陰陽師再び
ゆかりは、悩んでいた。
自分にそのような力があると聞かされ、半信半疑であったが、海坊主に襲われたときにはその力のおかげで助かった。
だがそれ以来、五行の力が使えずにいる。
(どうして……何か理由があるの?)
そんな風に悩んでいたから、道の先にあの陰陽師の姿を見つけたときは、反射的に駆け寄っていた。
「
「――ああ、ゆかりちゃん。そんなに息せき切って、どうしたの」
陰陽師の、玉響
「よかった……会えて。あの、聞きたいことがあったんです」
「ふうん? そんなふうに、僕と会うことを待ち焦がれていてくれたなんて、嬉しいね」
「あ、いえ。そういうわけではなく」
「いいよ。何でも聞いて? 相談に乗ってあげるよ」
「あの……」
そうしてゆかりは、最近の出来事について話し始めた。
海坊主に危うく溺れさせられそうになったとき、五行の力を使えたこと。
その前にも、濡れ女にあったとき、似たような経験があったこと。
その後の塗壁と遺念火のときには、力が使えなかったこと。
瑞樹は、興味深そうにその話を聞いていた。
「……というわけなんです」
「なるほどね」
瑞樹は頷く。
「どうして、この前は力が使えなかったのか……。私、センの力になりたいんです。だから、もっとちゃんと、力を使えるようになりたくて」
「センの力になりたい……か。ずいぶん、入れ込んだものだね」
「え?」
「ずいぶんあの妖狐と仲良くしているみたいじゃないか」
「だって……センは、いつも私を助けてくれるから」
「助けてくれる、か。まあいいさ。その話は、もう少し調べてみてからだ。――それより、五行の力の話だったね?」
「? ええ……はい」
「おそらく、君の力はまだ安定していない」
「安定……?」
「そうだ。君自身、力の使い方がよく分かっていない。当然と言えば当然だよね。君はなんの修行もしていないんだから」
「……はい」
「だから、君が力を使えたとき。言ってみればこれは、火事場の馬鹿力のようなものだ」
「火事場の……?」
「うん。君が力を使えたときはどちらも、君自身が危険にさらされていた。いや、君だけでなく、友人や、その妖狐とか、身近な存在もね。どちらかというと、そちらの方が影響しているかな」
「あ……」
「君の大事な存在が危ない。どうにかしないと。そうやって窮地に追い込まれたとき、五行の力が爆発したんだ。いわば、暴発みたいなものだね」
「暴発って、危ないんじゃ」
「うん。よく上手いこと敵だけに発動したものだと思うよ。――だから、窮地に追い込まれていないとき、さほどピンチじゃないときには、力は発動しなかった。つまり君は、まだ力をコントロールできていないんだ」
ゆかりは瑞樹を正面から見た。
「私――力をコントロールしたいです。教えていただけませんか?」
瑞樹もじっとゆかりを見返す。
「と、言われてもね。こればっかりは、一朝一夕に、とはいかないから」
「それでもいいんです。なにか、ヒントになることだけでも、教えていただけませんか」
「そうだなあ……」
瑞樹は人差し指を一本立てた。
「じゃあね、意識を集中すること」
「集中?」
「そう。拡散している意識を、敵に集中させるんだ。広がった紙をより合わせて細い糸を作るように。一点にしたたり落ちる水滴が、岩に穴を穿つように。意識を細く細く、集中させる」
「意識を、細く……」
「うん。やってみて」
「……」
ゆかりは瑞樹をみる。瑞樹の立てた、一本の指の先を。
一度目をつぶり、そして目を開けて。
じっと見つめ続ける。
長い長い時間が経ち、ゆかりにはあたりの景色が目に入らなくなっていた。
そして、瑞樹の指先が急速に近づいてくるように見えたころ。
「はい、そこまで」
「……!」
ゆかりは緊張を解かれてたたらを踏んだ。
「うん。なかなかよかったよ。完全にとは行かないまでも、わりと集中できてたんじゃないかな」
「……ありがとうございます」
「今の感覚を忘れないで。――それと、これも君にあげよう」
「これは……?」
じゃらり、と瑞樹が取り出したそれは、ブレスレットのようだった。
綺麗に光る、五色の石が、点々と糸でつながれている。それぞれが指先ほどの大きさだ。
「五行の力をこめてある石だよ」
ゆかりは受け取ったそれをまじまじと見る。
まだ削る前の宝石の原石のような、ごつごつとしたその石は、それでも美しく透き通っていて、奥をのぞきこめば炎のような揺らめきが見えた。
「これを、私に……?」
「そうだよ。これがあれば、力を行使するときの手助けになると思う。これを腕にはめて集中すれば、この石が触媒となって、きみの力を発現してくれるはずだ」
「そんな、貴重なものではないんですか? こんな大事なもの、いただくわけにはいきません」
「いいんだ。僕には必要ない。僕は、自分で力をコントロールできるからね。君に使ってもらったほうがこいつも役立つってものだ」
なかば押し付けるように、瑞樹はそのブレスレットを手渡した。
「本当に、いただいてしまっていいんですか……?」
「ああ。受け取ってくれ。それで君が力を上手く使えるようになるなら、僕はそのほうが嬉しい」
「……ありがとうございます」
ゆかりは受け取ると、ブレスレットを鞄にしまった。
「つけてはくれないのかい?」
「校則で、アクセサリーは禁止されてるんです。つけてると、没収されちゃうから」
「学生はめんどくさいね」
瑞樹は肩をすくめる。
「でも、どうして私にここまでしてくれるんですか?」
ゆかりは瑞樹に問う。
瑞樹は不思議な笑みを浮かべて答えた。
「君に興味があるからさ。君の光は――とても強い。君がその力を自由に使うことができるようになれば、一体どんなことになるのか――。僕はそれが見てみたいんだ」
「興味……ですか」
「そうだね。興味本位だよ。別に善意ってわけじゃない。だから、気にしなくていい」
瑞樹は、すっとゆかりに顔を近づけると、微笑んで言った。
「その力を使って、思う存分、妖怪を退治してくれ。頼んだよ」
そういうと、身を翻して、瑞樹は歩き出した。
「ああ、そういえば」
歩きながら、思い出したように言う。
「最近このあたりで、
「朱の盤……」
「ちなみに、そいつの属性は火だよ。それじゃあ、またね」
そう言って、瑞樹は道の奥に消えていった。
ゆかりは瑞樹が見えなくなった後も、しばらく立ち尽くしていた。
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