2-12

考え込んだ俺の意識を中断させるかのように、哀川さんが訊いてきた。


「ねえ、さっきから思ってたんだけど。その鎧って脱げないの?」


 ……忘れていた。


 そうだった。俺はこの鎧の下に、堂巡駆流が存在しているのかどうかが気になっていたのだ。もし人間としての俺が隠されているのであれば、クラスメートのいる場所へ、偵察をしに行ける。


 俺はシステムメニューを表示すると、現在の自分の状態を確認する。確かに魔王の鎧が装備されている。これなら外せるかも知れない。俺は兜から脚部装備まで全て選択すると、装備リストへしまうコマンドを選んだ。


 次の瞬間、俺の姿は人間に戻った。


「おおっ! 俺だ! 俺がいる!」


 思わず喜びの声を上げた。


「へ……へ」


 しかし哀川さんは口を開けて、大いに狼狽えている。ぶるぶる震える指先を、俺の股間に向けた。その先を追って、俺は視線を下に向ける。


 フルチンだった。


「変態だ――――っ!!」


 哀川さんの絶叫が轟いた。俺は慌てて股間を隠す。今さら遅いのは分かっているが、さらし続けるのはもっとイヤだ。


「変態じゃねえ! っていうか、見るな! そっちこそ変態じゃねえか!」


「なによ! そんな汚いもの見せられた私が被害者よ! 痴漢!」


「じゃあ、さっきぶつかったときに哀川さんが見せてたのも同じじゃん!」


「私のあそこが汚いとでも言うの!?」


「すみません! キレイでした! 見られて光栄です!」


「へんたいだ――――――――――――――っ!!」


 その時、扉を叩く音が部屋の中に響いた。


「ヘル様ぁ!」


 切迫したフォルネウスの声だ。


 俺は哀川さんと顔を見合わせた。


 や、やべえ! どうしよう!?


「どうかしたんですかぁ? ヘル様ぁ。やけに賑やかですけどぉ」


「あ、え、ええと……ごめん。今ちょっと取り込み中なん――てっ!」


 いきなり哀川さんにすねを蹴られた。鎧がないと普通に痛い。涙目の俺に向かって、哀川さんは声をひそめて怒りをぶつけた。


「あなたは今、魔王ヘルシャフトなのよ! いつものバカみたいなテンションでやりなさいよ! バカなの? 死ぬの?」


 バカみたいなのがいいなら、バカだと罵るなよと言いたい。俺は哀川さんの耳元でささやいた。


「むしろ会ったらボロが出ませんか? 会わない方が良くないですかね?」


「断るにしても言い方ってもんがあるでしょうがっ。あれじゃ完全に疑われるじゃない。いい? あなたが人間だとバレたら、いえ彼らが知っているヘルシャフトじゃないと判断されたら、あなた部下に殺されるのよ?」


 確かに、さっきはアドラに殺されそうになったけど……。


「彼らはヘルシャフトに忠誠を誓っている。でもあなたが魔王に相応しくないと思ったら、忠誠心のステイタスが下がる。そうしたら、もう誰もあなたの命令は聞かないし、それどころか殺そうとするわよ」


 あの《LOYALTY》ってゲージか。あれが下がると、俺に対する忠誠心がなくなって、反乱を企てるってことだよな? くそっ、色々面倒なシステムだな。


「いや! でも、あのテンションをずっと維持しろってのは。体力的にも精神的にも来るんだって。やった後、たまに落ち込むことがあるんだぞ! 実は!」


「でも彼らを仲間にして利用しないと、あなたのクラスメートたちを救うことは出来ないわよ? それにあなた自身も、魔物と人間の両方から襲われることになるわ」


 畜生。そんなの無理ゲー過ぎるぜ。


「ヘル様ぁ? 入りますよぉ?」


 ヤバっ! ど、どうしよう!?


「いいから、早く鎧を着なさい! この状態じゃ、何の言い訳も出来ないわ!」


 そうだった! 俺は指をL字にして手首をひねる。メニュー画面が開くのももどかしく、装備リストを開く。


 次の瞬間、扉を開けたフォルネウスが部屋に飛び込んできた。


「ヘールさー……」


 遅かった。


 フォルネウスがぴたりと動きを止め、硬直した。


 その可愛らしい瞳に映る俺の姿は――貧弱な人間の裸に、ヘルシャフトの兜を載せた姿だった。


 くそっ! どうする? って、どうするも何も、今さら何も言い訳出来ねえ! もう、このまま押し通すしかない!


「どうした、フォルネウス! 俺の悦楽の時間を邪魔するとは、何事だ!」


 フォルネウスの絶叫が響いた。


「へんたいだ――――――――――――――――――――――っ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る