第3話

 そのとき、塚堂祐斎、つまり伯父はいなかった。オレだけが留守番をしていた。


 「えっと……おじさ……いや、祐斎先生は不在で」その優美さにアテられて、しどろもどろになりそうなところを何とかこらえ、オレはどうにか紫子を応対した。「自分は、事務を担当してる甥の塚堂洋介。えーと……御用は何? 先生に相談なら、ウチは予約制だから、まず申し込みを……」


 「相談ではありません」彼女は、ボールペンを胸ポケットから抜きかけたオレの手をさえぎって言った。「ミーディアムユニオンの使いです。少々、確認したいことがございまして」


 「なんにしたって、アポを入れてから会いに来てくれないと困るんだけどなぁ……」


 伯父からは、客以外を事務所に入れてはならんと常々言い含められていた。まして、同業者だと思ったら、いかなる理由があっても追い返せと言われていた。そりゃそうだろう。インチキがバレてもネタをパクられても困るし。


 しかし、下手に受験英語だけを学ぶものではない。ミーディアムという単語をオレは知っていた。メディアの単数形だ。オレはすぐにマスメディアを連想し、だからそのユニオンとやらを、てっきり市民ニュースの記者団体か何かだろうと思った。そういうところなら、やる気のある中高生をメンバーに加えていてもおかしくないし、だったら邪険に追い返すのもまずかろうと思ったし、てゆーかオレはそのとき、暇な留守番タイムに現れた美少女を追い返さなくてすむ理由を探していたのだ。


 紫子はといえば、こちらがいいとも悪いとも言う前に、応接用のソファにさっさと座り込んでいた。「いらっしゃらないのでしたら、しばらく待たせていただきます」あぁ、座る姿勢もきちんと背筋が伸びていて、なんとも麗しい。……とと、感心している場合ではない。これほどの大和撫子ならば、つつましやかでおとなしくて引っ込み思案な性格かと、勝手に決めつけかけていたが、意外にキツそうだ。慇懃無礼というのか、こういうお嬢さんが歳を取ると、「ざぁます」という語尾をつけるのかもしれん。親の顔が見たいな、とちょっと思った。



 茶でも入れてこようかと場を去りかけたオレの背中に、紫子の声が飛んできた。「待つ間に、こちらで所蔵していらっしゃるという心霊写真を拝見したいのですが」やはり言葉の端々にひとの都合ってものを考えた形跡がなく、少々とげとげしい。立てばシャクヤク座ればボタン話す姿は鬼アザミ。


 ……心霊写真なら、確かにある。正確には、伯父がそう主張する写真が、事務所には大量に眠っている。鑑定を依頼されるそれっぽい写真の大方を、祈祷するといって取り上げるのだ。


 無論祈祷などしない。丁寧にアルバムに収め、そのまま伯父の営業用カタログに変わるだけだ。出版社に売り込む腹づもりもあるらしい。


 心霊写真なんてものは本来、撮影の専門家が見れば、ひとめで技術的なトラブルかトリックであると見破れる。無論見破られては困るので、それは勝手に来客に見せてはいけない決まりだった。


 しかし、紫子は写真に詳しそうには見えなかったし、どうも彼女のキツい視線と口調はお断りしにくい。報道関係者に逆らうと何書かれるかわからんしな、と勝手に理由をつけて、オレはアルバムの一冊を言われるままに彼女に手渡した。


 彼女はアルバムを開いた瞬間に、ハァと大きな息をついた。それから気のなさそうにぱらぱらとページをめくっていたが、特に写真を詳しく分析するでもなく、アルバムを閉じて言った。「……やはり、心霊写真ではありませんね」


 「え」まぁ、そのとおりなのだが、チラ見しただけであっさり言われるのは、なんかムカツクな。「何でわかるの」


 「わたくし、霊が見えますもの」


 紫子はさらりと答えた。冗談を言っているようには見えなかった。ってことは、デンパか。オレは天を仰いだ。いるんだよなぁ、こういう手合い。美少女なのに。もったいない。


 ……とか考えているのが伝わったらしい。


 「信じてませんわね?」


 「あ、えっと、うん、全然」


 「かまいません。疑われるのは慣れています」少しだけ吊り目が緩み、寂しげな表情が浮かんだ。悪いことをしたかなと心の片隅で思ったが、だからといって霊を信じるわけではないんで、オレはただ頭をぽりぽりかくしかなかった。

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