損するほうではあると思います
カラン
「こんにちわヒロト」
「リオ、いらっしゃい」
日が沈み夜空が広がるときのこと。
いつも通りシンクさんが帰宅されちらほらとお客様が見える時に彼女は来た。
「はい、お冷だよ」
「ありがとう」
彼女もコンロ前のカウンターに座りグラスを受け取る。
眠たそうな表情で少しだけお水を口にするとすぐにグラスを置き、重たそうなため息をつく。
背中まである茶色の髪の先端を結んでいる幸が薄そうな彼女がリオで今日もどんよりとした雰囲気を醸し出している。
「今日はまた大きなため息だね」
「……はぁ、とりあえずワインをお願い」
「ちょっと待ってて」
ワイングラスを取り出して棚にある彼女が取り置きしてある赤ワインも注いで、お通しにチーズを盛り合わせて前に置く。
香りを少し楽しんでから一口付けて彼女またため息をこぼす。
どんよりとしていながらも聞いてほしそうな雰囲気に思わず苦笑する。
「今日はどうしたの?」
「うん……それが」
彼女はこの街にある魔法使いを育成するための大学の3年生私と同じ年である。
言うには今回もというか毎度恒例で授業でのリオの態度が教員としてはどうやら気に入らなかったみたい。
確かにリオはデフォルトが眠たそうな表情していて感情の起伏が激しいほうではないし、親しい人ぐらいしか彼女の表情から何も思っているか理解するのは難しい。彼女が初めて来店したときは私も苦労した覚えがある。
「……私はいつも真面目に授業を受けているつもり」
異世界では学園にも通っていない私は最終学歴が高校中退なので彼女の苦労を把握するのは難しい。
「予習もしている。レポートも纏めたし、魔法の研究にも邁進している自負している」
ワインを呑みながらも彼女は言う。
自分の行動に自信を持っているのがリオだ。しかし、打たれ脆いところがあるのも彼女だ。
自分に自信があるならもっと堂々したら良いと彼女には伝えたが「萎縮するからできない」と彼女は人見知りでもあった。
「……今日はとことん飲むから」
「ほどほどにしてくださいね」
リオを横目にテーブル席に座る家族連れのお客様に完成した料理を出しに行く。
「お待たせ致しました。シーザーサラダと春巻になります」
サラダはレタスに水菜に大根にプチトマトとクルトンを盛り合わせ物で春巻は鶏のひき肉に椎茸に人参と簡単なものになっている。
ありがたいことに枝豆の時とは違い、地球にいた頃と同じ名前も多々あり、食材探しは簡単にすることが出来た。
「ドレッシングはお好みでお召し上がり下さい」
「先程まで話していたカウンターにいる彼女はリオ・バッカニアですか?」
バッカニア?彼女ついて初めて聞いた情報に私の方から男に聞き返す。
「いや、リーリア魔法学園に成績優秀だが、教員から評判があまり良くないとそれなり噂になっていてね」
父親と思われる方からの話に私はまたも苦笑する。どうやら彼女は無愛想なところ学園を飛び出て街まで噂になっていたようだ。
「私は彼女とはお店の席でしか話すことはありませんが、可愛らしい方ですよ」
「ヒロトさんが言うならそうかも知れませんね」
「間違いないよ!」
母親と娘さんの言葉に私は笑顔になり、ごゆっくりと言ってキッチンの方に戻る。
料理の準備の傍らリオを見るとほんのりと顔に赤みがかかり少し酔っているのが分かる。
「ヒロト、おかわり」
「少し待っててね」
リオからグラスを受け取り新しいグラスに注いで前に置く。
ほうれん草を炒めてから少し取り出してから溶いた卵を少し残して、ほうれん草が入ったフライパンに注ぐ、ある程度固まってきたので卵を巻いてから火を弱めて残りの卵とほうれん草を注ぎ込む。
「いい匂い……」
「ふふ、普通の玉子焼きですよ」
首を横に振ると普通じゃないと言ってからこちらの作業を凝視する。
お察しだと思いますが、白出しの変わりに鰹だし汁を卵に加えた出し巻き玉子を作っていた。
残念なことに異世界の料理の質はあまりよろしくなく、焼く、揚げるぐらいで調味料の分量もあまりよろしくなく、このような料理でも彼女は興味深そうに覗いてくる。
それでこの飲食店をオープンするきっかけにはなったりもするのだけども。
「はい、私からのサービスです」
「いいの?」
「ええ、今日もリオは苦労されているようですから」
切り分けた玉子を口に入れるとおいしいという声がぼそりと聞こえてきた。
「いつもそれぐらい笑顔にされていたら誤解されずに済むと思いますよ?」
「……こればかりは自分ではどうしようもない」
普段は無愛想だが、このお店で食事をする時に見せる笑顔を知るのは私のひそかな自慢だったりする。
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