第3話翼をください、あとお金と時間を返してください

その日は男にとって人生最良の日になるはずだった。


期待感と心の準備。志を同じくする仲間たち。全てのパズルのピースがしっかりとハマっていき、男の身体には充実感が溢れていた。


だが男は知らなかった。自分がこれから観る映画が自分の思っている物とは180度違うものだという事を。つまらないとか期待はずれだとか、そんな次元ではない。言うなれば、納期を前に監督の頭がおかしくなり製作所から逃走。残されたスタッフも健闘するがプレッシャーに負け精神が崩壊して逃走。残された臨時作画アルバイトの高山ショウインくん(22)がまさかのやる気を出し「ぼくのかんがえたさいきょうのしんげきじょうばん」を作成。そしてそれが劇場にかかった。そう思わせるほどの出来だった。全くの別物だったのである。



2012年11月


男は翌日に控えた新世紀ロボットアニメの新劇場版、その最新作の公開を前に驚くほどのスーパーハイテンションだった。


あの後世界はどうなったんだろう。


主人公は?ヒロインAは?次回予告でチラッと出てきた夏侯惇みたいなヒロインBは?巨乳のヒロインDは?空から飛来した新型兵器マークシックスとは?


男は期待感で胸が張り裂けそうになり、全く無関係な「サトームセン」のCMソングを三十分に一回のペースで口ずさんでしまうほどだった。


男のあまりの奇行ぶりを見かねた兄が


「お前、たまには服でも買ったらどうだ。彼女できねーぞ」


と言うと


「デュフフふふふ。彼女?俺にはマリタンがいる。無用である」


と世迷言をぬかす始末であった。


これはいよいよいけないと思った兄は、男の首根っこを捕まえて代官山に服を買いに出かけた。


男、人生で3回目の代官山であった。


正直オシャレには疎い方であったが全くの無関心という訳でもなかった。しかし男にとって代官山はいかんせん気取った町というイメージが先行して好きになれないでいた。


しかしここで、男にとって嬉しい誤算が起こる。


兄が普段は行かないが弟の為にと無難にチョイスしたビームスで、まさかのアニメコラボフェアが開催されていた。もちろん、例の新世紀ロボットアニメの商品も多数あった。


兄は頭を抱えたが、男は更にハイテンションになった。


店員も、売りつける為なのか元々アニメが好きなのか男とのアニメ談議に花を咲かせる。


「今回の新劇場版で更にファンが増えましたからねえ。商品の種類もかなり増えてますよ。特にヒロイン系のTシャツが人気です」


「いやあ、でもこういうザ・アニメTシャツっていうの抵抗あるんですよねえ」


「わかります!僕も好きなんですけど、主張が強すぎるのって難しいんですよね。そういう意味ではこちらなんかデザイン性もあってオススメですよね」


男は背中に電撃が走るのを感じた。まさに運命の出逢いだった。


「こちらのマークシックスTシャツ。今日入ってきたばかりなんですけど、シルエットデザインだしタイトルとかも入ってないし。一見だと解らないけど解る人が見たら解るっていう、ちょっと玄人向けのデザインなんですよね。僕の中でコレ、今イチオシです」


男に考える時間は必要なかった。


「コレください」


「タッザイマース」


チキチキチーン


準備は整っていた。


男は次の日の夜、満を侍して劇場に足を踏み入れていた。仲間たちもやる気に溢れている。


惜しむらくは、その日の気温が例年より低く、かのスーパーイケてるデザインのTシャツを仲間たちに披露してやれない事だった。まあしかし、観終わった後にでも見せつけてやれば良い。きっと彼らは、羨望の眼差しを自分に向けるに違いない。そう信じていた。



上映開始。


舞台は宇宙からスタートした。どうやら主人公は前の覚醒により凍結させられていた様だった。男は一瞬、ちょっと説明が欲しいなあと置いてけぼりを感じたがあくまでもここからグッと面白くなると高を括っていた。


まさか、このスタートダッシュから一時間以上も突き放された挙句、遥か遠くを眺め続ける事になるとは思いもよらなかった。



観終わって、男達は無言で映画館を後にした。男達の足が皆、喫煙所に向かっていた。とにかくタバコを吸おう。皆の中で無言のコミニュケーションがあった。


寒空の下、紫煙を吐き出しながら今度も口を一番先に開いたのはダイスケ君だった。


「なんだよ、アレ」


まさにそれであった。この一言に全て尽きる。


ホントの本当に色々多々突っ込みどころ満載で終始展開されていたのだが、全てを書き連ねると10万字はくだらないので割愛させていただく。


ただ三つだけ。どうしても男が解せない箇所があった。


以下の通りである。



その1、主人公に対する全員の態度がおかしい。


とにかく全員が主人公を非難する。主人公は凍結から目覚めたばかりで右も左解らないのに「全部おめーのせいだから」「俺らの家族、友達、全部おめーのせいで死んだから」

「おめーの席ねえから」


万事こんな感じである。



「もうロボには乗らないで」「乗ったら死ぬ」「というか殺す」無茶クチャである。

え?じゃあなんで凍結から目覚めさせたの?勝手に目覚めたとしても、なんで生かしておくの?みんな敵なの馬鹿なの?


しまいには癒し系お姉さんからスーパー劣化してアマゾネスババアになってしまった元ヒロインのC。レジスタンス組織のリーダーなのだが、この人も態度がおかしい。ではここで彼女の最も矛盾したセリフをどうぞ。


2(仮)のラストシーンにて。


「行きなさい!誰の為でもない!貴方自身の為に!」


3(仮)の冒頭シーンにて。


「貴方はもう何もしないで」



これはヤバい。矛盾し過ぎてる。誰が言ってもいい。お前だけは言っちゃいけないという人物からのセリフである。



その2、キャラ崩壊


前回の映画で突如空から飛来したマークシックスと例のあの人。


登場回数が少ないにも関わらずファンにとてつもない人気を誇るこのキャラ。通称、DJケオルくん(仮)である。ミステリアスでパワフル。中性的で強引。優しくて怖い。魅力的なキャラの見本市みたいな彼、ケオルくん。実は主人公と両想いという設定。性別?そんなんは知らん。という感じで、新劇場版でも突然二人でピアノを弾き始めラブラブし始める。もうキスしちゃえよ、という視聴者の声が聞こえてきそうだ。


中盤で彼と主人公は協力して何やらお父上から言われた訳のわからん指令をやり遂げようとするが、その最中に無敵で余裕であるはずのこのケオルくんが突然見た事もない様な感じにパニクりだす。


ビフォー:「大量絶滅は進化を促す」「さあ、弾いてごらん。簡単さ」「ヅラじゃない、カヲ」


アフター:「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」「なんか違うなんか違うなんか違う」「ハメられたぁぁぁぁぁぁぁ」


※実際の台詞とは多少異なります


これは昔から見ていた視聴者を困惑させた。


え?ケオルくんこんなになっちゃうの?


なんかがっかりした。


でもピアノセッ○スはご馳走さまだった。


そんな声が聞こえてきそうだった。



その3、マークシックス()


次回予告でこれ以上ないくらいカッコいい登場の仕方をしたロボット、マークシックス。謎の新機体にはどんな能力が!?そんな風に思っていたファンを飛び蹴りで吹っ飛ばすし鼻にタバスコかけるくらいの勢いで裏切る監督。


8号機とかマークナインとか色々すっ飛ばした奴が出て来て怪しいなとは思っていたけれど、13号機とかいう二人乗りが現れた時に男は悟った。これはいかんと。しかし想像を超えてくる。マークシックスさんは登場した瞬間スクラップになっているという偉業を成し遂げていた。あれだけ勿体つけて。稼働すらしない。


男は思った。


なんだこれ。また騙されたのか、と。


男は思った。


ヒロインDちゃん出番すくねえな、と。


男は思った。


友達にTシャツを見せびらかさなくて、本当に良かった、と。


かくして男達はものの見事に打ちひしがれ、製作陣を呪った。詰まらない物を作った事をではない。大きな期待をさせた事にである。


しばらく誰も、その映画の話題にふれなかった。


当時の心境を振り返り、男達はこう言った。


「アレだろ?タイトルの『Q』って、観てる奴の頭の上に『クエスチョンマーク』って事だろ?」


もうこんな事は二度とあってはいけない。男は自分の部屋で寝巻きの棚にマークシックスTシャツをしまいながらそう思った。


そして物語は2016年。再び動きだす。


運命は、いつも仕組まれている。


ツヅク

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