第5話 後夜祭
結木がこれほどしつこい性格だとは…掬子を十年以上想い続けていたことからも、十分に分かっていたつもりだが、こうも距離感が近くなると、正直うっとうしくなる時もある。
つまりは、いつ時計を捨てるのか?ということである。
一万歩!譲って捨てなくてもいいが、仕事中はもちろん、プライベートでも結木の目の触れるところでは、例の腕時計は絶対にしてほしくないと、堂々と結木はのたまってきたのである。
「時計は必要です。そもそも、あれしか持ってないんですから!」
「じゃあ、今日買いに行こう!こういうのは早い方がいい。あ、ネットという手も
ある」
スマホを取ろうと、リビングに向かう結木を掬子は呆然と眺めた。
「ネットって…実際によく見て確かめてから買いたいんですけど…」
「とりあえず、ネットでお揃いのものを買って、それとは別に店で見て買えばいいだろ?」
「そんな一度に二本も買ってどうするんですか?」
「二本あったからって、そんな場所を取るものでもないし?」
問いかけに見せかけた断定的な口調には、結木なりの焦りもあるのだろう。一方的な関係を続けていた不安をみじんも見せず、掬子の前で平然といれるのは、普段の仕事の賜物なのかもしれない。
「結木さん、焦らなくても、私は逃げません」
スマホであからさまなペアウォッチを見ている結木が即座に返した。
「逃がすつもりはないよ」
「結木さん…」
女同士だからと朝美が気後れして、手が出せなかったカジュアルな腕時計がスマホ画面に映っている。
朝美とはかなわなかったことを結木は次から次へとやってのける。
結木となら…
「じゃあ、どこかでブランチして、見に行ってみます?」
「え?」
180度、意見を変えた掬子に驚いたのか、結木はスマホを取り落とした。
「仕事以外の時につける腕時計、確かに必要でした。これから」
恋人同士、普通に街に出かけ、食事や買い物がしたい。お気に入りのお揃いの物を身に着けたい。
そんなごく当たり前の感情が掬子に戻ってきたのだった。
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