逆さ柱

「おはよー」

「おはよう、ゆかり」

 次の日、登校するとゆかりは絵美に話しかけた。

「ねえねえ、絵美。絵美って、部活入ってなかったよね?」

「ええ、入っていないけれど……?」

「よかった。じゃあさ、私が作る新しい部活に、入ってくれないかな?」

「新しい部活? 急にどうしたの?」

「いや、実はセンのことでさ……」

 絵美は妖怪の話になると察し、教室の端に寄った。小声で話を続ける。

「センが、なあに?」

「うん。実は最近、センと別行動してるんだ。貴志が心配しちゃって……。俺がセンと一緒に妖怪退治するから姉ちゃんは引っ込んでろよ、みたいな。何にも手が出せなくてさ……。それで私、センのためになにもできてないんだよね」

「それがどうかしたの?」

「だからさ。別行動でもなにかできることはないかなって思って」

「それが……新しい部活を作ること?」

「うん、そう。その名も、怪異収集部」

「ああ、なるほど……」

「あ、わかった? 要するにね、センのエサになりそうな、妖怪の噂を集められないかなーって思って。それだったら別行動でもできるし。学校でもできるし。情報だけ集めておけば、いざ退治ってなっても話は早いじゃない?」

 絵美は額に手をあてた。

「やりたいことはわかったけれど……。そんな怪しい部、学校が認めてくれないと思うわよ」

「あ、怪しいかな?」

「これ以上なく」

「……そっか。うーん……、じゃあどうしようかなあ」

「せめて名前を変えましょう。そうね……民俗学研究部、というのはどうかしら?」

「民俗学?」

「地域に根ざした民間信仰とか、不思議な噂とか、そういうのを研究する名目で、妖怪に関係しそうな話を集めるの。要は文化人類学の一環にしちゃうのよ。妖怪退治もフィールドワークってことで。それなら、要望も通りやすいと思うわ。もちろん、妖怪の話は伏せておくけれど」

「絵美……、さすが!」

「うまくいくかはわからないわよ。部員も二人じゃ部活申請は通らないだろうし……。同好会がいいところね。それでもいいなら、協力してあげる」

「ありがとう! じゃあ早速申請して、活動始めよう!」

「ええ? もう始めるの?」

「うん、今日から。妖怪の噂、集めるよ!」


***


「昨日に引き続いて来てみたけど……。相変わらず、すっげえぼろぼろなところだな」

「ふむ……妖気も相変わらずか。やはりここには何かおるな」

 放課後、貴志とセンは化け猫とであった廃墟に来ていた。

「入りたくねえけど……、入るしかねえよな」

「主は外におってもよいぞ。我が見てくる」

「そういうわけにもいかねーだろ。一緒にいくよ」

 雑草をかきわけ、廃屋の中へと入る。

 昼でもなお、薄暗い。

 ピシッと、家鳴りのような音がした。

「何も……いねーな」

「今のところはな」

「とりあえず、ぐるっと回ってみるか」

 玄関を入り、台所を抜け、居間に入る。

 傾いた柱。荒れ放題の室内。動くものはなにもない。

 ぎしっと、柱がきしむ。

「おいおい、ほんとに大丈夫かよ、この中にいて……。崩れてきたりするんじゃねーの?」

「そのときはそのときじゃ」

「おい、そんな暢気な……」

「我がおれば対処は可能じゃ」

「そういわれても不安なものは不安だよ……」

 ぱきっと、どこかでなにかの音がした。

「……しっかし、妙に家鳴りが多いな。古い家だからか?」

「……家鳴り?」

 センがふと眉をしかめた。

 足をとめ、じっとどこかをうかがう。

「……セン? どうした?」

 みし、と音がする。

 同時に、がらがらと瓦礫が振ってきた。

「やはりか!」

「セン!?」

「何もおらぬのではない。妖怪は、すでに姿を現しておったのじゃ。――逆さ柱か!」

 センが言うと同時、傾いていた家の柱に、逆さまの人の顔が浮かび上がった。

 にいっとそれが笑う。

「うわっ!」

 突如、木片や瓦が落ちてきて、貴志を襲った。

 センが人型に変化して、貴志をかばう。覆いかぶさったセンの背に、瓦礫が直撃した。

「セン!」

「ぐっ……! この程度、大過ないわ」

 ぶるぶるとふるい落とし、逆さ柱に突撃する。

 しかし、

「くっ!」

 またしても家の破片が飛来し、センを襲う。

 屋根が、ふすまが、障子が、敷居が、いまや廃墟の全てがセンの敵であった。

「セン、この家の中じゃ分が悪過ぎる! 外に出よう!」

「じゃが、本体はあの柱じゃ。ここにおらねばどうにもならぬ」

「だけど……」

 また、がらりと瓦礫が崩れ、勢いよく飛び交う。

 音を立てて飛来した破片が貴志に直撃しようとした刹那、

「!」

 破片との間に、センが割って入った。

「セン!」

 そのまま貴志に覆いかぶさる。

 あたりには木っ端や瓦が飛び回り、次から次へと襲い掛かる。

「セン、もういいから、俺をかばうな!」

「……ふん、我がおれば対処できると言うたじゃろう」

「でも、センが!」

 幾度となく破片に打たれ、センの身体は傷だらけになっていた。

「この程度、気にするほどではない」

「あっれー、まだ立ってられるんだ。人間にしては丈夫だなあ」

 逆さ柱から、からかうようなそんな声がした。

 にやにやと逆さの顔が歪んでいる。

「誰が人間じゃ。我は誇り高き仙狐ぞ」

 センは眼光鋭くにらみつける。

「あっ、あ~。なんだ。あんた妖狐だったんだあ。気配が薄いから気がつかなかったなあ」

「小僧が……」

「ここ、僕のテリトリーなんだよねえ。邪魔だから出て行ってくれる?」

「……断る。主は、我が喰うのじゃ」

 そういうと、逆さ柱は表情を消して、真顔になった。

「……あっそ。じゃ、死んで?」

 パキパキ、バキバキと、木片や石塊、瓦などが廃屋から離れ、無数に空中に浮遊する。

 数多あるそれらがいっせいに空をきり、貴志にかぶさるセンの背中へと突き刺さった。

「ぐああっ!」

「セン!」

 センはがくりと膝をつくと、地面へと崩れ落ちた。

「あっはっは~!死んじゃったー」

 逆さ柱は高らかに笑い声を上げる。

「セン、嘘だろ、しっかりしてくれよ」

 貴志はセンをゆする。センは目を閉じたまま身動きしない。

 背中の傷が痛々しい。

「俺をかばったから……」

 貴志の目に涙が浮かぶ。

 きっ、と。逆さ柱をにらみつけた。

「てめえ、よくもセンを!」

「んん~? 人間の坊主がなんの用かな? まさか僕にたてつくつもりじゃないよね~」

 がらがらと瓦礫が浮遊する。

「お前も攻撃をくらいたいのか? 痛いぞ~」

「う……」

 辺りに漂う破片に、貴志は後ずさる。

 反撃の手段はない。防御の手段もない。

(くそ、俺にはなにもできないのかよ!)

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