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 そこからはただの処刑タイムだった。人間の軍勢は既に総崩れで、軍としての体を成していない。しかし、右往左往する兵士の中でただ一人、冷静なまなざしで戦況を見つめる少女がいた。魔導士の雫石しずくいし乃音のんだ。眉間にしわを寄せ、次々と倒れては消えてゆく兵を見つめている。


「ヘルシャフトの出現で浮き足立って、エサに飛びついたのが運の尽き……ね」


 よろける足で立ち上がろうとしている一之宮いちのみやに手を貸そうともせず、雫石は眉間に深いしわを刻み、俺を睨み付けた。


「魔王自ら囮になるなんて……」


 雫石の険しい表情に冷や汗が浮かぶ。立ち上がった一之宮はその横顔を見つめた。


「雫石――」


「無駄よ。今回はここまでよ。あきらめましょう」


 にべもなく答える雫石に、一之宮は奥歯を噛みしめた。


「く……せっかく発生した攻城戦クエストなのに! インフェルミアを攻略して、ヘルズゲートに辿り着かないと、俺たちは……!!」


 しかし思いを振り切るようにキッと顔を上げると、残り少ない仲間たちに向かって声をかけた。


「総員撤退! 集合場所はギルナックだ! 間に合わなければ、カルダートで会おう! フィールドでの戦闘は極力避けるんだ。回復薬の使用も忘れるな!」


 クラスメートを引き連れ、一之宮が走り去って行く。それに合わせて、戦場のあちこちで戦っていた個性のない顔の戦士たちも、蜘蛛の子を散らすように立ち去り、そして霞がかかったように消えてゆく。


 やはりクラスの連中以外はNPCだ。この攻城戦クエストのために生成されたエキストラってところか。


 戦場には人間と魔物の死体が、ごろごろと転がっている。まさに死屍累々。だが、その死体も次々と光の粒となって消えてゆく。


「魔界の王。我らが王、ヘルシャフト様!」


 その声に振り向くと、数千もの怪物が膝をつき、俺のことを見つめていた。それは実に壮観な眺めだった。様々な種族の怪物が入り乱れている。そして俺のすぐ前に、ヘルゼクターのグラシャ、アドラ、フォルネウス、サタナキアの四人が並ぶ。


 ヘルゼクターの四人は、握った拳を天に突き上げた。そして、アドラが朗々とした声で歌うように告げる。


「偉大なる我らがキング、この世界の全てを支配する全知全能の魔王ヘルシャフト様。ここにその勝利を讃えるものなり!」


 後ろに控える数千の怪物たちが、同じように拳を天に掲げた。


 そして一斉に声を合わせ叫ぶ。



「ヘル! ヘル! ヘル! ヘル!」



 数千の魔物の声が重なる。それは天と地を揺るがさんばかりの、大音響だ。



「ヘル! ヘル! ヘル! ヘル! ヘル! ヘル! ヘル! ヘル!」



 体を揺さぶるその声を聞きながら、俺はこの世界の名前を心の中でつぶやいた。

 ここは『エグゾディア・エクソダス』。


 まったく新しい次世代VRインターフェイスを使用する革新的MMORPG。

 開発元はヘルズドメイン。


 俺はこのゲームで使われるキャラデータ作成のバイトをしている。そして俺の担当キャラは――、


 俺は遠くにそびえる、黒く巨大な城を見つめた。


 魔王城インフェルミアと、その奥にあるヘルズゲートを守る、メインクエストのラスボス。




 俺はうつむいて自分の体を見おろした。




 ――それがこの、魔王ヘルシャフトだ。




 

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