2-8

 そしてその十数分後、俺は哀川あいかわさんに案内されて、無事自分の部屋にやって来た。素晴らしきは我が家。初めて入るけど。


 その部屋はいかにも魔王らしい不気味なイメージだった。まるでデザインド・バイ・HRギーガー。壁も、天井も、テーブルやソファまでがトータルコーディネート。生物的であり、どこかメカニカルで、まるで宇宙生物の体内にでも入ったような気分だ。それでも不思議と、気持ち悪さよりも格好良さの方が勝る。落とし気味の照明が美しいせいもあり、荘厳な教会のような雰囲気すらあった。


 まあそれよりも、身長二メートル三十センチのこの巨体でも無理なく、くつろぐことが出来る広さが何よりありがたい。自宅だったら、背伸びしたら頭が天井につっかえてしまうよな、絶対。


 そんな部屋で、哀川さんは怪物の骨格をフレームに使ったソファに座り、鬼のような顔で俺を睨み付けていた。ちなみに俺は床で正座。


 あれれ? おかしいよー? 俺はこの世界で一番強くて、一番偉い人じゃなかったのかなー? 何で奴隷に正座させられてるんだろう?


「何で哀川さんが……奴隷に? しかもそんな格好で」


「うるさいわね! 私だって好きでこんなことしてるわけじゃないわよ!」


「ですよね! すみません!」


 思わず縮こまってしまう。デカい体を何とか小さくしようと肩をすぼめる。


 初対面からこの哀川愁子しゅうこのことは苦手だったのだ。押しが強くて怖い。よく怒る。そして妙に細かいところに気が付くので、提出したデータのミスを何度も指摘される。


 それも普通に伝えればいいのに、言い方がキツイ。まずこちらの心を折りにくる。サンドバッグ状態で精神をいたぶって、抵抗できなくなってきたところへ要求を押し付けるのだ。


 やはり俺に会社勤めは無理だ。自宅で仕事が出来て、誰とも接触せずに済む仕事を探そう。最有力候補は特許を取得して特許料で食っていくか、大ヒットライトノベルでも書いて、あとはそのスピンオフ作品を誰かに作らせることで、印税を稼ぐという方法だな。


 哀川さんは足を組み替えようとして、はたと思いとどまり、ぴったりと足を閉じた。そして顔を真っ赤にすると、俺に詰問を開始した。


「……で、見たの?」


「ふえっ!? み、見てな……な、なにをでしゅかっ!?」


 あぶないあぶない。危うく誘導尋問に引っかかるところだったぜ。


 哀川さんはぎりっと奥歯を鳴らすと、忌々しそうに吐き捨てた。


「早くこいつ処分しないと……」


「ちょっと! いま俺は何も見てないっていうか、何のことかも分かりませんアピールしましたよね!? 哀川さんの大事な秘密は誰にも言いません! 墓場まで持って行くので心配しないで下さい!」


「そんな言い方されたら、堂巡どうめぐりくんが死ぬまで、男と縁がなくなりそうよ! そんな呪いかけないで!」


 哀川さんは額に手を当てると、背もたれに体を預けた。


「……誰にも言わないでしょうね?」


「勿論です。というか、話せる相手がいません」


 そう言うと、哀川さんはうえっという顔をしたが、なぜか納得がいったようだ。


「そうね、あとネットで言いふらすのもナシね」


「はい。犯罪者になってまでやる事ではないですし。尤も、犯罪者になってでも恨みを晴らしたいと思うほど、哀川さんが俺に酷いことをするなら別ですが」


「さり気なく脅迫してるじゃない……まあいいわ。そのときには私も全力であなたを社会的に抹殺するから」


「そんな、ならば戦争だ、みたいなこと言われても……」


 もうその話題はお終いとばかりに、哀川さんは俺の言葉に被せて言った。


「でも、ヘルシャフトが堂巡くんだったなら、何で今まで知らんぷりをしてたのよ? 何度か私のこと見たことあるでしょ?」


 何の話だ?


「えっと、さっきが初対面ですけど? あ、もちろんこっちの世界で」


「は? 何言ってるのよ。こっちに来てから、もう半年経つじゃない。その間ずっと無視してたのは何故かと訊いているのよ」


「半年!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げた。そして俺は哀川さんに、さっき目が覚めたばかりだということを説明した。


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