2-11


「ちょっと待て! どうするんだそんなの!?」


「その悲劇を防ぐ方法があるわ」


 俺はじっと哀川あいかわさんの瞳を見つめた。


「それは一人のゲームクリアも許さないこと。ヘルズゲートを守るラスボスであるあなたが、挑んでくるプレイヤー全員を殺すの!」


 ――殺す。


 手の平に、朝霧あさぎりを殺したときの感触が蘇ってくる。


「で、でも……殺しても……生き返るんですよね?」


「ええ、当たり前でしょう? 死んだら終わりなんてRPG見たことないわ」


 まあ、そう言われれば確かにそうだ。ほっと胸をなで下ろした。朝霧は、どこかで蘇っているんだ。


「でも、クリアされるとゲームは終了。その瞬間に、そのプレイヤーは死ぬ。それはゲームの中の死じゃないわ。本物の死よ」


 俺はごくりとつばを飲み込んだ。だけど、この世界の中でなら、何度死んでも生き返るっていうのはいい知らせだ。こんなことなら、さっき俺もあんなにビビるんじゃなかったぜ。まったく人騒がせだよな。


「ああ、でもこのゲームで生き返ることが出来ない人が二人だけいるわ」


「え?」


「私とあなたよ。堂巡どうめぐりくん。敵キャラは倒されたらそれまで。私たちはゲーム内での死が、リアルの死と直結しているわ」


「な!?」


 なん……だって?


「だからこれは絶対に負けられない戦いよ。ヘルシャフトが倒されれば、堂巡くんは死ぬし、あなたのクラスメートたちも、みんなゲートを通過して……死ぬわ」


 何だよそれ。


 俺に、クラスの全員の命がかかってる?


 おいおい、そんな重いもの渡されても、背負えるわけねえだろうが。


「ちょ、ちょっと待って。戦う方向じゃなくて。何とか戦いを避けつつ、解決する方法はないんですか?」


「無理じゃないかしら? 開始時のデモムービーで、魔王を倒してヘルズゲートを通過するのがクリア条件っていう説明もあるし。あなただって、何の説明もないのにゲームをクリアしたら元の世界に帰れるって、頭から思い込んでいたでしょ?」


 ぐっ、そ、それはそうだが……くそっ! 余計なデモシーンを入れやがって! それじゃあ、もうどうしようも――ん?


「ふっ……」


 俺は口元を歪めた。といっても、兜を被っているので何も見えない。そういう気分、という話だ。


「ふっ、はははははは何だ、ばかばかしい。もっと簡単な方法があるじゃないか!」


 俺は立ち上がり、哀川さんをはるか上から見おろした。哀川さんは怪訝な顔で俺を見上げている。


「正体を知らせれば良いんだよ! 俺でも、哀川さんでもいい。あいつらに真実を教えてやれば、それで解決じゃないか!」


 得意満面だが兜で表情の分からない俺を、哀川さんはじっとりした目で見つめた。


「それはお勧めしないわ」


「えっ、何で?」


 おかしいな。完璧な提案のはずだけど?


「『魔王の正体』を見抜くことで魔王を倒す事が出来る、というアイテムがあるわ。魔王が『堂巡駆流かける』と分かればそのアイテムを使って魔王を倒せる。つまり堂巡くんが死んで、全員ゲームをクリアしてしまう、ということよ」


「な……!?」


 ちょっと、今さらりと凄くズルいルールが明らかになりませんでしたか?


「全員が堂巡くんの言うことを完全に信用するなら成功するかも知れない。でも、一人でも疑念を抱けば……これがヘルシャフトの策略なのでは? 堂巡駆流が嘘を吐いてみんなを陥れようとしているんじゃないか? 何か自分の欲望を満たそうとしているのではないか? そんな風に疑われたら……その時はあなたの命はないでしょうね」


 俺は言葉を失った。


 間違いなく、俺の中で一番ハードルの高い条件だった。


「ああ、でもごめんなさい。私は堂巡くんの学園生活なんて知らないし、興味もないから、個人的な印象で語っていたかも知れないわ。あなたがクラスでとても人望が厚くて、信頼があって、愛されているのであれば、或いは――」


「すみません。無理です」


 俺は体を九十度折って、頭を下げた。みなまで言うな。俺には人望も信頼もない。交流や会話すらまともになかったんだ。あいつらが俺の言うことを信用するとは思えない。


「それと、私の口から説明するというのも無理ね。私は自分じゃこの城から出られないし、出られたとしても、モンスターと同等のステイタスだから、何を言っても信用してくれないでしょうね」


 そうか。それに、哀川さんも一度死んだら蘇らないんだった。おいそれと、あいつらの前に出られないのも分かる。哀川さんのHPや防御力は、びっくりするぐらい低い。とてもではないが、フィールドを一人で歩ける強さはないし、怖がったクラスメートが一撃でも与えたら、死んでしまいそうだ。


「魔王の正体を見抜けばクリアって条件は……あいつらは知ってるのかな?」


「多分ね。そのアイテムが手に入るサブクエストもあるし」


 直接戦って殺されるよりも、そっちの方が深刻だ。正体を見抜かれた時点で、奴らは迷わず俺を殺すだろう。


 同じクラスの仲間だし、そんなことないよ。話せば分かってくれるよ。などと、頭がお花畑な事を言うほど、俺は純真ではない。


 こんな追い詰められた状況で、冷静に理路整然としたものの見方など出来るはずがない。さっきの戦場での、朝霧の必死な様子を見れば、嫌でも分かる。帰れるかも知れない、という可能性があったら藁にでもすがる。人は信じたいものを信じるものだ。


 正直、他人の面倒は見られない。誰だって、自分を助けるのは自分だ。俺は俺の身を守るので精一杯。そもそも、俺みたいなぼっちが他人を助けるなんて、あいつらだって期待していないだろう。クラスの連中だって、俺を助けようだなんて思わないはずだ。誰だって自分が助かるために必死なんだ。


 だから俺も自分の身の安全を考えなければ。


 絶対に負けることなく、クラスの連中を全員返り討ちにする。


 そして正体がバレないようにすること。


 だが、クラスの中で行方の分からない人間が俺だけなら、その時点で魔王が俺だと疑う奴がいるかもしれない。すぐに何か手を打たないと。


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