12月28日

 まず、一つの事実をここに記しておかなきゃいけない。

 今までまともに受け入れるのが嫌で、怖くて、うすぼんやりとしかその点には触れないできた。でもそれは確実に、現実のものとしてわたしのそばにずっとあった。

 わたしを取り囲む、揺るがない事実。


 わたしは、もうすぐ死ぬ。


 余命一年と診断されたのが、およそ四ヶ月前のこと。

 勿忘草が咲くのは、九月に植えたから……そうだなぁ、四月とか、五月くらいになるのかな。まだ一年は生きていられるから、咲くところを余裕で見られるかな、って思ったんだけど。

 余命が縮まっちゃった。持っても、あと三ヶ月。

 また、別のところに移転してたんだって。もう、全身ガンだよ。

 笑い事じゃないけれど、笑っちゃう。

 もう、勿忘草が咲くころまで、生きていられないかもしれない。


 クリスマスの翌日、近藤先生が来た。

 ここには書いてなかったけど、実は今月初めに検査を受けていたんだ。その結果が出たって、教えてくれることになった。


 入ってくるなり、辺りに前日の飾りが残っているのを見て、神妙な面持ちをしていた先生はクスッと笑った。だってこんな明るいものがいきなり消えると、やっぱりちょっと寂しいんだもん。

 勿忘草も嬉しそうだし。きっと、この飾りを気に入っているんだよ。


 そしてその日、珍しく歯切れの悪かった近藤先生に、検査の結果を……つまり、わたしの余命が縮まったという事実を聞いた。

 わたしのガンは進行が早くて、自覚症状もろくにないタイプだったから、見つかった時はすでに手遅れだった。どうやったって治すことが出来ないんだけど、とりあえず進行を遅らせる薬だけは飲んでいる。効果があるのかどうかは、わかんない。

 でも、仕方ないことだけど、そのせいでかなり髪が抜けた。女の子としては、最初ちょっとショックだった、かな。

 まぁ、おかげで色々髪形変えられるし、今はこれで楽しいけどね。


 わたしは余命宣告を受けてすぐ、この部屋に入った。

 いわゆる末期患者が、余生を過ごすための施設。その一室が、わたしの日常となったこの部屋だ。

 近藤先生はわたしの主治医で、わたしが元気そうかどうか、ちょっとでも数値に異常がないか、そういう簡易的な健康チェックをして、ついでに世間話をして帰っていく。

 優しいひとだし、大好きだけど、でもつい考えてしまう。もし近藤先生が、お医者さんじゃなかったら……って。

 本当はもっと、違う形で出会いたかった。


 それからずっと、丸二日くらい泣き通しだった。落ち着くまでにずいぶんと時間がかかって、勿忘草にお水をやることさえもろくに出来なかった。

 近藤先生は、自分が結花を傷つけちゃったんだって、自分のことずいぶん責めてたんだって。先生のせいじゃ、ないのに……ごめんなさい。

 お仕事だから仕方ないのに、きっと近藤先生が一番つらいはずなのに。

 近藤先生、ごめんなさい。弱いわたしで、心から、ごめんね。

 それから、生田くんも、ごめんなさい。

 心配して部屋に来てくれたらしいんだけど、誰かと顔を合わせられる状況じゃなかった。結局、追い返しちゃったね……。

 クリスマスのことも含めて、生田くん、本当にごめんなさい。

 お母さんが心配して一緒にいてくれて、わたしの代わりに勿忘草の世話をしてくれた。雪が降ってきたから、ベランダの雪が積もらない屋根の下にヒナンさせてくれたって。

 迷惑かけちゃった。今度来てくれた時、お母さんにも謝らなくちゃ。


 ずっと、分かってたことなのに、最初から……病院で宣告を受けたその日から、いつか近いうちに死んじゃうんだって、分かってた。どれだけ薬を飲んでも、病気は進行していくんだってこと。

 うん、理屈ではね。

 でも、やっぱりそれが近づくと怖いんだ。

 人は死んだことがないから、当たり前だけど死っていうのは生きている人間にとって未知の世界。痛みも、苦しみも、この身体になってから何回も味わってるけど、それよりも怖いのはやっぱり、わたしっていう存在がこの世からキレイさっぱりなくなってしまうこと。

 いずれ、みんなの記憶からわたしという人間は消えてしまう。

 わたしという人間が生きていたことさえ、無かったことになっちゃう。


 そんなの、いや。

 怖い。


 今日はどんどん暗い気持ちになる。

 窓際の勿忘草は、相も変わらず元気に成長している。微笑ましいけど、今はちょっと憎らしい。

 緑色の葉っぱが、わたしを案じるようにさわさわと揺れていた、気がした。

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