親しき仲にも礼儀はあるとかないとか


太陽が真上に登るお昼のこと


店内の清掃もあらかた終わり、休憩のコーヒーを飲むためにぽかぽかと活動中のサイフォンに目線をやる。

豆はその辺の市場で売っている一般的な物だが、こう出来上がりまで見ると美味しそうに見えるから不思議になる。


「今日も賑やかですね」


店内の窓から映る景色は鎧に身を包み個人の得物を持つ冒険者や商品を運搬している商人に母親と子供が手を繋ぎ歩く買い物中の家族など歩く人は様々である。

今晩の営業する分には食材は充分にあり、コーヒーを飲んだら夜のために一眠りつこうかと考えているときだった。


カラン

「ヒロトくんいる!?」

「……まだ営業時間外ですよ」

勢いよく扉を開けた人物は額に汗を浮かべて慌てて来たような感じがする。


コップにお水を入れて渡すと豪快にコップを傾けて一瞬で中身を空にした。


「くぅー、うまい!」

「ふふ、ただのお水ですよ」

「いやいや、運動後の一杯はやっぱりお水でもおいしいよ!」


彼女からコップを受け取り、流しに置いて彼女の元に戻る。

本音を言えばこの人を早く帰らせて眠りにつきたいところではありますが、いかんせん、常連の人なので無碍にすることはできない。


「もうひと運動されて来たらどうでしょうか?」

「ヒロトくん、地味に厳しいこと言うよね」

「いえいえ、レレさんだけですよ。他の方には普通です」

笑顔で返事をして、コーヒーを一口飲む。


レレさんはシンクさんと同じ冒険者でこの街のギルドに所属している。

青いセミロングが特徴の方で今は無地のシャツに髪と同じ色のサルエルパンツと随分楽な格好をしている。


「私は今から睡眠を取らせていただきますので、ご用でしたから営業中によろしくお願いいたします」

「ふーん、ボクにそんなこと言っていいのかな?」


特に彼女に弱みを握られたした覚えはないのが、どこか強気な姿勢をしている。

むしろこちらは自宅兼お店でもあるので不法侵入で憲兵に突き出しましょうかね。


「ほら、これを見なよ!」

マジックバックからゴソゴソと何かを取り出すとそれを見せつけてくる。


「私が差し上げたマジックバックをまだ使われているのですね」


彼女が22歳の誕生日に私から差し上げたものである。原理不明で見た目以上に入るカバンで群青色のリュックタイプを彼女にプレゼントした。


「ヒロトくんから貰う物は何でもボクの宝物だからね。って、そうじゃなくてこれ!」


彼女に手にある物を私の顔まで近づけて今度はしっかり確認する。…………うん?


「これはもしかしてラフィネールのビールですか!?」

「さすがボクのヒロトくん。大成功だよ!」


酒好きとしては彼女の手にあるお酒に驚きを隠せない。

ラフィネールと呼ばれる酒店が作るビールは材料からビールの生産までラフィネール独自で行うので、生産量が物凄く少ないので一般流通されることがほとんどない。

もし見つけても1万シエルはくだらない。これは私1人なら3週間の食事代になる。


「いやー、私も1度呑んで見たいと思っていたですよ。入口前に立っておらずにどうぞ席についてください」

「悪いねー」


ラフィネールのビールをいただくためには、彼女の御機嫌を損ねる理由にはいきません。

いきなり彼女が偉そうになっても私は耐えねばならないのです。


「どうぞ」

テーブル席に案内して、イスを引き彼女を座らせる。

「いきなり態度変わって面白いな」

笑いこらえきれないのか口元を抑えていても彼女の笑い声がこぼれる。


……まだ耐えましょう。

レレさんには冒険者の頃にお世話になっているからその恩も入れて、帰らせて気持ちをこらえる。


「ヒロトくんはボクより年下なのに礼儀正しいから、そういう姿みると年相応って感じお姉さんは大満足だよ」

「レレさんは、こども見たいですけどね」


落ち着きがなく、静かにするのも苦手で終いにはすぐに寝るとまでくる。

大人しくしていれば、仕事が出来る大人の女性に見える筈なのに。

それでもギルドの男連中は天真爛漫でギャップがいいと人気者で告白も絶えないと聞く。


「ボクとしてはかわいいヒロトくんにプレゼントのつもりで今日ここに来た理由なんだけど」

「それはありがとうございます。ありがたく受け取りますので帰宅されてもよろしいですよ」

「ホントに容赦ないよね……」


私も自分より年上のこどもとの接して方はまだまだ勉強不足みたいですね。


「ボクのお願いを聞いてくれたらこれをあげるよ」

「そうですか。……残念ですが、ラフィネールのビールは我慢するとしましょう」

「いやいや、聞いてよ!ボクのヒロトくんでしょ!」

レレさんのではありませんけどね。


だいたいレレさんのお願い事はいい思い出はないので、私としてはあまり受けたくない。

断固拒否の姿勢を見せながらも彼女が引く気配がないので、しぶしぶ聞くことにした。


「ボクのというか、ギルドからのお願いなんだけど」

「ギルドですか。依頼は受けませんよ?」

「いやいや、依頼なんだけど、そういう冒険者的な依頼じゃないんだよ」


慌てる彼女の様子に嫌な予感がする。

ギルドからでレレさんを代表で送り出すということが何よりも怪しい。


「あのなんだけどね。ギルド員での女子会をしたくて、ここを貸切で予約させてくれないかな?」

「うーん、何名ほど来られる予定ですか?」

「えーと、声をかけている途中だけど、現在で7人。多くても12人ぐらいかな?」


12名ですか。もともと小規模なお店ですから、それだけ来て頂けるなら貸切も可能ですね。


「わかりました。10名様以上がご来店でしたら貸切とさせていただきます」

「ホントにいいのかい!?」

「もちろんです。しかし、1度に来られると料理がすぐに出すことが叶わないかも知れませんね」

「大丈夫、料理はヒロトくんに任せるから予め適当に作ってもらって構わないよ!」

……適当ですか。先に作ってよろしいなら何とかなるでしょう。


レレさんとある程度の金額と日時を決めて、前日までに最終的な人数を報告していただく形で予約を承諾することにした。


「ありがとうヒロトくん!これでボクも堂々とギルドに帰れるよ!」


両手でこちらの右手を掴み握手をしながら、レレさんはほっとした表情をした。


「じゃあこれはヒロトくんにボクからのプレゼントだよ。当日はよろしくね!」

「こちらこそよろしくお願いします」


ラフィネールのビールを受け取り、レレさんは満足そうな表情をしてお店を後にした。

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