一反木綿
「広樹の家はこの辺なんだよな……」
貴志はセンを連れて、広樹が辿ったであろう道のりをぷらついていた。
「弟。おそらくこっちだ」
「セン?」
センが変化を解き、獣の姿で地面におりたつと、道の一方を指し示す。
「尾がいくつか戻ったからな。妖気を感じ取れるようになった。我が案内すれば、じきに辿り着けるだろう」
「わかった。頼むぜ、セン」
センの後を追い、貴志は歩き出す。
幾度か角を曲がり、しばらく歩いたあと。
「いたぞ」
「え――あ!」
遠くの空に、ひらひらと浮かぶ白いものが見えた。
なるほど、一見タオルでも飛んでいるかのようだ。だがそれは、いつまでも地に落ちることはなく、空中をただよい続けている。
ただの布切れではない。
「あれか……」
「ふむ。こちらに気付いたようだ。次第に近づいてきておる」
「え? 来る――のか? こっちに」
「こわいか」
「冗談。来てくれなきゃ、退治しようがねーからな」
「ふん。負けん気の強い」
「来たぞ!」
白いものが、ひらりと貴志の目前に舞い降りた。
横幅は30センチほど。縦はぞろりと長く、10メートル以上はあるだろうか。ゆるく波打っている。
細い目が、ぱちりと開いた。
「ほう……妖狐か。珍しい。こんなところで人の子について、何をしておる」
白いものが口を開いた。
「別についておるわけではない」
「ほうほう……ならば、この人の子は我の自由にしてもかまわぬかな」
「自由に……されてたまるか!」
貴志が白いものに殴りかかる。
だがそれは、ぼすんと布に軽く受け止められた。
「ほほ……愚かな。そのような攻撃が、私に効くものか」
「ぐあっ!」
しゅるり、と白いものが貴志の首に巻き憑き、ぐいと締め上げた。
「ぐ……」
「ほらほら、息の根を止めてしまうよ」
すかさず、ぶつり、と手ごたえがあって、貴志は締め付けから解放された。
ごほごほと咳き込む。
「弟から離れてもらおうか」
センが白いものを噛み千切ったのだ。
「ぬうう。おのれ、よくも!」
白いものが迸る。
今度はセンにぐるりと巻き憑いた。
顔から尾まで、センの全身が白いもので覆われる。
「セン!」
「ほほ、これで牙は使えまい。絞め殺してくれる」
そのまま、白いものに力が込められる。
だが。
「片腹痛いわ」
ごうっ!
「な、なにい!?」
センの全身から、紅蓮の炎が巻き起こり、巻き憑いていた白いものを燃やし尽くした。
「っぎゃああ!」
半身を燃やされた白いものは、慌ててセンから飛び離れる。
センはぶるっと身を震わせて、白いものの燃えカスを払い落とした。
「おのれ……何をしたあ」
「主ごとき、我の炎の尾が燃やし尽くしてくれるわ」
「く……く」
白いものは悔しそうに顔をゆがめると、くるりと身を翻して逃げ出そうとした。
しかし、逃がすセンではない。
「弟よ、肩を借りるぞ」
「え?」
センは助走をつけて駆け出すと、大きく跳躍した。貴志の肩を一度蹴り、さらに高く飛び上がる。
そのまま、宙を飛ぶ白いものにかぶりついた。
「ぎゃあ!」
しっかりと噛み付いたまま、地面に引きずりおろす。
そしてそのまま、ぱくぱくと白いものを食べきってしまった。
後には何も、残らない。
「弟よ、無事か?」
「あ? ああ。センが助けてくれたからな。何ともないよ」
「ならばよい」
(あれ?)
貴志は不思議に思う。
(いつもなら、我は食事をしたまでだ――とか言うのに。妙に素直だな。俺のこと、心配してくれるし)
「どうした、怪訝な顔をして」
「……いや、なんでもない」
貴志はそれに触れるのをやめた。
言えばまた、反発されそうな気がしたからだ。
(センも少しずつ、俺たち人間になじんできてるのかな)
そう思うと、貴志は少し和やかな気持ちになった。
しゅうう……。
「あ、あれ」
見れば、煙と共に、白いものが立ち上った。
「いやはや、先ほどは失礼をした、人の子よ」
白いものは面目なさそうに頭を下げる。
「少し、血迷っていたようだ。そなたの他にも襲ってしまった者がおるようで、申し訳ない。大事なかっただろうか」
「あ、ああ。広樹なら無事だぜ」
「そうか。よかった。妖狐殿、私を止めてくれてありがとう。今後は人を襲わぬと誓おう」
「……ふん」
「それではな」
そうして白いものは、ふよふよと空中を漂っていった。
「いっちゃったな。……ほんとに、野放しにして大丈夫だったんだよな?」
「問題ない。我が邪気を喰った。もはやあれに陰の気は微塵もない。人を襲うことはせぬよ」
「そっか……ありがと、セン」
「我にも利点があるゆえな――見よ」
「あ……! 尻尾が、四本!?」
センの背には、立派な尾が四本、ふさりと生えていた。
「一反木綿を喰うて、戻った妖力が尾に満ちたのだろう。四本目の尾が開放された」
「一反木綿? やっぱりあれって、そうだったのか?」
「主も気付いておったか」
「まあ……有名な妖怪だしな。本物を見たって、なんか妙な気分」
「なんであろうと、我にはエサに過ぎぬがな」
「はは……センは喰うだけか」
「左様。全ての妖怪は、我の食糧じゃ」
「じゃあ――がんばらないとな、これからも」
「……どうした。主としたことが、やけに協力的ではないか」
「べっつにー。センが少し変わってきてるみたいだからさ。俺も変わってきたって事かな」
「? 我は、変わらぬ」
「そうかな。まあいいさ」
そうしてセンと貴志は、家路についた。
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