第2話モード反転・評価も反転
その日は男にとって、人生最良の日になるはずだった。
「今度こそキミだけは幸せにしてみせるよ」
そうあのシトが約束してくれたからだ。男は彼をシンジていた。
しかし全ては最初から仕組まれている。終結さえも。一部の先人たちからすれば男のその期待が求め過ぎていた答えだと分かりきっていた。しかし誰も、男に忠告はしてくれなかった。
「お前、あまり今度もアンノーヤローに期待するなよ」
とは言ってくれなかった。
時は1997年から2012年まで加速する。
かつての少年は大人になり、それなりの苦労とそれなりの経験を積み、辛うじて童貞を卒業しそれなりの意見を持つ一人の人間になっていた。
男はアニメもそこそこに好きだが、それ以外に夢中になる物もあったし、二次元よりも三次元の女の子にもっぱらの興味があった。
つまり、何処にでもいるごく普通のオトナになったわけである。
かつて夢中になってアニメを追いかけていた親友のシン君は音信不通になり、付き合う友達の雰囲気もいつからか様変わりしていた。
そんな時、久しぶりに小学校時代の友人であるダイスケ君と町で再会してそこから連んで遊ぶ様になった。
ある日ダイスケ君がこんな事を言った。
「そう言えばいつだったか。みんなで映画観に行ったの覚えてっかよ?」
男はダイスケ君に言われるまであの日の事をすっかり忘却の彼方に置き去っていた。願わくはこのまま忘れていたかった。
「あのアニメ、最近新劇場版やってるの知ってるか?」
そこら中で宣伝されていたので当然知っていたが特に観たいとは思えなかった。
昔のトラウマもあったが、それ以上にもう例のロボットアニメにそこまで興味がなかった。というか、アニメ自体に特別興味なかったのだ。
男の気のない返事を受けてダイスケ君は
「なあ、今度やるやつ観てみようぜ。懐かしいじゃん」
男はあまり気乗りしなかったが、元来流されやすい性格だった事もあり今度も一ヶ月後に公開となる新劇場の最新作を観る約束をしてしまった。
ひとまず何はともあれ既に公開している他の新劇場を見ない事には始まらない。
男はTSUTAYAで新劇場版の1(仮)と2(仮)を借りてきてみる事にした。
悲しい事にあれだけ夢中になっていた新世紀アニメだったが年月という荒波に攫われて内容の殆どが思い出せなくなっていた。しかし幸運な事に新劇場版の1(仮)は総集編の様な構成になっており、男の頭の奥底で埃まみれになっていた記憶をなんとか呼び覚ましてくれた。
「そう言えば大好きだったな、このアニメ」
男はそう思った。
「シン君、どうしてるかな」
男は思い出していた。
かつての少年時代を。毎日が夢と発見で輝いていたあの日々を。新しくなった新世紀アニメの、変わらない次回予告のBGMと共に男の胸は再び高鳴り始めた。
気が付けばあっと言う間に1(仮)はエンドロールになっており、男は2(仮)のディスクを光の速さでプレイヤーに突っ込んでいた。
そうして男は知る事になる。
新しく生まれ変わった新世紀アニメの新劇場版。
その真の実力を。
まず目を見張ったのは技術の進歩である。映像美はもちろんのこと、CGや音楽の美しさも凄まじいレベルアップをしていた。
それに加え新ロボット達の登場である。旧劇では名前だけの存在だった機体が登場し男の心を躍らせた。
しかし、最終的に男の心を鷲掴みにしたのはロボットではなかった。
ここへきて、まさかの新ヒロインの追加である。
ただでさえ論争を引き起こしてきた甲乙付けがたいほど魅力的なヒロイン達。ヒロインA、B、Cときてまさかの追加ヒロインである。
ヒロインD、新世紀アニメヒロイン頂上決戦に突如彗星の如く現れた追加ヒロイン。メガネっ娘&巨乳という有り触れた設定ながら、奇想天外な発言と謎めいた行動で人気を博す。
Dは載っけから飛ばしていた。初登場にしていきなり新機体に乗って現れ、新登場の敵と戦っている。オマケに誰もが知っている超有名かつ場違いな歌謡曲を口ずさみながら登場したのだ。ヒロインDはとにかく場違いなくらいに明るく能天気で自由なキャラクターだった。そして巨乳だった。
男は新たなヒロインに引き込まれていった。
そしてDは止めの一撃を繰り出す。
新登場にして即スクラップになった新機体のロボットを捨て、早々に既存の機体に乗り換えるD。しかし彼女がとった行動はあまりに予想外だった。
彼女はコックピットでこう叫んだ。
「モード反転。裏コード。ザ・ビースト」
なんだそっれええええええええええ!
きっと公開初日の劇場で、男と同じリアクションをした客が何人かはいたはずだ。
彼女はあろうことか、ヒロインBの専用機だったはずの真っ赤な機体に乗り込み裏コードとかいう後付け満載な物を叩き込んで突如機体を獣に変形させた。
これがクソかっこ良かった。
予測不能な動きと言動。歌謡曲。語尾に「ニヤッ!」裏コード。メガネっ娘。
Dは正に、魅力の詰め合わせ状態。その上巨乳ときていれば鬼に金棒どころではない。鬼にロンギヌスの槍である。
物語は終盤に差し掛かり、最前までもやし鬱だった主人公が敵に取り込まれたヒロインAを助け出す為に覚醒した。「Aを返せ!」と初めて男らしいとこを見せ強敵に勝利し終わった。
そのシーンのバックで流れたのはかの名曲「翼をください」である。
崩壊する世界の中で主人公が差し出した手を遠慮がちに握るヒロインA。そこで流れる「翼をください」そのシーンを見て、男は泣いていた。
これだ。きっとこれだ。
これを観る為に自分は待ち続けていたんだ。あの旧劇は真実ではない、きっとこの日の為にあれがあったんだ。
男はそう確信した。
更に次回予告である。
突然、空から新たな機体が登場し槍を投擲。オマケに空を飛んでいる。乗っていたのは最重要キャラである例のあの人。
男の胸は再度最高潮まで昂った。
男は感動冷めやらぬうちにダイスケ君に電話をかけ、公開初日に映画館に行く約束を取り付けた。もちろんダイスケ君も二つ返事だった。
そしてその日はやってきた。
その日は男にとって人生最良の日になる。はずだった。
ツヅク
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