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そんなセリフを耳元で囁くように言われたら、正直どうしていいか分からない。ああ、くそっ、せめてセーブとロードが出来れば! 嫌われたら怖くて、何て返事をしたら良いのかが分からない。何でMMORPGにはセーブとロードがないんだよ。そんなの現実と変わらないじゃねーか。
「え、えっとですね、ど、どうしたらいいのかな? いや、せめて選択肢があれば考えようがあるんだけど。い、イヤじゃないんだよ? 単にその俺、いや僕、そういうの、慣れてなくて」
きっと顔は真っ赤になっているだろう。でも仕方ないんだ! 美女に迫られるだなんてファンタジー体験、現実には有り得ないんだから! ああ、顔をしっかり隠す兜が今は実に頼りになる。兜は顔の一部です。
照れまくっていて気付くのが遅れたが、ふと顔を上げるとフォルネウスとサタナキアが怪訝そうな顔で俺のことを見つめていた。
「あなたはぁ……本当にヘル様なの?」
「本当……随分と雰囲気が違うご様子」
え?
「ええっと、本当のって言われると……まあ、中の人と言えなくもないけど、キャラクター本人ではないよ。そりゃあ」
フォルネウスは、押し付けていた胸を、すっと離した。反対側にいるサタナキアも同じように体を離す。二人の顔つきががらりと変わった。さっきまでハートマークが浮かびそうだった瞳が、冷たく光っている。
すると二人の横に、ウインドウが開いた。そしてそこに《LOYALTY》というステイタスが表示され、その数値が80から30へと下がった。
何だこの表示? それに雰囲気変わったよ? もしかして、俺何かまずい選択肢選んじゃった? いや、出来れば分かりやすくウインドウで選択肢を表示してくれないかな。エロゲーみたいに。
「キング」
執事然とした男がうやうやしく頭を下げた。幹部の一人、アドラだ。
「え、えっと、何ですか?」
思わず腰を低くして答える。するとアドラもまた、眉を寄せた。
「……皆の者に、いつも通りにお言葉を頂けますでしょうか」
え? それってスピーチ? いや、ダメ。俺人前に出ると緊張するし。そういうの苦手。だって教室でも、黒板の前に立たされるとフリーズするから。何でみんな、あんなプレッシャーに耐えられるの? 絶対に寿命が縮んでるって。俺は命を守るために、そういった要求は断固として拒否しなければならない。
「い、いや、また今度にさせてもらえませんかね……」
あれ? 気のせいか、アドラの目が冷たくなったような気がするよ? フォルネウスとサタナキアもいつの間にか、離れたところにいるし。
何だか嫌な雰囲気なので、俺は仕方なく玉座から重い腰を上げた。すると、ホールを埋め尽くす魔物たちの間に、ざわっという緊張が走るのが分かった。
俺が前に進み、壇上の端までゆくとホールは静まりかえり、魔物たちは俺の一挙手一投足に注目している。
いや、あの余計に緊張するんで。ご歓談を続けていてくれませんかね? ゲームのキャラだと分かっていても、ガン見されると緊張するし。
特にマイクらしいものもないので、俺は仕方なく普通に声を出して話し始めた。
「え、えーっと、あの、ご苦労様です。っていうか、俺もよく状況が分からないんだけど。でも、こうして自分が作ったキャラとして話をするのって、なんかヘンな感じがするっていうか――」
顔の前に、濡れたように光る剣が突き付けられた。
「うおわっ!」
俺は咄嗟に飛び退くが、その剣は張り付いたように俺の顔の前について来た。
ア、アドラっ!?
その剣はアドラのものだった。アドラは素早い動きで俺を追い詰めると、喉元にぴたりと剣を突き付けた。そして冷たい声で言った。
「貴様、何者だ?」
アドラの鋭い瞳が、メガネの奥で光っている。その目力だけで殺されそうな気がした。
「なっ、何者とかっ、お、おお俺は、俺だし……」
意識がアドラに集中すると、アドラの横に数値が現れた。50だった数値がいきなり0にまで下がる。さっきフォルネウスとサタナキアに表示されたものと同じだ。
数字の横をよく見ると同じく《LOYALTY》と書かれていた。
ロイヤリティ? 忠誠心……って意味だったか? それがゼロってことは……つまり、アドラの俺に対する忠誠心がゼロってこと? 俺を尊敬もしていなければ、親しみもない。王とも思っていない。心の中で冷や汗が流れ落ちる。
もしかして……これ、ヤバい状況?
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