線司令部まで、車で護送しようと言うのだ。
「 どんな処置を施したって、この人は助からないと思います。 目も見えないし、歩く事だって出来ない。 たとえ、奇跡的に一命を取り止めても・・ また部隊に復帰して、あたしたちを攻撃して来るなんて、絶対に有り得ない事です。 だったら、せめて仲間の所へ帰してあげたいんです・・! 本当は、お母さんの所へ、連れて行ってあげたい・・! 」
戦闘に、情けは要らない。
だが、人間として・・ 戦闘能力を失った、余命あとわずかな彼に、ライザは、出来るだけの事をしてやろうと思ったのだ。
守備隊長と、ライザのやりとりを聞いていた兵長は泣いていた。 簡易ベッドに横たわり、体中、包帯だらけになっていた兵長。 眼帯で覆われた潰れた両目からは、なぜか血の混じっていない、透明な涙が頬を伝っていたのだ・・・
( あのライザが生きていたら・・ 今、どんな行動に出ていただろう・・? )
リックは、そう考えた。
そして、ターニャを見送り、半日経った今・・ エアバイクを駆って、砂漠を疾走している。
( これで良いんだ。 俺は、最後まで・・ 人間として生きるんだ。 ライザも、人間のままで死んだ・・ 同じトコへ行くにゃ、人間として死ななくちゃ、行けないんだ・・! )
眼前に広がり、どこまでも続く褐色の砂丘群を見据えながら、リックは、そう心に戒めた。
リックは、砂の上に残る足跡をエアバイクで追跡していた。 ターニャの足跡だ。 杖にしている重機を、引きずった跡も付いている。
「 随分と、足が速いな・・・ 」
所々、倒れた跡があった。 それでも起き上がり、歩いている。
大きな砂丘の稜線に来て、リックは、エアバイクを止めた。
辺りは、延々と砂丘が続く砂漠地帯である。 走行距離と、バッテリーの残量を確かめるリック。
「 ・・23キロか 」
ポケットからコンパスを出し、方位を確認する。
「 少し、南にズレてるな 」
ターニャの足跡は、蛇行しながら砂丘を下っていた。
エンジンを掛け、再び、その足跡を辿る、リック。
「 今、砂嵐が来たら・・ 俺もターニャも、オダブツだな。 足跡も、消えちまう 」
やがて、何か大きな建物の廃墟を通り過ぎた辺りで、リックは、エアバイクを止めた。
「 ・・・・・ 」
砂丘に、延々と続く足跡の遥か向こうに、人が倒れているのが見える。
ターニャだ・・!
リックは、その場に急行した。
「 ターニャ! 」
駆け寄り、その肩を揺すったが、うつ伏せに倒れたまま、ピクリともしない。
リックは、急いで抱き起こし、顔に付いた砂を払いながらターニャの頬を叩き、叫んだ。
「 ターニャ! しっかりしろっ! ターニャ! 」
薄っすらと、目を開けたターニャ。 意識が朦朧としており、視界の焦点が定まらないようである。 リックは、急いで水筒を出し、ターニャの顔に振り掛けた。
「 大丈夫か? ターニャ! 」
水の冷たさに、意識を取り戻したターニャは、リックの持っていた水筒を見とがめると、それを奪うように取り、水を飲んだ。
一気に飲もうとするターニャに、リックは、その手を止めて言った。
「 あまり、急に飲むんじゃない。 全部やる。 ゆっくり、飲むんだ・・ いいね? 」
水を飲み、息を吹き返したターニャ。
「 ・・・リッ・・ ク・・・! 」
「 意外と、足が速いんだな。 もう、25キロは、過ぎてるぜ? 」
ターニャを抱き上げ、エアバイクの後部座席に座らせる。 シートベルトで固定すると、ターニャは言った。
「 ・・リック・・ どうして、あなたが・・・ 」
再び、コンパスを出し、方位を確認しながら、リックは言った。
「 2キロほど、南にズレてるぞ? 」
エアバイクにまたがり、腰のホルスターに入れていた拳銃を抜いて、ターニャに渡すと、リックは言った。
「 君の言う通りだ。 あそこにいたって、死んでるのと同じさ。 ・・俺は、水と拳銃を奪われ、エアバイクごと、ターニャの捕虜になった・・・ これから、君に脅されながら、解放軍に連行されて行くトコさ 」
ウインクしながら言う、リック。
「 ・・でも・・ 部隊は、あたしを置いて移動したかも・・・ 」
「 そんときゃ、2人して日干しになろうぜ? 1人でなるよか、2人の方がいいだろ? どのみち、バッテリーは、あと少しだ 」
「 ・・リック・・! 」
エアバイクは再び、砂漠を疾走し始めた。
ぐったりと、リックの背中にもたれ掛かる、ターニャ。
ターニャが、呟くように言った。
「 ・・・人の背中って・・・ こんなに、安心出来るものだったのね・・・ 」
ハンドル脇にある、何も映らない小型レーダーに目をやりながら、リックは言った。
「 俺も、2年間・・ 誰もいない、あの兵員輸送車の中で、そんな心境になった事が、何度かある。 自分の膝を抱えて眠ると、妙に安心して眠れたもんさ 」
両手を伸ばし、リックの腰を抱えるターニャ。
「 ・・1人が、どんなに寂しいものか・・ 良く分かったわ・・ たった半日だったけど・・ あたしには・・ 1週間、歩き続けたような気がする・・ 」
かすれた声で続ける、ターニャ。
リックが言った。
「 声が、枯れるぞ? 水を飲んで、しばらく休んでいろ 」
ターニャが頷いたのを、リックは、背中に感じた。
心に、何か・・ くすぐったいような感覚・・・
( 他に、誰かがいるって事は・・ こんなにも、心強いものだったのか・・・ )
リックは、そう思った。
・・はたして、ターニャの所属する部隊は、待っていてくれるのだろうか・・?
エアバイクを操縦するリックの心に、不安の陰が、頭をもたげ始めた。
ターニャとの初めての遭遇状況から推察するに、ターニャは、特殊任務の遂行中だったようだ。 だとすれば、数十キロ先に来ていると言うターニャの部隊は、進攻では無く、帰還するコマンド部隊を迎えに来ている部隊であると考えられる。 集合場所への帰還が送れた場合、更なる2次損失を防ぐ為にも、そんなに長く駐屯しするとは思えない。 友軍の絶対勢力圏ならまだしも、援軍要請すら出せない、辺鄙なエリアだ。 リックが知っている範囲内、確か、砂ばかりの砂漠地帯の、ド真ん中である。
・・救助ヘリが来ている場合だと、待機する時間は、更に限られて来る。 作戦行動中の部隊である可能性も考えられるが、危険と判断されれば、即時撤収、転進だ・・
ターニャへの、精神的不安を増徴させる恐れもある為、状況を尋ねたいリックではあったが、あえて聞くことは無く、無言でエアバイクを走らせる。
不安な心境とは裏腹に、のどかな砂丘が、美しい造形の稜線を、どこまでも伸ばしていた・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます