1-6


「なっ……!?」


 体を震わせる轟音と大地を揺るがす震動が響き渡る。地割れが走り、地面が持ちあがるほどの破壊力。楯役の剣士たちも、クラスメートも、まとめて吹き飛ばされた。


 そして、俺の前に横たわっていた朝霧の体が光の粒となって消えてゆく。思わず手を伸ばし、その光の粒を追いかけようとした。


 しかし伸ばした俺の手を取ったのは、光り輝く翼を持つ天使。


「ヘルシャフト様ぁあああああ♡!」


 この世のものとは思えないほど可愛らしい少女が、俺に抱きついてきた。


 ファッ!?


「え、えっと……き、君は?」


「だぁめ。ちゃんとフォルネウスって、名前を呼んでくれなきゃ、ってフォルネウスはヘル様の愛を要求しちゃうもん」


 そう言うと甘えるように顔を鎧にすりつけてくる。


「フォ……フォルネウス?」


「もん♡」


 金髪碧眼に白い肌。ふわりと漂う甘い香りと相まって、お菓子のように甘くとろける可愛らしさ。しかしその体に纏うのは、天使らしい清楚な服ではなく、闇を感じさせる黒。そしてどこか妖しげな雰囲気を纏っている。普通なら頭に輝いている天使の輪は、頭からずり落ちてしまったかのように、腰の位置にある。大きさは自在なのか、直径一メートルほどに広がっていて、何だか浮き輪か腰で回して遊ぶ玩具のリングのようだ。


 そうだ……覚えている。


 この娘は堕天使フォルネウス。バイト先から送られてきた設定資料にラフがあった。デザインが結構可愛かったので気になってたっけ。


「このフォルネウスが来たからには安心してねヘル様、ってフォルネウスは役に立つところをアピールするんだもん!」


 ――ヘル様。


 フォルネウスは俺のことを、ヘルシャフト様と呼んでいる。


 なぜ、どうしてこんな事態になっているのかは、相変わらず理解不能だ。しかし、ここがどこなのかについては確信を得た。


 そのとき、土の下から扇谷おうぎやが這い出てきた。


「ふっざけんなっつーの! 魔界の幹部のフォルネウスって強すぎだろ! こんなんやってられ――」


 その時、俺の横を一陣の風が吹き抜けた。


 風と思ったのは、強靱な筋肉の塊だった。長い髪をなびかせ、牙を剥きだした凶悪な笑顔が通り過ぎる。


 ――あの魔獣の親玉か!


 その右腕は明らかに人間のものではなく、しなやかな鋼鉄の毛に覆われた豪腕。人の体とはアンバランスな太く長い腕。その爪は鋼鉄のように鋭く、巨大な刃物のようだ。


 その腕が、目にも止まらぬ速さで扇谷に叩き込まれた。


「ぐがぁあああっ!」


 骨が砕けるような打撃音を響かせ、扇谷が空に舞う。魔獣の鋼鉄の腕が繰り出した強烈なパワーは、扇谷の体に奇妙なポーズを取らせて、コマのようにくるくると回転させる。


 空高く打ち上げられた扇谷は、花火のように大空で光と散った。


「怪我はねえか、王様!」


 まるでCGのモーフィングを見ているように、巨大な腕が人間のそれに戻る。そして元に戻った親指を自分に向けると、頭に生えた耳をぴくぴくさせながら、歯をむき出してにやりと笑った。


「へへ、このグラシャ様がいりゃあ、何万の軍隊だろうと、物の数じゃねえぜ。安心してそこで見物しててくれよな!」


「お……おう」


 城門を飛び出して来た魔獣の親玉……グラシャという名前らしいが、一之宮が差し向けた槍部隊を蹴散らし、まさに得意満面。もの凄いドヤ顔を見せた。


「ん? どした王様。様子が変だな」


 さすがにここにいたって、王様って誰のこと? などとは言わない。


 もう、さすがに分かっている。


 俺は、俺が何なのか。

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