幸せナポリタン

「ただいま、お父さん」

ルルイエを引き取ってから1ヶ月後のことです。


あれから最初の2週間は初めての長期休業をしており、ルルイエの生活を整えるために買い物や挨拶周り、仕事のいろはを教えるのに使っていて決してサボっていたわけではありません。


「おかえり、ルル。飲み物でもどうですか?」

「うん、お願いします」


ルルとはもちろんルルイエのことで、愛称で呼んで家族の距離を近づけるという私なりの工夫が、ルルには好評だったようですっかり定着しています。

ルルも私のことをお父さんと呼んでいて、21歳独身からシングルファザーにジョブチェンジしています。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。今日も夜は手伝いますから」


カウンターでオレンジジュースを飲みながらリュックの中から色々と取り出している。


「宿題ですか?」

「うん」

「頑張ってくださいね。手伝いはそれが終わってからで構いませんから」


シエールさんの言ったとおり、ルルは本当に思慮深く、彼女を学校に通わせてあげたいという私の希望で、途中からではあるが魔法学校の高等部に入学試験を受けると授業料免除の成績を収めて、さっそく親孝行をしてくれている。

ルルが宿題に集中しているのを確認して、私は晩ご飯を作る準備を進めている。


「……いい匂いがする」

「ふふ、ルルの鼻は本当にいいですね」


獣人は外見的特徴だけでなく、五感も著しく発達していて、その動物の特徴まで限りなく似ている。猫舌なところとか。

野菜を炒めて一度取り出してからソースを作る間にパスタを横で茹でる。

ピコピコとたれ耳が動いているのを見て苦笑しながらも出来上がったソースに野菜を絡めてから火を止める。


「もう友達は出来ましたか?」

「……まだ出来てない」

「ふふ、ルルは真面目な子ですからきっとすぐに友達も出来ますよ」


そうだ。明日にでも周りのクラスメイトが気になるような豪華なお弁当でも作ってあげましょうかね?……腕がなりますね。

パスタの茹で上がりを確認をして、出来上がったソースと絡めるとはい、ナポリタンの完成です。


「ルル、宿題は終わりましたか?」

「ちょうど終了しました」

「では、晩ご飯にしましょう」


皿に盛り付けて、フォークとスプーンと一緒にカウンターの前に置く。

ルルはそれを持つとテーブルまで運んでいく。晩ご飯のときには、向かい合って食べるためにいつもテーブルでとっています。


『いただきます』


私も席について食べ始めるとルルはいつものあれが自然と出ていた。


「ゔ、ゔぅ、おいしい。お父さんの作る料理はいつもおいしいです」

「ふふ、涙が皿に落ちますよ?」


彼女はいつからでしょうか私の料理を食べると自然と分かりにくい笑顔で涙を流しながら晩ご飯をたべている。最初は慌てましたが、今ではすっかり同じで微笑ましいぐらいでもあります。


「ルルイエは、本当に、本当にお父さんと家族に馴れて幸せです」

「私も同じ気持ちですよ」


これもお決まりのやり取りですが、何度言っても胸が暖まり、私こそルルを娘にして良かったと思います。


カラン

私たちが食事をしていると扉の鈴が乾いた音を鳴らす。


「リオ、いらっしゃい」

食事中にいつも眠たそうな眼をしたリオがお店にやって来た。

「いらっしゃいませ」

ルルも食事を中断してリオに向かって頭を下げる。


「……親バカ」

「ふふ、自慢の娘ですからね」


私たちのいるテーブルにリオも腰掛けてさり気なく、私のナポリタンを奪っていく。


「うん、うまい。私のところにお婿さんに来るといい」

「人の食事を奪う人のところには行けませんね」


冗談を交わしている間もルルは黙々と幸せそうにナポリタンを頬張っている。

私はそれ見て立ち上がるとキッチンの方に待機する。

お互いに感情表情が得意な方ではないですし、同じテーブルで一緒にいると姉妹に見えますね。


「いらっしゃいませ」


グラスを磨いていると何名か来店していただいたお客様がやってきました。


「おっ、今日もルルイエちゃんはお手伝いかい?」

「はい。張り切って行きたいと思います」


毎日手伝ってくれるルルは今ではうちの看板娘に定着していて、密かにですが売上が上がっています。


「ふふ、お手つきは禁止ですからね」

「あはは、これは参ったよ」


他のお客様も私はと男性のやりとりに笑顔で見守っている。こういう和やかな雰囲気も他店には魅力になっているのでしょう。


「ヒロト、赤」

「ふふ、かしこまりました」

指定席に移動したリオに赤ワインを差し出す。


「あの娘、真面目でいい」

「ええ、お客様からも好評で助かっていますよ」


私とリオは注文も聞きに行っているルルを微笑ましく見つめる。

ルルも学校で疲れているはずなのに手伝ってくれている姿を見ると申し訳ないのですがね。


「お父さん、注文を聞いてきました」

「ありがとうございます」

ピコピコと動くたれ耳を優しく撫でるとルルは嬉しそうな表情をしてくれます。


「ルルイエ、私の妹になるといい」

「リオさん、すみません。ルルイエはお父さん以外のところに行くことはできません」

「リオ、振られちゃいましたね」

「がーん。しかし、必ず攻略してみせる」


無表情で落ち込むとシュールですね。

いつの間にかリオはそんなことを考えていたのか知りませんが、ルルはどこにもあげませんからね。


「ルル、もう22時ですからそろそろ休んでくださいね」

「まだ大丈夫です」

「ダメですよ。私との約束でしょう?」


しぶしぶと納得させるとルルはエプロンを外して、2階に続く奥の部屋に行こうとする。


「お父さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい。明日はお弁当を作っておきますね」

「……うん!」


いい笑顔ですね。ルルが2階に登るのを確認して、ジョッキケースから1つジョッキを取り出す。



「よし、私も呑みましょうかね」

「……さいてー」


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