第2話、相容れぬ、2人
コブラのコクピットに、無数の着弾が確認出来る。 小さな、ガラスの破片も飛び散っているようだ。
リックは、トリガーを引きながら、銃本体に引き込まれて行く弾帯の残りを確認した。 およそ、60センチ・・ 40数発だ。 この、ワンショット分しか無い。 一気に撃ち込むしか無さそうだ。 次は、無い・・!
リックは、残りの弾丸を、全てコクピットに集中して打ち込んだ。
戦闘ヘリが、真近まで迫って来る・・!
重機銃の弾を、全て撃ち尽くした瞬間、戦闘ヘリは、リックたちのすぐ上を、かすめるようにして飛び去った。
物凄い、風圧・・!
リックが、腰をかがめ、巻き上がる砂埃を避ける。
戦闘ヘリは、リックたちの頭上を飛び越えると、そのまま、真っ直ぐ滑降し、砂丘に墜落した。 立ち上がる、赤い炎。 ドス黒い煙が湧き登り、砂丘の稜線に沿って風下の方へ、ゆっくりと流れて行く・・・
「 ・・ふう~・・・! 危なかった 」
どうやら、危機は回避出来たようだ。
「 ・・あ・・ ありがとう・・・! あなた・・ 政府軍じゃないの・・・? 」
伏せていた女性兵士が、少し起き上がりながら、リックに言った。
ショートカットの髪型に、まだ、あどけない顔・・ 解放軍の軍服を着てはいるが、どうやら民間の義勇兵か、ゲリラのようである。 階級章が無いところから推察するに、特殊部隊の可能性もあるが、瞬時には、怯えて銃を構えることも出来なかったところを見ると、戦闘経験の少ない新兵らしい。
「 リック・ホーキンス・・ 政府軍の人間さ・・ だが、戦闘員じゃない。 監視衛星やレーダーの、オペレーターだ 」
リックは、重機を彼女に返しながら答えた。
「 あたしは、ターニャ・・ ターニャ・トーマス。 解放軍 第42軍所属、第1レンジャー、C中隊・・・ 」
ロシア系の名前だ。 42軍と言えば、北方貴族出身のイワンビッチ将軍配下の部隊だ。 ここにあった観測基地の南方、120キロ辺りに、部隊が展開していたはずである。
リックは言った。
「 捕虜にされた訳でも無いのに、敵に、所属部隊まで教えるモンじゃないぜ? 」
「 ・・あ・・・ 」
リックは、笑いながら続けた。
「 ま、そんなことを知っても・・ ここじゃ、無意味だけどね 」
それきり、彼女は下を向いたまま、沈黙してしまった。
リックが言った。
「 レンジャーが、こんなトコで、何してたんだ? 」
じっと下を向いたまま、無言のターニャ。
リックは続けた。
「 コブラに追い回されていたと言う事は、それなりの理由が、あってだとは思うが・・ 何しろ、人に会うのは3年振りでね。 何か、話してくれよ 」
顔を上げ、リックを見るターニャ。
「 ・・・3年振り? 」
「 ああ。 1年間、シェルターにいたんだ。 出て来たら、この有様だよ。 もう、人類は俺以外、滅んじまったのかと思っていたんだ 」
「 ・・・・・ 」
ターニャの脇に腰を下ろし、リックは言った。
「 3年前・・・ 超重磁力ICBMが飛び交っていた、あの日以来・・ この地球は、どうなっちまったんだい? 」
しばらく間を置いてから、ターニャは答えた。
「 地上の大都市は、ほとんどが壊滅したわ・・ シェルターに避難しなかった人たちは、みんな死んだわ。 政府軍も解放軍も・・・! あの日の戦闘を、あたしたちは『 大戦 』って、呼んでるけど・・ 大戦以来、政府軍のアンドロイドたちが蜂起して、独立国家を創っているわ・・! 」
「 ・・・・・ 」
と言う事は、政府軍・解放軍に加え、アンドロイド軍も存在するのだろうか・・?
ターニャは、語気を荒くし、リックに迫った。
「 大戦も、アンドロイドたちが始めたって言うのは、ホントなのっ? 人間には、逆らわないようにプログラムしてあったはずじゃなかったのっ・・? 」
リックが答えた。
「 アンドロイドが、意志を持ち始めて来たって事さ・・ 人類を破滅させ、自分たちの社会を築こうとしたんだ。 最初にICBMを発射させたのはヤツらだ。 報復連動して、解放軍の弾道弾が発射されるのを見越してね・・・ 」
「 だから、アンドロイド導入の社会は危険なのよ・・! どうして、政府軍のあなたたちは判らないの? 」
足元の砂を掴み、それをサラサラと落としながら、リックは答えた。
「 全てのアンドロイドが、危険なワケじゃない。 ・・そもそも、君らが政府軍のマザーコンピュータに潜入させたウイルス・・ あれが、奇態アンドロイドを生産させるきっかけになってるんだぜ? 」
キッと、リックを睨みながら、ターニャは言った。
「 あたしたちのせいだって言うの? 」
「 そうは言っていない。 有効に使えば、アンドロイドは、人類の有益になっていたはずだ。人間の欲が、方向性を曲げてしまったのさ・・・ 」
「 ・・・・・ 」
何か、言いた気な、ターニャ。 しばらくリックを見つめていたが、やがて下を向き、沈黙してしまった。
「 久し振りに会った人間だ。 もっと、楽しい会話がしたかったんだがな・・ 」
リックが言うと、ターニャは、下を向いたまま答えた。
「 政府軍の人間とは、友だちになれない・・・! 」
乾いた砂漠の風が、2人の頬をかすめる。
相容れない2人・・・
世界がここまで変貌してしまっては、どこにも和平解決の糸口を見つける事は出来ない事だろう。
アンドロイドを生産し、文明の合理性を追及しようとした政府と、それに反対し、反旗をひるがえした解放戦線・・・
このまま人類は、二分されたまま、永遠に憎しみあって行くのだろうか・・・?
砂丘の下にある兵員輸送車を指差しながら、リックは言った。
「 俺の家だ。 寄って行くかい? 」
「 ・・部隊に戻らなきゃ、あたし・・・ 」
「 どうやって? ・・そもそも、君は、どうやってココへ来たんだ? 」
撃墜されたコブラの方に目をやる、ターニャ。
黒煙を上げているコブラの向こうに、軍用バギーが横転している。 コブラの機銃掃射を受けたのであろう。 穴の開いたボンネットからは、白い蒸気が昇っていた。
「 ・・なるほどな。 ケガは、無いか? 」
頷くターニャ。
「 ここは、半径百キロ近く、何も無い。 とても人の足じゃ、無理だ。 大体、ドッチに向かっていけば良いかすら、分からない。 だからシェルターを出ても2年間、足留め食らってんのさ 」
ターニャが言った。
「 西に80キロ行った所に、部隊が来てるわ・・ あたしは、行く・・! 助けてくれてありがとう、リック 」
ターニャは、よろよろと立ち上がった。 そのまま、撃墜されたコブラの黒煙がたなびく砂丘を下り始めたが、足をもつれさせ、倒れてしまった。 リックが近寄り、ターニャを抱き起こす。
「 もう少し、休んだ方がいい。 弾の無い銃なんか、捨てていけ・・! 」
「 ・・は、放してッ・・! 政府軍のお情けには、すがらないわッ・・! 」
リックの手を振り解いて叫ぶ、ターニャ。
機銃を砂に立て、寄り掛かるようにしながら、ターニャは続けた。
「 ・・戦闘員じゃない、あなたでも・・ 政府軍の人間には、違いないわ! あたしは、政府軍を許さないっ! お父さんと、お母さん・・ 弟の仇なのよっ! みんな殺したのよ、あなたたち政府軍が・・! 」
どうやら、ターニャには、悲しい過去があるようだ。
しかし、それが戦争と言うものだろう・・ 誰しも、悲しみと憎しみを背負って、闘っているのだ。
やがて、憎しみが憎しみを生み、殺戮の連鎖へとつながる。 数年も戦い続ければ、生まれながらにして『 敵 』を持つ世代たちが誕生する。
・・・そうして地球は、こんな姿になったのだ。
無言のままの、リック。
ターニャは、よろよろと立ち上がるとコンパスを取り出し、西を確認すると歩き出した。
「 意地っ張りなんだな・・ 」
リックの冷やかしには答えず、銃を杖に、再び歩き出すターニャ。
リックが言った。
「 行っても、死ぬだけだぞ・・! 体力の無くなった体で80キロなんて、歩いていけるはずが無い 」
ターニャは、振り向かず答えた。
「 ・・ここにいても・・ 死んでるのと同じよ・・! 」
砂漠を歩き出す、ターニャ。
リックは、その後ろ姿を、無言で見送っていた・・・
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