2-14

ギリギリという歯の軋む音が聞こえてきた。顔を伏せているのは、服従の芝居をしているのではなく、怒りに燃える表情を悟られない為ではあるまいか。


 でも確かに。相手がNPCの魔王ならともかく、ゴミのように扱ってきた外注業者に向かって土下座をしているのだ。しかも、エロいことをしてくれと懇願している。その屈辱たるや、想像するだけで恐ろしい。それはもう、現実に戻ったらすぐに行方をくらまし、その筋の人に頼んで、新しい戸籍を買って他人になりすまして暮らしたいほどに。


 で、でも、俺が悪いんじゃないんだからね! 魔王らしく振る舞わないと命が危ないって、哀川さん自身が言っていたことだし! ここは、その、やるしか……い、い

や、やるといっても、そういう意味じゃないよ?


「あれれぇ? ヘル様どうなさったんです? ほっぺたが真っ赤ですよぉ?」


 うそっ! マジでっ!?


 弾かれるように壁の鏡を見る。うわ、マジだ。本当に黒い兜の頬の部分が赤く変色している。色々感情表現に富みすぎだろ、この鎧。


「さ、さあ、ベッドに……上がるのだ」


 哀川さんの肩がびくっと跳ねる。そして何気ない素振りで立ち上がると、ベッドへ向かった。キングサイズよりさらに大きいのではと思える巨大なベッド。その上に、奴隷の衣装を着た哀川さんが座った。この俺に、その身を差し出すために。


 俺もベッドに上がると、哀川さんと向き合う。で……これからどうしよう?

 

そんな俺に、哀川さんが焦れたように耳元で囁く。


「い、いいから……さっさとしなさいよ。胸でもお尻でも、好きなところ揉んだらいいじゃない」


「いいんですか!?」


「いいわけないでしょ! でも、フォルネウスを騙すには仕方がないじゃない。あなたみたいな底辺のゴミ屑同然のガキに何をされても、ものの数に入らないから安心しなさい。それより、全員の命を救う方が大事でしょ」


 憎まれ口を叩いているが、哀川さんも必死なんだ。震える体を見れば、それがやせ我慢なのが良く分かる。その気持ちには、応えなければならない。


 俺も覚悟を決めるんだ。


 改めて哀川さんの姿を見つめる。体を縛るように装着された拘束具と首輪が、哀川さんがここでは紛れもない奴隷なんだということを一層強く印象づけている。現実世界では絶対的な強者であった哀川さんが、ここでは俺の所有物なのだ。それは背徳的で淫靡な眺めだった。


 拘束具に絞られるようにして飛び出している胸は、その大きさをさらに強調している。


 よし、勇気を振り絞って! ここは! さ、さわってやるぞ!


 そうとも。ここは現実じゃないんだ。こんな機会滅多にないぞ。現実に帰って、いざという時のために、練習しておかないと!


 俺は恐らく今までの人生の中で、最大の勇気を出して、年上であり、上司でもある人の、いやらしい胸に手を伸ばした。


「あっ……ん」


 ぎゅっと目をつぶった哀川さんの口から、吐息が漏れた。


 やっ、やわらけえ! 生まれて初めて、この手で本物のおっぱいを揉んじゃったよ!


 いや、厳密に言えば本物じゃないんだけど!


 ふわっとして柔らかいが、押し返してくる手応えと重さ、均一ではないその触り心地は、マイ朝霧VRデータで味わっていたおっぱいとは別次元の気持ちよさだった。あれもリアルだと思っていたけど、比較にならない。まるで格が違う。


 これに比べたら、俺が使っているグローブ型VRコントローラーなんて子供だましだ。


 何という感動的な出来事。これはもはや事件ですよ。今日は乳の日として、我が帝国の祝日となり永遠に語り継がれるであろう。いやマジで。胸を押し付けられただけなら、さっきフォルネウスとサタナキアにされたけど、自ら能動的にこの手でおっぱいを揉んだ、という点が重要。いや、まさか哀川さんのおっぱいを揉む日が来るとは、夢にも思わなかった。


「ふっ……あ、あんっ、いやぁ、揉みすぎ……よぉ」


 いつもの恐ろしい声ではなく、甘く可愛らしい声に変わっている。本当に女って魔物だと思う。幾つもの顔を持っている。俺を叱責して、虫扱いした人と同一人物とは全然思えない。


 俺はノーブラの胸を服の上から揉み続けた。気のせいか、うす布を通して一部の感触が固くなって来た気がする。直接見たい、直接触れたい。そんな欲望が抑えられなくなった。俺は申しわけ程度に隠された胸の布を剥がそうと、布と胸の隙間に指先をもぐり込ませる。


「い、いや……お願い」


 哀川さんは涙目で、首をふるふると振った。嫌でも罪悪感が湧き上がる。しかし、ここで止めるのは哀川さんの本意でもないだろう。


 俺はちらりとフォルネウスの様子を窺った。


 ――ん?


 フォルネウスはソファに横になったまま、こちらを見ている。だがその表情は微塵も笑っていない。獲物を狙うような瞳で、じっと俺のことを見ていた。

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