第11話

 数時間後。


 オレと伯父は、ミーディアムユニオンの本部があるというどこかの神社に連行され、ふすまで仕切られてなお何畳あるか見当がつかない広い和室で、ユニオンの理事と称する女性、沢野瀬桜子の前に正座させられていた。名前からわかるとおり、紫子にあの役立たずのお守りを持たせたママさんその人である。


 紫子が伯父の事務所を訪ねることを、彼女は知っていた。伯父の調査に行くよう促した張本人だから当然だ。帰りが遅いので手の者に様子を見に行かせると、ちょうど伯父の車が廃工場から戻ったタイミングだった。そこから尾行が始まったのだが、テンパっていた伯父はそれにまったく気づかなかったわけだ。すぐに廃工場はミーディアムユニオンのメンバーに取り囲まれ、オレと伯父は投降せざるを得なかった。抵抗する気もなかったけどね。


 それにしても、紫子も大人になったらこんなになるのだろうか。桜子はたいへんな美女だった。しかも未亡人と聞いて、独身の伯父貴がいっぺんに鼻の下を伸ばした。青春を捧げた彼のことは、即座に忘れたらしい。


 白衣緋袴のいわゆる巫女装束に身を包む姿だけでも、湧き出す泉がごとき清楚さを醸し出している。長い黒髪の先から白い足袋の爪先まで、立ち居振る舞いの優雅さに一分の隙もない。つ、と茶托から茶を取り上げて少しすする、そんなちょっとした所作のひとつひとつに品がある。茶碗に添えられた白魚のような指先を見るだけでも眼福だ。


 彼女も霊能者で、霊感点は泣きぼくろだそうである。この泣きぼくろがまた、涼しげで慈悲深い色をたたえた、切れ長の目によく合っていて美しい。


 だがオレは、見た目はどうあれ、娘にはない悪意と、娘を千尋の谷に突き落とすシビアな価値観を、彼女が年相応に持ち合わせていることを知っている。


 「娘をおたくにうかがわせたのは、不正を告発するためではございませんわ」話しぶりにも品と艶があり泰然としていた。「有能な霊能者をユニオンにスカウトするためですの。祐斎先生がユニオンにふさわしい優秀な方だとわかって何よりですわ」


 「あはは、そうだったんですか、私はてっきり。わはははは」伯父はすっかりのぼせ上がっていた。


 「ミーディアムユニオンはあなたを歓迎いたします。加入していただけますわね?」


 「もちろんです! 誠心誠意尽くさせていただきます!」


 そこまでの会話を、オレは畳をいじりながら黙って聞いていた。まぁ、伯父が納得してんならそれでいいのだが。いちおう、気になったことを確認してみた。


 「なあオバサ……」ありがちな話だが、突然桜子の背後に、先だって紫子にも感じたオーラがごぅっと立ち上ったような気がして、オレは慌てて言葉を替えた。「オネーサン、するってぇと、伯父貴が本当にインチキで、霊能者なんかじゃなかったら、オレたちどうなってたわけ?」


 少し茶をすすってから、桜子はにっこり笑ってこう言った。


 「それはむろん、然るべき官憲に然るべき処遇をお願いする手はずを」


 やっぱり。伯父のヅラを取ってなかったら、オレはマジで誘拐犯だったのだ。伯父には詐欺も追加され、いったい何年臭いメシを食うことになっていたか。当然の報いといえばそれまでだが、にこやかに言い放つ桜子がおっかねぇ。


 一方、ユニオンの側から見れば、金儲けのうまい手駒を手に入れるか、霊能者を貶める詐欺行為を駆逐するか、インチキ霊能者狩りはどっちに転んでも得をする。


 おまけに人件費がかからない。未熟で純粋で背伸びしたがるお年頃の正義感や責任感をくすぐれば、勝手にがんばってくれちゃうんだからな。ってか、自分のことを丸ごと棚上げにしていうならば、誘拐なんぞに手を染める悪いヤツがこの世にはいるのだから、もう少し娘のことを心配してあげてほしいと心から思う。


 願わくば紫子がかくのごとき悪意に染まらぬまま、立派な霊能者に成長することを望んでやまない。彼女の未来に幸あらんことを。


 ……とまぁどっかの神様に祈ったところで、オレはそろそろ退散する頃合だ。オレにゃあ霊能力はない、こんなビックリ人間ショーにいつまでもつきあってられるか。


 「んーじゃあ、オレ帰っていいかな? フッツーの生活にさ。オレ、一般人なんで。ユニオンとか興味ないんで」


 立ち上がりかけたオレに、「あら」桜子が艶然と、何かウラがありそうな笑みを見せた。「実はわたくしども、事務の手が足りておりませんの。事務は霊能者でなくてもかまいませんから、洋介さんもこちらで働けばよろしいのではなくて? 祐斎先生にお義理もあるんでしょう?」


 「やなこった。借金肩代わりの分さえなんとかすりゃ文句ないだろう、伯父貴。稼ぎ口は自分で探すよ」


 ところが伯父ではなく、桜子がぴしりと言い放った。


 「いいえ、あなたはこちらで働くべきです」


 ほとんど命令だ。「なんで?」オレは訝った。


 すると桜子は、ふと目許に妖しい笑みを浮かべ───少しだけオレに向かってにじり寄ると、突然襟を開き、身をよじって肩をはだけ、うなじから豊かな胸元まで、まぶしいほど白い肌を露わにした。そして肉厚の唇に指を這わせ、嬌声でオレの耳にささやきかけた。「だってぇん、若い男の子がいてくれないとさびしいんですもの」


 「ナヌ!」伯父の伸びきった鼻の下がこちらを向く、と同時に───横にずらり並んだふすまのひとつが、バァン! と音を立てて開いた。「おおおおおおおおかあさま?!?!」紫子だった。……ずっとふすまの向こうからこっそり覗き見して聞き耳立てて、ことの行く末にやきもきしていたらしい。思わず開けてしまって、大声を出してしまって、……紫子の顔が耳の先まで真っ赤に染まる。


 「とまぁ、こういうわけで、娘からのたっての願いでもありますので」


 いつの間にか桜子は、服を直し姿勢を戻し、元の清楚で上品な巫女に戻っていた。また茶托から茶碗を取り、ゆっくりと茶をすする。たった今の艶姿がまるでまぼろしだったかのように。……一度だけ、オレに向けてぴっとウィンクした。


 「無理強いはいたしません。ご自身の意志でお決めいただいてよろしいんですのよ」


 ───やれやれ。




 とまぁ、キミ。人生にはまったく選択肢が多くて困るね!


 今もまた、まったく非日常的な状況なわけだが。


 さて、キミならこれからどうするよ?

                            <終>

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