二章 エグゾディア・エクソダス

2-1


 とりあえず冷静になってもう一度考えてみよう。


 学校に業者が持ち込んだ次世代VRを使った教育システム。それは体験型学習のためのものだ。しかしログインした結果がこれだ。


「わはははは! 祝勝パーティだぜ! お前ら、飲めっ、歌え!」


 グラシャが酔って、テーブルの上に乗って暴れている。


 ここはあの不気味な黒い城、魔王城インフェルミアの中だ。数百人は入れるホールで、戦勝パーティの真っ最中である。人外のバケモノが集まって、飲めや歌えの大騒ぎ。ただでさえ、みんなと一緒に食事とか苦手なのに、何なのこのサバト?


 よく体育祭とかイベントごとの打ち上げとかを、ファミレスやカラオケの大部屋使ってやってるけど、俺は苦手なんだよな。呼ばれたことはないんだけど……まあ、それはともかく。人間同士のパーティだって苦手なのに、バケモノ同士の宴会なんてどうしたらいいの?


「ヘル様ぁ、どうなさったのぉ? ご機嫌が悪いのかしら? でも、そんなクールなところもス・テ・キ、ってフォルネウスはヘル様のことをなぐさめちゃうもん」


 堕天使フォルネウスが椅子に座る俺の横に立ち、俺の右腕に抱きついてきた。


 この腕に感じるすげえ柔らかい物体! その得も言われぬ感触は俺の中の優先順位を一瞬で入れ替えた。もう些細な疑問はどうでもいい! それよりも目の前のおっぱいの方が重要だ! 同じVRシステムでも、自作の朝霧あさぎりとは雲泥の差だ。あれは所詮はVRという感じがしたが、いま目の前にあるおっぱいは本物とまったく区別が付かない。


 感動に打ち震える俺に、さらに倍の感動が押し付けられた。反対側からダークエルフのサタナキアが、文字通りの巨乳、いや爆乳を押し付けてくる。


「ふふふ、ヘルシャフト様。私の胸の感触はいかがですか? 柔らかさではフォルネウスに負けますけど、大きさなら負けませんよ?」


 うおおおっ!? こっちもすげえ! フォルネウスのふわふわ感に対して、こっちは弾力感が凄まじい! 一日に二度も、それも別の女の子の胸に触れることができるなんて! もう今日はおっぱいの祝日に認定するしかないな!


 いやーマジで鼻血が出そう。兜の下に鼻があるのかどうかも分からないけど!


 というのも、まだ鎧を一度も脱いでいないので、この下がどうなっているのか分からないのだ。それにしてもこの鎧は不思議だ。鋼鉄の装甲なのに、女の子の体に直接肌で触れているように感じる。


 だが考えてみれば、触感の当たり判定をどこに設定するかというだけの話だ。現実で考えると謎だが、この世界の構造を考えればそれほど不思議な話でもない。


 現在開発中の次世代MMORPG――エグゾディア・エクソダス。


 それは、まったく新しい次世代VRインターフェイスを採用した、今までの常識を覆す新時代のゲームになるはずだ。それはゲームと言うより、まったく新しい世界の創造、未知の世界の体験――と、説明書には謳われていた。


 原理を単純に言うと、人間の脳にある意識そのものをデータに置き換えて、サーバーにコピーする。つまりコンピューターネットワークへ自分自身が飛び込むようなものだ。外国だろうが、ファンタジー世界だろうが、SFの世界だろうが、コンピューターの中に、その世界観のデータを作りさえすれば、その世界へ行くことが出来る。それはまさに、異世界へ転生する感覚に近い。


 そしてログアウトする際に、意識データを肉体へコピーする。すると、ネットワーク内での経験が、現実の肉体で経験したもののように記憶されるのである。


 と言っても、実際に体験するのは俺も初めてだ。俺は末端のいちアルバイターに過ぎない。やっているのは、キャラクターのセリフ作成、CGのモーション付け、仮音声収録だ。PCとマイク、それと家庭用ゲーム機のモーションキャプチャーカメラがあれば、自宅でも簡単にできる。


 任されたキャラは魔王ヘルシャフト。非常に重要なキャラクターである。よってシナリオライターがセリフを書く予定なのだが、スケジュールが遅れに遅れている。なにせこのゲームはとにかくセリフ数が多い。そもそもライターの手が足りないこともあって、俺の方でセリフの叩き台を考えている。


 カメラとマイクの前で、自分で考えたセリフをアクションを交えながら演じるのだ。最初は恥ずかしいが、のってくると段々楽しくなってくる。すると、どんどんオーバーアクションになり、セリフも自分に酔ったものが増えてゆく。


 他人から見たら痛いこと、この上ない光景だろう。


 いや、まあ仕事だからね。


 仕事として、真面目に取り組んでいるだけだよ。うん。


 ともあれ、最終的にそれらのセリフは、キャラクターのサンプルデータとして扱われる。そのセリフを参考にした上で、キャラクター作成シートに性格付けをパラメーターで設定する。すると、AIがリアルタイムでセリフを生成するようになるらしい。


 つまり、プログラムされていない内容であっても、プレイヤーと話をすることが出来るのだ。音声も、いずれは俺の声ではなく、本職の声優の声をサンプリングし、同じようにリアルタイムに生成されるとのことだ。


 その資料を見たときには、それはもう生きている人間と変わらないのではないか? という疑問が湧いたものだった。


 両側から体を押し付けてくるセクシーな悪魔を見ると、そのときの予測は間違いなかったと実感できる。いや、まさにいま体感している! っていうか、このゲーム十八禁だったのか? とツッコみたくなる。むしろ突っ込みたい。


 そういえば、資料として渡されたキャラクター作成シートのフォーマットに、確かに妙な項目が多かったな。セクシー度とか、フェロモン係数だの催淫効果だのと、妙に深夜の香りのする項目が並んでいた。


 今のこの状況を見ると、あのステイタスはマジで実装予定の機能なのかも知れない。ゲームデザイナー変態過ぎるだろ。


「えへへ、ヘル様ぁ♡ 抜け出して、部屋に行きませんかぁ? ってフォルネウスは色っぽくヘル様を誘惑しちゃうもん」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る