第11話 鬼ごっこ

「おにいさま。いま、おひま、ですか?」


 自室で自習していると扉の方からそんな声が聞こえ、視線をやる。

 するとそこには扉を少しだけ開け、覗き込むように両手で扉を持ちながらこちらの様子を見ているシャルロッテが居た。


 だが目が合ったと同時に、扉に隠れるように顔を引っ込めてしまった。

 しかし数秒したらゆっくりとこちらの様子を窺うように顔をのぞかせた。

 きっと恥ずかしいんだろう。


 俺はそう思い、笑みがこぼれる。


「どうしたんだい?」


 俺がそう言ったと同時に、シャルロッテはまた扉に隠れるように顔を引っ込めてしまう。

 俺は特に急かすような事はせず、ただ何も言わず笑顔で扉の方を見つめた。


 扉の前にはナタリーが居たはずだから、中々顔を出してくれなくても心配する必要はないからな。

 それにこういう恥ずかしがり屋の子に対しては、急かすような事をすると余計に距離をとられかねないからな。


 なるべく相手のタイミングに合わせてあげなければ。

 俺がそんな事を考えていると、シャルロッテがゆっくりと顔を扉からのぞかせた。

 だが先程とは違い顔の半分、目の下までだ。


「おにいさま、いま、おひまじゃないですか?」


 先程と同じ言葉なのに、今度は先程とは違い悲しそうにシャルロッテはそう言った。

 と言うか、よく見たら今にも泣きそうじゃないか!!


 これは今日は無理そうだな。

 俺はそう思い、机の上に筆をおく。


「いや、暇だよ」

「ほんとぅ、ですか?」


 シャルロッテはそう言いながら、まるで期待しているかのようにゆっくりと先程よりも顔をのぞかせる。


「本当だよ」

「……なら、あそんでくれますか?」


 あぁ、そう言えば最初に会った時に今度遊ぶって約束してたな。

 忘れてた……という訳じゃないが、色々やりたいことがあってつい後回しにしてたんだよな。


「勿論良いよ」

「ほんとうですか?」

「うん、本当だよ」


 俺がそう言った瞬間、シャルロッテは満面の笑みを浮かべながら部屋の中に入ってきた。

 遊ぶって言っただけでそんなに嬉しそうにしてくれるなんて……


 いや、王族だからこそ色々なしがらみがあり、普通に遊ぶことも出来ていないのかもしれない。

 ここは兄として、今日一日シャルロッテが満足するまで付き合うのも悪くないかもな。


「なら、なら、なにしてあそんでくれますか?」


 あ、遊ぶ内容は俺が考えるのね。

 まぁ、子供らしいと言えばらしいな。


「そうだな~~……鬼ごっこ、は流石にまずいかな?」

「なんですか? その、おにごっこって!?」


 シャルロッテは、目をキラキラさせながらそう聞いてきた。

 これは、やってしまったな。

 こうなったら説明するまで何を言ってもダメだろうな。


 とは言え、流石に城内で鬼ごっこするのは無理だろう。

 だがだからと言って嘘を教えるのは気が引ける……

 迂闊に口走ってしまった俺のミスだな。


 俺はそう思い、諦めて鬼ごっこについて軽く説明した。


「……って感じの遊びなんだ」


 俺がそう言って説明を終えると、シャルロッテは先程以上に目をキラキラさせていた。

 あ、これは絶対に鬼ごっこをやってみたい奴だ。


 ダメだというのは簡単だが、俺が原因なんだから悲しませるのは可哀そうだよな。

 しかし城内で鬼ごっこは絶対に良くない。

 色々な意味で危険だし、何があるかわからないからな。


 …………中庭。

 中庭なら大丈夫なんじゃないか?

 俺とシャルロッテ以外に何人か人を集めれば、出来なくはないんじゃないだろうか?


 絶対に何も起こらず安全だと断言は流石に出来ないが、城内でやるよりは中庭限定ならばいくらかましだろう。

 それにシャルロッテも相当窮屈な思いをしているみたいだからな。


 遊べると言っただけであんなに喜んでくれたんだ、それを無下には出来ない。

 とは言え流石に俺一人の判断で大丈夫だと決めるのはダメだ。

 最低でももう一人、誰かに相談して決めるべきだろうな。

 

 と言って今の俺に頼れる人なんて一人しか居ないがな……

 俺はそう思いながら、扉の方に視線をやる。


「ナタリー、少し来てくれる?」

「何でしょうか、レオモンド様?」


 俺がそう言うと同時に、まるで待って居たかのようにすぐさま姿を見せ、頭を下げながらナタリーはそう言った。

 いやまるでではなく、恐らく待って居たんだろう。


 何かあればすぐに応えられるように、中の会話は聞かないまでも、自分が呼ばれたらすぐさま対応できるようにしていたんだろう。


「少し相談したいことがあるんだけど、構わない?」

「勿論構いません」

「ありがとう、実は……」


 俺はまずナタリーに鬼ごっこについて軽く説明した後、中庭でそれをシャルロッテとやろうと考えている旨を伝えた。


「……どうだろう? 問題ないかな?」

「問題はないと思われますが……」


 ナタリーはそう言って、言葉を濁す。

 とは言えナタリーが言いたいことは理解できる。

 恐らく鬼ごっこを中庭ですること自体は問題ないが、鬼ごっこにより無防備になるのが危険だと言いたいのだろう。


 確かにそれは俺も懸念していたことだ。

 流石に王城の中で堂々となんてことはないと思いたいが、それは楽観的過ぎるだろう。


「それじゃぁさ、僕とシャルロッテ以外に、ナタリーとナタリーが信頼できる人数人を加えてやるならどう?」

「それなら、まだ……」


 ナタリーはそう言いながらも、かなり不満そうだ。

 まぁもちろん、それが俺やシャルロッテを思っての事はわかっている。

 だが息抜きというのは適度に必要な物だ。

 それが幼い少女であるなら尚更だ。


「なたりーは、シャルとあそぶの、いやですか?」


 シャルロッテは悲しそうにそう言いながら、ほんの少し涙を浮かべてナタリーにそうたずねた。

 落ちたな。

 俺はそれを見て瞬時にそう思ってしまった。


「決してそんな事はありませんよ」

「なら、シャルといっしょにおにごっこしてくれますか?」

「……わかりました。ですが少々お時間を頂いてもよろしいですか? 流石に一声で人を集めるなんてことは出来ませんので」

「それぐらいなら構わないよね? シャルロッテ?」

「はい!」


 シャルロッテは元気よくそう答えた。

 よほど遊びたいんだな。

 にしてもシャルロッテは人見知りだと思ってたんだが、実はそうでもないのかな?


 人見知りなら誰が来るかもわからない今の提案を拒否していた可能性が高いからな。

 あるいはそれよりも遊びたいが勝った可能性は十分にあるが……まぁ~どちらにしても、シャルロッテが喜んでくれるならいいけど。



 

「お待たせいたしました。準備が整いましたので、参りましょう」


 シャルロッテと共に部屋で待つ事数十分。

 戻ってきたナタリーは息を切らしておらず、いつも通りの様子でそう言った。


「早かったね。もう少しかかるんじゃないかと思ってたよ」

「レオモンド様とシャルロッテ様をあまりお待たせする訳にはいけませんので」

「そんな事俺もシャルロッテも気にしないのに、なぁ?」

「はい! それに、おにいさまとおはなししているのは、たのしかったです」


 俺の言葉に、シャルロッテは元気よく笑顔でそう答えた。

 流石に待っている間シャルロッテと二人なのに何も話さないのはアレなので、元の世界の昔話を少し話していた。


 シャルロッテはそう言った話が好きなようで、かなり興味津々な様子で聞いてくれていた。

 特には気に入ったようで、何回か同じ内容を話した。


 とは言え、そんな事をこの場を離れていたナタリーが知っているはずもなく、シャルロッテの言葉に申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「申し訳ありません、気が回らず……」

「そんな事気にしなくて大丈夫、それよりも早く鬼ごっこをしたいよな? シャルロッテ?」

「はい! おにいさまのおはなしもたのしいですが、それよりもいまはおにごっこというあそびをやってみたいです!」

「……かしこまりました、ではすぐさま中庭へ向かいましょう」

「わかりました!」


 ハッとした表情を浮かべたナタリーの言葉に、シャルロッテは元気よくそう答える。

 そして中庭に向かう為に扉の方に向かって歩を進めた。


 俺もそれに続くように扉の方に歩を進める。


「申し訳ございません、レオモンド様」


 部屋を出るために扉の前まで行ったところで、ナタリーが小声で俺にだけ聞こえるようにそう言ってきた。

 チラッとナタリーの方に視線をやれば、軽く頭を下げていた。


 恐らくだが、俺が気を遣ったことに対しての謝罪なのだろう。

 そんな事気にしなくていいのに、と言って片づけたいが、ナタリーは絶対に譲らないだろう。


 ならここは早くシャルロッテの要望を叶える為にも、俺が折れた方が早い。


「気にしなくていいよ。けどそれじゃ気が済まないって言うなら、鬼ごっこで色々と頑張ってほしいかな」

「かしこまりました」


 ナタリーは俺の言った言葉の意味と意図を瞬時に理解してくれたようで、笑顔でそう言いながら頭を再度下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る