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 まさか、本当にRPGなのか? これが社会科見学って、最近の学校はネトゲ廃人を作ることを推奨しているとでもいうのか!? って、んなこと考えてる場合か! 仮にそうだとして、何で俺は朝霧に斬り付けられなきゃいけないんだ!? 相手が違うだろ! 倒すのは、後ろから迫ってくる魔王だろうが!


 俺は振り向いて、走ってくる人狼を指さした。人狼は立ちふさがる槍部隊をぶちのめしながら突進してくる。俺は朝霧あさぎりに蚊の鳴くような声で話しかけた。

「い、いや……あのですね? 敵は、あっち……」


「わォオ! 俺のこと指さしてくれたぜ! へへへ一緒に暴れような、王様!」

 突進してくる人狼が、遠吠えをするように嬉しそうな声を上げた。


 ……。


 お前、魔王じゃないの?


「隊列を組め! 楯役前へ!」


 一之宮いちのみやが鋭い声を上げると、大きな楯を持った騎士がずらりと一列に並んだ。その騎士たちが持つ楯は、まるで鏡のように磨き上げられた銀の楯。ミラーシールドってやつか? そういえば、エグゾディア・エクソダスにもこんなアイテムがあった。確か魔法防御に優れているとか何とか。真面目に仕様書読んでないから、知ら――、


 鏡のような楯に、俺の姿が映った。


「な……な?」


 真っ黒な鎧に身を固めた巨人がそこにいた。トゲのある兜と甲冑。広い肩幅と分厚い胸板。人間の足より太い腕。引き締まった腰。足は人の胴体より太く、そして長い。鎧の隙間から赤い光がマグマのように渦巻いている。背中に羽織ったマントは、それ自体が炎で出来ているかの如くゆらめいていた。そして兜の目の部分は光がなく、暗い穴倉のようだ。俺が驚き目を見開くと、暗い闇の中に赤い目が光った。



 これ……俺なのか?



 俺は……、



 俺はこの姿を知っている。



知っているどころか、愛着すらあった。


「動きを止めるんだ! 雫石しずくいしさん!」


 一之宮がそう叫ぶと、俺の体の周りが黒い霧に包まれた。そして俺の体からまた赤色の数字が幾つも浮かび上がる。目の前に、何やら光るアイコンが表示された。それは毒と麻痺に冒された状態を示している。


 列の後ろの方に、分厚く大きな本を手にした少女がいた。


 ――雫石! お前もいるのか!


 相変わらず綺麗な顔にしわを寄せ、険しい表情を浮かべている。黒を基調にした服。長いローブ。そして手に持っている大きな分厚い本は魔導書だ。元から氷の魔女のイメージがあったが、今の姿は魔女そのものだった。


 俺が今受けているダメージは、雫石の魔術の効果か! こいつは継続的にダメージを喰らい続けるので厄介だ。


「今だ! 全員で攻撃するぞ! 楯役の左右から攻撃を仕掛ける!」


 ミラーシールドの列が俺の目の前まで迫る。そして、一之宮は俺の左側、朝霧は右側に回り込み、俺に向かって剣を振り抜いた。鈍い音がして、赤色の数字が浮かび上がる。


 他の連中は背後に回り、槍や、拳で俺の鎧を殴り続ける。そして頭上からは攻撃魔法が炎を降らせる。一つ一つは地味なダメージだが、これだけ集団で襲われると、さすがにヤバい。視界の端に現れた棒状のパラメーターが見る見る減ってゆく。MAX値は1000だが、今はもう500にまで減っている。


 これってHPゲージ? ってことは、これが尽きたら俺は……死ぬのか?


 その瞬間、俺の背中にぞくりとしたものが這い上がってきた。


 いや、ハハハまさか。これってゲームだし……。


 目の前に次々と数字が浮かび上がっては消える。ゲージは300以下になった。

 いや、ゲームだとしても、この世界で死んでも大丈夫という保証がどこにある? ここでの死が、リアルの死だとしたら?


 俺はふと、まとわりつくクラスメートの表情を見た。


「あたしたちは絶対に元の世界に帰るんだから! 絶対に!」


 朝霧が泣きそうな顔で、必死に剣を振り下ろしている。そして一之宮も大声で叫ぶ。


「みんな頑張れ! もう少しでこいつを殺せる! 殺して、俺たちは元の世界へ帰るんだ!」


 俺を殺して、元の世界へ帰るって……どういうことだよ?


 全員が必死の形相を浮かべている。怨念にも近い執着に、俺は疑問を口にすることも出来なかった。クラスメートたちは、まるで迫り来る死の運命に抗うかのように、必死に剣を振り回している。


 その異常なまでの感情の圧力に、俺の心に恐怖が沸き上がった。俺の恐怖に反応するように、炎のマントが一層大きく燃え上がる。


「や……」


 マントの炎が渦を巻き、一本の棒へと姿を変えてゆく。


「やめろ……」


 俺はその棒をつかむ。すると炎のマントは、一本の剣となった。


「やめてくれえええええええええええっ!」


 俺は無造作にその剣を振った。


 本気で斬ろうとしたわけでも、ましてや殺そうとしたわけでもない。ただ、離れて欲しかった。まとわりつく虫を払うように、軽く振り回した。


「!? きゃああああああああああああああああああああっ!」


 爆発的な衝撃波が走った。


 手にした赤い剣が深紅の輝きを放ち、光の筋が一瞬にして戦場を駆け抜ける。凄まじい風が土を巻き上げ、空気の壁が俺を中心として戦場全体を押し潰してゆく。人間の兵士も、怪物も、等しく衝撃波になぎ倒された。

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