かまいたち

「絵美、さっきの質問はなんだったの?」

 連れだって帰りながら、ゆかりは絵美に問いかける。

「いえ、もしかしたら通り魔ではなく妖怪の仕業かもしれない、と思ってね」

「妖怪の――? そんな心当たりがあるの?」

「ええ。センにはわかっているのではないかしら」

 絵美は、ゆかりの鞄にストラップのようにぶら下がっている小型化センに、視線をやった。

「……まだわからぬ。気配を追っているところだ」

 そのとき、ごうっと一陣の強風が吹いた。

「きゃっ!」

 巻き上がりそうになるスカートを、慌てて押さえる。

 そして風が止んだとき。

 ゆかりたちの目の前に、二匹の小動物がちょこんと座っていた。

 動物好きのゆかりは、それを見て目を輝かせる。

「わあ、かわいい! ねえねえ絵美、この子達、何だろう?」

「これは……いたちね。じゃあ、やっぱり」

 ゆかりと絵美がしゃがみこんで、小動物――いたちに視線を合わせた、そのとき。

「そこにおられるは仙狐様とお見受けする」

「えっ!?」

 突然、いたちが重々しい口調で喋りだした。

「あつかましきお話ながら、仙狐様にお願いしたき事あり、ご依頼に参りました」

 センが小型化を解き、獣の姿で地面に降り立つ。

 いたちを正面から見据え、言った。

「この妖気……やはり、主ら、かまいたちか」

「やっぱり、そうだったのね」

 分かった風のセンと絵美に対し、ゆかりは一人ぽかんとしている。

「いかにも、我らかまいたちの兄弟なり」

「此度は、我ら次兄の暴走を止めていただきたく、お願いに参りました」

「かまいたちは、通常三匹で行動するはずじゃな。いまここにおらぬのが、その次兄とやらということか」

「いかにも、左様さようでございます」

「ちょ、ちょっと待って」

 ゆかりが慌てたように口をはさむ。

「私、さっぱりわけがわかってないので……できたら、最初から説明してほしいんだけど」

「かまいたちはね、三匹で一そろいなの」

 絵美が語りだす。

「最初の一匹が人間を転ばせて、次の一匹がそれに斬りつける。そして最後の一匹が傷口に薬を塗る……。その薬のお陰で、人間にはかすり傷程度しか残らないというわ。そしてかまいたちの現れるときには、時に突風がふくことが報告されている」

「あ、それで絵美、さっき先生に、風のことを聞いていたんだ」

「誰もいないのに生じる切り口……と聞いてね。もしかしたらかまいたちかもしれないと思ったのよ」

 絵美の言葉に、かまいたちが頷く。

「いかにも。長兄である拙者が人を転ばせ」

「末弟である拙者が人を癒す役目。兄者あにじゃは、人を斬る役目でありました」

「そのお兄さんが暴走している……?」

「左様。我らは、人が立ち入るべきでない土地に入ったときなどに、警告の目的でかすり傷を負わせる程度で、人を害することなど考えてはおらなんだ」

「だが突如次兄が、だれかれ構わず人を襲い始めた」

「次兄は、最も鋭い鎌を持つ。幸いにも、いまだ被害は出ておらぬが、いつ何時人に被害が及ぶかわかりませぬ」

「仙狐様、どうか次兄を見つけ、その邪気をはらってはもらえませぬか」

 かまいたちの兄弟は、センに向けて頭を下げる。

「セン、今の話が本当なら、大変なことだよ。人が斬られるかもしれない。急いで見つけよう!」

「……ふん。言われるまでもない。邪気をもった妖怪なら、我のエサじゃ。食事ができるならば、望むところ」

「次兄の妖気は、我らが追うことができます」

「案内いたします。どうぞこちらへ」

 言うと、かまいたちは連れ立って走り出した。

「セン、追いかけよう!」

「うむ」

 ゆかりたちもその後を追って駆け出した。


「はあっ、はあっ!」

 少女は、逃げていた。

 何から逃げているかはわからない。だが、帰り道、突然制服が裂けた。続いて、いくつも、いくつも。

 何か――目に見えない誰かに攻撃されている。

 そんな思いから、闇雲に走って逃げていた。

「あっ!」

 だが、行き止まりにぶつかる。

 あたりには誰もいない。だが、嫌な気配だけがふくらむ。

 そしてついに。

「きゃあーっ!!」

 ごうっと強風が吹き、それにたたきつけられた少女の体は、全身を切り傷に襲われた。

 どさり、と地面に倒れ付す。

 がくりと、少女は気を失ったようだった。

 少女に、小さな影が歩み寄る。

「そこまでじゃ」

「!」

 影に、センが飛びかかる。影はひらりと身をかわし、その一撃を避けた。

「次兄、もうやめよ!」

「兄者、やめてください!」

 かまいたちの兄弟が叫ぶ。

 影――かまいたちの次兄は、それに首を振った。

「やめよ、と……? 何ゆえか。人間など、脆弱な生き物。それをもてあそぶ楽しさといったらないぞ。特に女子の柔らかい皮膚がたまらぬ。お前たちも参加せぬか」

 かまいたちの末弟はおそわれた少女に駆け寄ると、薬を塗り始めた。見る間に、傷口がふさがっていく。

「やめよ。そのように狂った次兄など見とうはない」

「ふん、あくまで止めるか。お前たちに何ができる。最も鋭いのは拙者の鎌ぞ!」

 次兄が長兄へと走りよる。すさまじいスピードで鎌が繰り出された。

 ガキリと長兄が鎌で応戦する。幾度も幾度も刃を交わした長兄の鎌は、削られ、ひび割れ、徐々に劣化していった。

「く、このままでは……」

 次第に押される長兄。

 そこに、センが割って入った。

「かまいたちよ。我が喰ろうてくれる」

「ぐあっ!」

 次兄の喉元に、センがくらいついた。

「ぐ……封呪を受けた妖狐ごときが! 片腹いたいわ!」

 次兄が鎌を繰り出す。センは跳んでそれをかわした。

 だが、かまいたちは早い。次兄は俊足の勢いでセンに接近し、雨あられのような連激をくらわせた。

 センは爪で応戦するが、全ては防ぎきれない。

「くっ!」

 いくつもの鎌の攻撃をくらい、センは吹っ飛ばされた。

「セン!」

 ゆかりがかけよる。

 センは数多の切り傷を受け、血を流し横たわっていた。

「ああ……セン、こんなに、傷だらけになって」

 ゆかりはセンの傍らにへたりこむ。

「ぐっ……ちか、よるな……」

 センは苦しげな声で言うが、ゆかりはきかなかった。

 センをかばうように、両手を広げてセンの前にたちふさがる。

「これ以上センを傷つけないで!」

「なんだ……? 女。お前が代わりに斬られてくれるのか?」

「ゆかり、無茶しないで!」

「斬られたくなんか、ないよ……。でも、ここは動かない!」

「ゆかり殿!」

 かまいたちの末弟がさらに、ゆかりをかばうように前にでる。

「弟。お前如きが私にかなうと思うのか」

「太刀打ちは……できぬでしょうな。それでも、お止め申し上げる!」

 末弟と次兄の激しい斬り合いが始まった。

 だが、数刻ともたず、末弟が斬り飛ばされる。

「弟!」

「かまいたちさん!」

「これで邪魔者はおらぬぞ……。女。切り刻んでくれるわ!」

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