助太刀

「たかが人間の坊主一人で僕に立ち向かおうなんて無茶だよね~」

「一人じゃないにゃん」

「!?」

 貴志は目を瞠った。

 ひらりと目の前に現れたのは、

「昨日の化け猫!」

「にゃはは、猫又って呼んでもらえると嬉しいにゃん」

 昨日センが喰った化け猫――もとい、猫又だった。

「昨日のお詫びに手助けするにゃん」

「なんだ~? 猫。お前ごときが何するって言うんだ~」

 逆さ柱は破片を猫又に投げつける。

 だが猫又は、

「にゃおん」

 ひらりひらりと、俊敏なフットワークで全てかわしてしまった。

「決まってるにゃん」

 そのまま、逆さ柱の正面に着地する。

「猫は柱で爪を研ぐものにゃん」

 そしてその鋭い爪で、

「ぎゃあああ!」

 勇ましく柱を引っかき始めた。

「あああ! やめろ! 猫~~!!」

「にゃんにゃん」

 すさまじい勢いで、柱が削られていく。

「まだまだにゃん」

「みい」「みゃあ」「みゃう」

 たちまち、座敷中に猫があふれだした。猫又が妖術で作り出した猫たちだ。

「いっけー! にゃん」

 数え切れないほどの猫が、逆さ柱に殺到した。

 柱が見えなくなるほど、猫に囲まれる。その全てが爪とぎを始めた。

「おのれ! おのれ~!」

 逆さ柱の声にも余裕がない。空中に浮いていた瓦礫も、全て地に落ちてしまった。

「そこまでにしてくれるか」

「にゃん?」

「セン!」

 センが、ゆっくりと立ち上がった。

「我が喰う分がなくなってしまう」

 ぼろぼろになりながらも、そう言って、不敵に笑う。

「了解にゃん」

 猫又が人払いならぬ猫払いをすると、半分ほどに削られた逆さ柱が現れた。

「よくもやってくれたな」

「ひ、ひいい~」

 慌てて逆さ柱は反撃しようと試みるが、もう遅い。

 がぶり、とセンが逆さ柱にかぶりつく。

 またたく間に、逆さ柱はセンに喰い尽された。

「ふう……」

 センが喰い終えると、逆さ柱はなんの変哲もないただの柱に戻っていた。

「セン! 大丈夫か!?」

 貴志が駆け寄るが、

「あ、あれ? 怪我……してないな?」

 傷だらけだったはずのセンの体は、綺麗さっぱり、通常通りに戻っていた。

「逆さ柱を喰ったからな。妖力が回復した分、傷も治る。問題ない」

「そっか……よかった。俺、今回も守ってもらって……。心配、した」

 泣きそうに顔をゆがめて話しかける貴志に、センは不思議そうにした。

「なぜそのような顔をする? 主は我のことを信用しておらぬはずだろう」

「ばかやろう! それとこれとは別だ! あんな傷だらけになって、心配しないわけあるか。妖狐だっていっても怪我は怪我だろう。……それに」

 貴志はそっと、センの肩に手をおく。

「あんなにかばってくれて……。それでも信用しないわけ、あるか」

「……ふん。偶然我に瓦礫が当たっただけのことだ」

「そんな偶然あるかよ。……俺も、ちょっとずつお前のこと分かってきたかも」

「友情のシーンだにゃん」

 割り込んできた声に、貴志は思い出したように振りかえる。

「猫又」

 そこには猫耳と二又の尻尾を生やした女性の姿があった。

「猫、先ほどは助かった。礼を言う」

 センが淡々と言う。

「ほんと、危ないところだった。助けてくれてありがと」

「お礼なんていいにゃん。正気に戻してくれたお返しにゃん」

「お礼に今度、鰹節でもお供えするよ」

「にゃはは、それは楽しみにゃん」

 猫又はそう言うと、くるりと身をひるがえし、消えていった。

「じゃーにゃ。今度は妙にゃ妖怪に引っかからないように気をつけるのにゃ」

 そんな言葉を、言い残し。

「妙な妖怪に……か。そんなつもりはないんだけど、次から次に引っかかるよなあ」

「我は食事ができて都合が良いがな」

「またまた、毎回ピンチになってるくせに」

「そんなことはない」

 貴志とセンは言い合いながら家へと帰った。


「ええ、そんなことがあったの? セン、大丈夫!?」

「問題ない。傷は治った」

「治っても、怪我しなかったことにはならないでしょう。痛かったでしょうに……。あんまり、無茶しないでね」

 ゆかりが言うと、センは不思議そうに首をかしげた。

「弟といい主といい、妙に我を心配するのだな」

「当たり前でしょう! もうセンはうちの子なんだから。怪我したら心配するよ」

「我は齢千年の仙狐ぞ」

「今はみかけは子供でしょ」

「封印のせいじゃ。仮の姿にすぎん」

「それでも心配なのは心配なの」

「……」

 センは無言で丸まった。

 子ども扱いされるのは不服ではあるし、心配されることに戸惑いを覚えてはいるが、悪くは思っていないようだ。

「貴志も、大変だったね」

「俺は、別に……。センにかばってもらったから」

「ね、センが心強いの、分かってくれたでしょう?」

「まあ、なあ……」

「それじゃ、私とセンが一緒に行動してもいい?」

 目をきらきらさせてゆかりが言うと、貴志はため息をついた。

「そういうと思ったよ。……ほんとは気が進まないけど、止められそうにねーな」

「やった。実はね、学校で部活を立ち上げたの」

「部活?」

「そう。民俗学研究部……っていうか、同好会だけど。それで、妖怪の噂を集められないかなって」

「そんなことはじめたのかよ」

「まだ作ったばかりだから何の情報も入ってきてないけど、何か噂が集まったら、センと一緒に調べに行きたいのよね。だからお願い、センを連れて行かせて!」

 この通り、とゆかりは頭を下げる。

 貴志は頭をかいた。

「しょうがねーなあ……。言い出したらきかねえだろうし、いいよ。わかった。センをつれてけ」

「ありがとう!」

「その代わり、くれぐれも無茶するなよ。危なそうな妖怪だったら、深入りするなよな」

「わかってるって」

「ほんとにわかってんのかよ……」

 言い合う二人を、センは無言で眺めていた。

 物好きな人間たちだ、とその視線が語っていた。


***


「さて、昨日から同好会を立ち上げたわけだけど……」

 ゆかりは頬杖をついた。

「さっぱり、人が来ないねえ……」

 与えられた空き教室で、絵美と二人、暇を持て余していた。

「まあ、昨日に今日ですものね。そうそう珍しい噂も入ってこないでしょう」

「うーん、これは待ってるだけじゃなくて、こっちから探しに行ったほうがいいかなあ」

「探しにいくって、どこへ?」

「いや、まあ、あてはないんだけど」

「ほんとに行き当たりばったりねえ……」

 ゆかりの無鉄砲さに、絵美は嘆息する。

 結局その日は、二人で雑談して終わった。

 下校時刻になって、がらりと教室の扉が開いた。

「なんだ、お前たち、まだ残っていたのか」

「先生」

 同好会の顧問になってくれた平坂先生だった。

「熱心なのはいいが、暗くなる前に帰りなさい。物騒な噂も入ってきているしな」

「物騒な噂?」

 問いかけると、先生は考えるように話し始めた。

「いや、詳しいことは分かってないんだがな。通り魔が出るかもしれんのだ」

「通り魔!?」

 ゆかりと絵美が驚きの声を上げる。

「いや、通り魔と断定されたわけじゃないのだが……。生徒の中に、スカートや制服を切り裂かれたものがいてな」

「それって……大変なことじゃないですか!」

「うむ。今も残っている生徒には早く帰るように、先生方で言って回っているところだ。帰るときは、なるべく集団で帰るように、ともな。だから、お前たちも早く帰りなさい。できれば、二人一緒にな」

「先生……、その、被害にあった生徒達に話は聞けますか?」

「なんだ、野次馬根性か? 駄目だぞ。個人情報だ。話すわけにはいかん。――何が聞きたいんだ?」

「いえ、その。被害にあったときの状況とか……。防衛するときの、参考になればと思って」

「ああ、そういうことか。だが、あまり参考になることはないと思うぞ。皆、被害にあったときのことはよく覚えてないらしいのだ」

「覚えてない?」

「なんでも、あたりには誰もいなかったとか……、気がついたら制服の一部がさけていた、とか。だれも犯人は目撃しておらんのだ」

「不思議な話ですね……」

「けが人が出ていないのはもっけの幸いだがな。早く犯人がつかまってほしいものだよ」

 そこで、黙って話を聞いていた絵美が、口をはさんだ。

「風……」

「? 絵美、何か言った?」

「その生徒達、風が吹いた、というようなことは言っていませんでしたか?」

「風? ああ、ああ。そういえば」

 思い出すように、先生が言う。

「なんでも突風が吹いた、とか言っていた生徒がいたな」

「突風……」

 考え込むように、絵美が顔に手をあてる。

「絵美、どうしたの?」

「いえ、なんでもないわ。――ゆかり、そういうことなら、早く帰りましょう。物騒だもの」

「ああ、そうしろ。教室の鍵は、俺が返しておくから」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

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