この人、やばい
「ここが団長さんが言っていた場所ですか」
あれからギルドを離れて、従業員探しに1歩前進した私は目的の場所にたどり着きました。
ギルドを出る際に周りから強く視線を感じましたが、全スルーで出てきました。
コンコン
「はーい」
施設のような扉をノックすると、向こう側から声がして扉が開く。
「こんにちは。私はヒロト・イトウと言うものです」
「私はモエ・シエールです」
「……萌え教える?」
モエ・シエールです。と今度は一字一句ゆっくりと教えられて私は謝罪した。いやはや、失礼しました。
彼女は少したれ目でブロンドショートボブの髪型で肌は色白く、赤色のカーディガンに黒のロングスカートとゆったりとした格好をして現れた。
「シエールさん、私は団長さん…じゃなくて、ギルドのミリアさんからの紹介でここに来ました」
「ミリアから?そう、とりあえず中に入ってちょうだい」
中は思った以上に広く、廊下も真っ直ぐに続いており、扉も行く途中多くあるので、ここは私が思っているよりも大きな所なようです。
その一室に案内されると、テーブルと居間のような大きな空間が広がっていて、そこには年齢も性別も様々な子供たちがいた。
『だれこの人?』
「ミリアの知り合いの人よ」
子供の1人が私のことを聞くと、シエールさんは子供と同じ目線になるようにしゃがみこみ私のことを説明する。
「今からこの人と向こうの部屋でお話があるから静かに遊んでいるのよ」
『はーい!』
子供たちが元気に返事をすると彼女は笑顔になり、私はさらに奥にある扉の向こう側に案内をされた。
「そこに座ってください。今、お飲み物をお入れしますから」
「これはすみません」
何がいいか聞かれたので、私はビールと言いたい気持ちを押し殺して、コーヒーのブラックでとお願いした。
部屋はテーブルと4脚しかない椅子に窓の近くにポットとティーセットが置かれている。
「インスタントと申し訳ありません」
「いえいえ、わざわざありがとうございます」
「それで今回はどのような用事でいらしたのですか?」
彼女も席に着くとさっそく本題に入ろうとしてくる。
私はどう伝えたらいいものか分からず、とりあえずこれまでの経緯を話すことにした。
「先日、ちょっと私のお店で少しいざこざありまして、それをミリアさんに相談したらここに来るように紹介状を一筆したためていただきまして」
私は茶封筒に入れていただいた手紙をそのまま手渡した。
彼女はそれを読んでいる間にコーヒーをいただきながらどうしたらいいものかと考えていたら、彼女は読み終えていて、こちらに目線を送ってくる。
「確かにこれはミリアの文字ですね」
「理解していただいて何よりです」
「ここの施設の子供を1人引き取りたいと言うことでよろしくですね?」
私は首肯すると、彼女は大きくため息をついて手紙をテーブルの上に置く。
「ミリアが認めているのならあなたのことは信用に値するだけの人と認められますが、肝心の手紙にはその引き取りたいという理由が書いてありませんので、許可するには不十分です」
「それは私自身で話せと言うことですかね」
……うーん、理由ですか。
初めては用心棒欲しさでいましたが、さっき見た限りでは、それを期待出来そうな感じもしませんし。
それでやっぱりいいですと答えても団長さんの顔に泥を塗るようで失礼になる。
それっぽいことを言って、今回は素直に引き上げる方向に持って行きましょう。そうしましょう。
「私は居酒屋を経営しています。それも本当に小さなお店になります」
彼女は黙って話を聞いてくれているようなので、このまま話を続けていく。
ある理由で両親と離れ離れになったこと。それで縁もゆかりも無い場所で必死食い繋いでいくためにギルドに入ったこと。そして両親との思い出を忘れないために居酒屋を経営していること。
思い出したら私は何故こんなことまで話すのかというほど話していて、いつしか当初の目的すらも忘れていた。
「ゔゔっ、それはそれは大変な思いをされていたのですね……ぐすっ」
話を終えて彼女を見ると、大粒の涙を流していて、鼻水を啜るような音まで聞こえてくる。
「そ、それで、繋がりを求めるためにミリアに相談してここに来たと言うわけですね!」
「えっ、いや、全然違います」
「無理をしなくてもいいのです。大丈夫です。私だけはあなたの良き理解者でいますから」
何度も訂正を入れようとするも彼女は大丈夫ですの一言で制してくる。
この人、やばいです。思い込みが激しいというか、自分の世界に深くのめり込んですらいます。
「私は、お店の用心棒が欲しくて来たんです!」
何とか言えた。
彼女は涙もすでに止まり、きょとんとした表情で首を傾げるもすぐに笑顔をこちらに向けてくる。
「イトウさん。いえ、ヒロトさん」
「はい」
「私のことは母親と思っていただいて構いませんよ」
何でそうなるのですか!?
慈愛に満ちた表情で両腕を広げて立ち上がる。
「ハグ……して差し上げましょうか?」
「いりませんよ。わ、た、し、はお店の従業員を雇いに来たのです!」
「それもヒロトさんの本音でしょう。ですが、人とのふれあいも必要だとは思いませんか?」
彼女と目線が合う。優しい眼差しを向けられると私は自然と彼女から視線を外していた。
「うふふ、それはこれからの時間が解決してくれるはずでしょう。とりあえず、従業員の件話を進めて行きましょうか」
何を悟ったのか私には分かりませんが、彼女に対して思うことだけはありました。
私はどうやらモエ・シエールさんが苦手なようです。
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