陰陽師

 次兄がゆかりに襲いかかろうとした刹那。

 ドカカッ!

「ぐあああ!?」

 どこからか飛来した金属片が、次兄に突き立ち、地面に縫い付けた。

「うあああ、何だこれは、痛い! 痛いぞ! ぬ、抜けん!」

 次兄はもがき苦しむ。

「痛いと思うよー。僕の念をしっかり込めたからね」

 飄々ひょうひょうとした声が響いた。

「誰!?」

 いつのまにか、取り囲む塀の上に、一人の男性が立っていた。

 25,6歳だろうか。袈裟けさのようなものを着ている。

 端正な顔立ちの青年だった。だがその表情はゆるく、にこにこと笑っている。

金剋木ごんこくもく……。かまいたちのもくの気は、ごんの気でこくす――ってね。金気の一撃は、効くだろう?」

 男性はさらに何かを構える。金属の棒のようなものだった。

「金剋木!」

 ドカカッ!

「ぎゃあああ!」

 更に次兄の体に金属が穴を穿つ。

 次兄はもはや全身を地面に縫いとめられ、抵抗もできず虫の息だった。

「お、おやめください!」

 長兄が前に出る。

「それ以上されては、次兄が滅してしまいます!」

「滅ぼすためにやってるんだよ」

 青年はにこりと笑ったまま言った。

「悪い妖怪は滅ぼさなくっちゃ……ね」

 さらに金属片を構える。

「やめて!」

 ゆかりは叫んだ。青年が手を止める。

「センが邪気を食べれば、かまいたちさんも正気に戻るわ! だから殺さないで!」

 青年は不思議そうにゆかりをみた。

「君は……人間だろう? どうして妖怪をかばうの。そこの妖怪は、悪い奴なんだよ?」

「妖怪だからって、滅ぼしていいわけじゃないわ」

「……センってなんのこと?」

「この子よ。千年の時を生きる妖狐……。妖怪の邪気を食べてくれるわ」

「ふうん……」

 青年は面白くなさそうに手を引いた。

「滅ぼしておいたほうが確実だと思うんだけどなあ。邪魔されて、つまんないや」

「……」

 ゆかりは険しい顔で青年を見つめ続ける。

「まあ、でも、君みたいに強力な光の持ち主がそういうんじゃあね。一回くらい譲ってあげるか」

「え……?」

「つまんないから僕は行くよ。じゃあね」

 青年はひらりと塀から飛び降りると、素早く駆け去っていった。

「な、なんだったの……?」

 呆然と立ちすくむゆかり。

「娘」

 センの声で我に返った。

「この金具を抜いてやれ。これは我ら妖怪では触ることができぬ」

「え……? う、うん。わかった」

 ゆかりは絵美と二人で、次兄に突き刺さった金具を抜いた。次兄は苦しそうに横たわっている。

 抜き終えた次兄を、センがぱくりと食べた。

「さっきの人は、なんだったの……?」

「……陰陽師おんみょうじ

 絵美がぽつりとつぶやいた。

「金剋木……。そう言っていたわよね。木の気、金の気って。あれは、陰陽の術ではないかしら」

「おそらくそうだろうな」

 センが言う。

「妖怪退治を生業にしている陰陽師だろう。相当な使い手であった」

「陰陽師なんて、現代にいるのね」

「妖怪がいるのだ。いてもおかしくはなかろう」

「次兄!」

「兄者!」

 かまいたちのこえに、ゆかりは後ろを振り返った。

 見ればそこには、伏して礼をする次兄の姿があった。

「此度は拙者の乱心により、多大なるご迷惑をおかけした。お詫び申し上げる。さらには調伏されんところを救っていただき、重ねてお礼申し上げる。おかげでこの通り、正気に戻ることができ申した」

「次兄、よかった……」

「兄者、弟も、すまなかったな」

 次兄は心配そうに女子生徒を見た。

「その女子は大丈夫であろうか」

「うん。弟さんの薬がよく効いたみたい。怪我は治ってるよ。気絶してるだけじゃないかな」

「さようか……」

 次兄はほっとしたように頷いた。

「それでは、その女子が起きぬうちに我らは行こう」

「仙狐様、お世話になり申した」

「重ねてお礼申し上げます」

「我は食事をしたまでだ。礼には及ばぬ」

 かまいたち三兄弟は、ぺこりと頭を下げて去っていった。

「む……」

「どうしたの? セン」

 問いかけると、センはぱたりと尻尾をはためかせた。

「どうやら、我の二本目の尾が戻ったようじゃ」

「え! ほんと!?」

 見れば確かに、センの背にはふさふさとした二本の尻尾があった。

「わあ、セン、よかったねえ!」

 手を叩きはしゃぐゆかりに、センは不思議そうな顔をした。

「何ゆえ主がそれほど喜ぶ」

「だってセンの封印がだんだん解けているってことじゃない。センは嬉しくないの?」

「喜ばしくはあるな」

「センが嬉しいなら、私も嬉しいよ」

 そういって笑うゆかり。

「おかしな娘じゃ……」

 センははたり、と尾を振る。

「ふむ。いかほどに力が戻ったか、試してみるか」

 ぼむ、と煙が立ち込めると、それが晴れたときには、白髪の少年がそこにいた。

「わ、セン、ちょっとおっきくなってるね!」

 以前変化したときと比べ、身長がやや高くなっている。12歳程度といったところだろうか。まだまだ、子供らしさはいなめない。

「……二本の尾では、こんなものか。まだまだ、妖力は戻らぬな」

「でも可愛いよ」

「可愛いと言われても喜ばしくはない……」

「セン、なの……?」

 絵美が目を丸くして少年を見ている。

「そっか、絵美は見るの初めてだったよね。これがセンの、人間型の姿だよ」

「こんなことができるなんて、本当にセンは妖狐なのね。それにしても……びっくりするほど綺麗な男の子ね」

「でしょでしょ」

「そのようなことより、その娘が目を覚ましそうじゃぞ」

「えっ」

「う……ん」

 見れば、かまいたちに襲われた少女が、身じろぎをするところだった。

 横たわったまま目を開けると、自分がどこにいるのか分からないように、きょろきょろとあたりを見回す。

 そこで、何者かに襲われた記憶を取り戻したのだろう、ばっと起き上がった。

 そして、ゆかりや絵美に気付き、不思議そうな顔をする。

「あの……?」

「あ、目が覚めた? 大丈夫?」

「は、はい。……どこも、怪我はしていないようです。あの、あなた方は……?」

「えーっと、通りすがり! あなたが倒れてるところにたまたま通りかかって、目が覚めるまで様子を見てたんだ。一人でこんなところにおいておくのは、危ないからね」

「そうでしたか……。ありがとうございます。あの、私、誰かに追われていて……」

「通り魔が、出ているらしいわね。でも、大丈夫。その通り魔は捕まったから」

「つかまった……んですか?」

「ええ。私達が見ていたわ。だからもう被害がでることはない。大丈夫よ」

 そういうと、少女は安心したように涙をこぼした。

「よかった……。私、こわくて……」

 はらはらと涙がこぼれる。

「怖かったわね。もう、安心していいわ。お家はどこ? 一人で帰れる?」

「あ……はい。すぐそこなので、大丈夫です。帰れます」

 少女は涙をふいて、立ち上がる。その足取りはしっかりしていた。

 それを見て、ゆかりたちも安心する。

「そう。じゃあ……気をつけて帰ってね」

「はい。あの、色々と、ありがとうございました」

 少女は頭を下げて、自分の家へと帰っていった。

「……ふう。なんとかごまかせたかな」

「信じてくれてよかったけれどね。多分まだ混乱していたのでしょう」

「かまいたちのことは話さぬのか」

 センの言葉に、絵美は首を振った。

「普通の人にとって、妖怪など信じられるものではないわ。その目で見ていない限りはね。話しても、怪しまれるだけでしょう。内緒にしておいたほうがいいと思うわ」

「ふん、そんなものか」

「さて、それじゃあ、私達もそろそろ帰ろうか」

 ゆかりたちはそろって帰途についた。

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