第4話
そうこうするうちに、ビル下の道路から重く響くエンジン音が聞こえてきた。伯父だ。彼は金に明かせて何台も高級車を持ち、地下駐車場も台数分借りている。
しばらくしてエレベーターホールから、足音が近づいてきた。と、紫子が立ち上がり、あらぬところを向いて、手招きするしぐさをした。……何のおまじないかと思ってそちらを見ているうちに、伯父が扉を開けて入ってくる。
紫子はその目の前に立ち、また深々とお辞儀をした。見慣れぬ顔に、伯父は不審がって唇をへの字にした。
「あなたが塚堂先生ですか?」紫子は名乗らずいきなり切り出した。
「……そうだが、君は?」
「ここに何がいるか見えまして?」紫子はぽっと何もない頭上を指差した。
「はぁ?」
「こちらは?」紫子は今度は足元を指差した。
伯父は何を言われているのかさっぱりわからないようで、今度は口をあんぐりと開いた。
すると紫子は、はぁ、とひとつため息をつき、「ダメね、フェイントを入れる必要なんてなかったですわ」ポケットから携帯電話を取り出すと、どこかへ連絡を入れるのか、メールを打ち始めたようだ。
「なんだ失敬な。君はいったい何者だ」会話中にいきなりメールである。なんだかんだで平成生まれだな。四十がらみの伯父が怒声を挙げるのも無理からぬ態度だ。
もっとも彼女としては、さっきのこんにゃく問答の出来損ないのようなやりとりで用件はおしまいで、もう話す必要はないらしかった。紫子はちらとだけ目線を上げて、義務的にその問いに答えた。「申し遅れました、わたくしミーディアムユニオンから参りました、沢野瀬紫子と申します」
「ミーディアムユニオン?!」
それを聞いたとたん、伯父は顔を赤くし、青くし、上を向き、下を向き、手をあたふたとさまよわせた後、───まず、紫子の手から携帯電話をもぎ取り、部屋の隅にあった自動運転のシュレッダーに向けて投げつけた。投入口に薄型の端末を吸い込んだシュレッダーは、がりぎりぼりと不快な音を立てて動き出す。さすがに砕ききれなかったと見えて途中でぷしゅうと止まったが、あの携帯はもう使い物にならないだろう。
「何をするんで」すの?! を最後まで言わせず、伯父はその口にハンカチを押し込んだ。そのまま小脇にひっかかえると───意外に馬力あるな伯父貴!───、「おまえもついてこい!」叫んで事務所を飛び出していった。
オレには、彼がなぜ突然パニクり始めたのかさっぱりわからなかった。戸締りをしてから後を追うと、ついてこいと言ったくせに、エレベーターはオレを待たずに先にさっさと下りていた。……駐車場のある地下階で止まっている。
駐車場に向かうと、伯父は、普段乗り回している外車ではなく、目立たない国産の軽の後部座席に紫子を押し込んでいた。そのときには、彼女はすでに猿轡をかまされ後ろ手に縛り上げられていた。
「ちょっと伯父貴、これはいくらなんでもまずいんじゃねぇの?!」言い訳かもしれないが、オレはちゃんと伯父を制止したのだ……だが逆に、助手席に引っ張り込まれた。「いいからお前も乗れ!」
乗った途端に、シートベルトを締める間もなく、アクセルが踏み込まれた。舌を噛みそうになる勢いで軽は地下から市道へ飛び出す。ちょうど通りかかったスクーターが横っぱらにぶつかりかけ、危ねぇじゃねぇかと拳を天に突き上げる姿がバックミラーに映ったが、それもすぐに豆粒になった。
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