外伝② 『走れっ!メローヌ!』

第1章『魔導兵団解体』


メローヌは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)のタイチ・ヤマシタ総司令を除かねばならぬと決意した。


話は1週間前のアムルヌイ総合火力演習に遡る。演習は全軍あげて実戦さながらに行われていた。

低いこもった音がアムルヌイの市街地まで響いて来る。住民達は遠くで雷鳴が響いてるのかと音のする方を振り返った。


演習では特にエリート部隊である魔導兵団が張り切っている。彼らは各々の力を誇示するかのように派手で大きな魔法を競うように連発するのだった。


太一はそれがどうしても不満でならなかった。

高台の指揮所でその様子を見ながら、手すりに両手を乗せ少し身を乗り出しおもむろに振り返る。

太一はガラン魔導参謀長に若干呆れたように尋ねた。


「ガラン魔導参謀長、魔法の大小、威力、その他も諸々バラツキがあるようだが?」

気をつけの姿勢をとり背をピッと伸ばし緊張した面持ちのガラン参謀長。

「はっ!皆この日のために英気を養い国のために役立たんと張り切っております!」


太一はゆっくりと演習場に背を向けて、手すりに両肘をかけるとガランの目を見据えた。

「常日頃言ってると思うが、我が軍に英雄は必要ない」

「し、しかし皆魔導兵団に入るため厳しい訓練課程を経て掴んだ栄光でございます!」


「うん、その厳しい訓練課程の最終到達点は魔導兵団だよね?」

「さようでございますが、何か問題でも?」


視線を再び演習場の方に移し髪をくしゃりと掴む。

「そこが問題だ、魔導兵団に入ったらそれでゴールってのは困る、そこがスタートでなくては……実戦配備はそこからなのだから。さらにエリート意識が強すぎる気がするんだよね、全体の足並みを乱している」


「はっ……精霊付きはやはり才ある者に与えられし特権でございます。おっしゃる事は理解できますが、当然かと」


太一は顎に手を当てて少し考えた。

「ん〜当然の権利かぁ〜、参ったな、そういうものまで引き継いじゃったのか……よし!魔導兵団を解体して再編成しよう!!」

「は?!なんですと!今なんと!」

動揺するガランへと太一はその場にそぐわないような満面の笑みを向けた。

「魔導兵団は解体、兵科変更だ」

「な……小官は承服できかねます!」


「不満かね?」

「不満というより、なんのために厳しい訓練課程を経てここまで登ってきたのかと、兵達の士気が下がってしまいます!」


「火力は高いが移動速度、展開速度が遅い、その上防御力皆無……おまけに自分の力を誇示するかのごとく派手で高火力魔法を使いたがる。これじゃ、イザという時に使えない。違うかね?ガラン君」


「しかしながら、敵味方共に長きに渡りこの方式で戦をして参りました。ここで組織改編を行えば大混乱をきたして兵力、士気の低下を招く恐れがございます。どうかご一考下さい」


「魔導兵団の火力は知っている、実に有効だ、自衛隊にも欲しい位だよ。だがそれをもっと有効に使いたいんだ、効率的に、組織的に」

「ですが…」

ガラン魔導参謀長はそこまで言って口をつぐんだ。





「よし、こうしよう、一週間後に紅白戦をやろうじゃないか、僕が負けたら今のままでいい、君が負けたら応じてくれるね?」

「閣下、その言葉確かでしょうな?」

疑り深いガランの視線に、太一は強く頷く。その条件を出せるだけの勝算が彼にあったからだ。


「ああ、陸上自衛隊に二言はない!魔導兵団の半分を貸してくれ。そうだな……弱い方でいい、君にハンデをあげよう」

「ハンデですとぉ?分かりました、閣下のお手並み拝見と行きましょう」

そう言うとガラン魔導参謀長は怒りに顔を歪ませながら、足音激しく魔導参謀本部へ帰って行った。


「やれやれ……こうも簡単に挑発に乗るようでは参謀として先が思いやられるなぁ」

太一は苦笑いしながらガランを見送った。



魔導参謀本部に戻ったはガランは荒れていた。……あまりにも色々な物に当たり散らすもので、本部の皆が出来るだけ逆鱗に触れぬよう、じっと押し黙っていた。そんな中で空気を読んでか読まずか、ガランへと一人の女性が近寄っていく。


「ガラン参謀長、どうかなさいましたか?」

「おお、メローヌ……」

肩にかかる薄水色の柔らかい髪を払いのけ、メローヌ参謀次官が質問する。

彼女は25才と若いが魔法の超エリートで魔法にはひとかたならぬプライドを持っているのだ。


「おお、メローヌか!実は……」

ガランは身ぶり手ぶりで大袈裟に事の顛末を悪意50%増しで彼女に説明した。まるでカウンセラーに悩みを聞いてもらう相談者のようにも見て取れる程だ。


話を聞き終わると、メローヌはうつむき加減でワナワナと震える。

「今何と……魔導兵団を解散すと仰るのですか?それでは何の為に今まで血の出るような努力を重ねて……」

メローヌは激怒した。握りしめた拳に悔しさをにじませ、遠く自分の苦い過去思い出さずにはいられなかったのだ。



第2章『メローヌの嫌がらせ』

メローヌの家は貧しかった。母一人娘一人、その日の食べ物にさえ困るほどの苦しい生活だった。しかし、メローヌには唯一精霊の声が聞こえると言う、魔道士になる為の資質が備わっていたのだ。

それに気づいた母親は毎日遅くまで働き娘の学費を稼いだ。メローヌは死ぬ気で勉強し、ようやく魔導学校に合格。その第一歩を踏み出したのだ。


せっせと学費を仕送りしてくれる母。そんなある日メローヌが家に戻ると信じられない光景を目にした。

そう、母親は自分の体を売り娘への学費を稼いでいたのだ。ガリガリにやせ細って、見知らぬ男に抱かれそのお金を自分の為に……。そしてメローヌの卒業を待たず病にかかりこの世を去ってしまったのだ。

自分が立派になって母親を必ず救う。それだけを目標に血の出るような訓練に耐え、猛勉強しようやく手にした魔道士の道を、タイチ・ヤマシタはたった一言でぶち壊そうとしている。


深く閉じた瞳をそっと開き静かに燃える眼差しで正面を見据えた。

「ガラン参謀長!勝てばよろしいのですね」


タイチは自信ありげに「弱い方を半分貸してくれ」と言ったと聞く、ハンデをくれてやると。

彼女からすれば魔道士を馬鹿にされ全否定されたような気分になった。

タイチ・ヤマシタ……知将だか何だか知らないが魔法をないがしろにする愚か者、化けの皮を剥がしてやるそう決心したメローヌだった。


「参謀長私に、編成はお任せ下さい」


ガラン参謀長は理解者を得て喜び上機嫌だ、メローヌには出来るだけランクの低いやつらを選抜しタイチに渡すよう言伝たのだが彼女の作った編成はもっと辛辣なものになっていた。


彼女はその実大変優秀な士官である、直属の上官から仰せつかった命令を淡々とこなし、低ランクの魔導士を単純にランキング順ではなく、著しくバランスを欠いた編成に組み直してタイチの元へと送り込んだ。

そしてその編成が終わるとニヤリを不敵な笑みを浮かべたのだ。



その頃太一は執務室で、メローヌが編成した魔導兵名簿をノヴァより受け取った。それに目を通した太一は悲しむどころかメローヌの作った編成をみて喜び感動していた。

「カズイチ君!これを見てみろよ、これは凄い!!芸術的だ!」

「え?どうしたんですか?」

執務室にお茶飲みに来たカズイチの元に駆け寄ると、お茶をテーブルに無理やり置かせて編成表を見せてくれたのだ。


「これまた……随分偏った……という以前の編成ですね、いやぁ……これは……明らかに悪意を感じますねよ、しかも凄い怨みのこもった……太一さんなんか怒らせることでもしたんですか?」


「いや、ちょ〜っと挑発してみたんだが……ここまで乗ってくれると逆に清々しい。でもまぁコレはガランの仕事では無いな……コレを編成した奴は、その逆も出来るって事だ。どんな奴だろう……会ってみたいなぁ〜」

太一は後頭部をポリポリと掻きながらニヤニヤとうれしそうにしている、まるで懐かしい友人に会いに行くようなそんな雰囲気だ。


「それは良いんですけど、どうするんですか?この物凄く恨みのこもったグズグズの編成を……何なら手伝いましょうか?」

太一は執務室の机にどっかりと腰を下ろす。カップから飲み物をくっと一口あおり窓の外を見た。


「あ、今回は良いよカズイチノ君……」


そう言いかけてタイチは何か閃いたようだ、すっと立ち上がり窓まで歩き外を見る、そしてゆっくりと振り向いてガキ大将が悪戯を考えついたような顔をした。

「カズイチ君やっぱり手伝って!」

「ハィ!ヨロコンデー!で、どんな魔法のオーダーですか?」


ツカツカと僕の前まで歩いてくる、横目で僕の方を見ながら肩をポンと叩く。

「いや、君は僕の横に黙って立っててくれるだけで良い、ちょっと自信たっぷりな感じでね」


「それだけですか?まぁ太一さんの事だから何か考えがあっての事なんでしょうけどね」

太一はニヤニヤしながらノヴァに声をかけ、お茶をもう一杯要求した。よほど機嫌が良いのだろう、ノヴァが足腰立たなくなるまでモフり倒して楽しんでいた。



第3章『落ちこぼれ達のララバイ』

翌日、編成された魔道士たちと面会するために魔導兵全員を集合させた。

ガヤガヤと騒がしく、司令官が目の前に居るにも関わらず好き勝手におしゃべりをしている。

魔導兵団解体と言う悪意ある一方的な情報と、こちらに配属になった者にはもう出世の道はないと吹聴され、落ちこぼれと役立たずのレッテルを貼られて送り込まれているのだ。


殆どの者がふてくされてやる気を全くなくしている。

その中には性格に難のあるプライドの塊みたいな高ランキング者達がと属性バラバラの状態で少なからず配置されており、編成者の念の入れようが見て取れる、しかもその者たちは他の低ランク魔道士を見下し、すでに魔導部隊の中でさえギクシャクして亀裂が入ってる有様なのだ。


それを見た太一はボソッと呟いた。

「己の欲せざる所、他人に施すなかれ……か……」

「は?太一さんそれなんですか?」


「ああ、論語だよカズイチ君」

「論語と言うのもは存在は知ってますが……で、どう言う意味ですか?」


「うん、自分がされて嫌な事を人にしてはいけない、って意味だが。見事なくらい自分がされて嫌な事をコッチに押し付けてきたよ、はっはっは」

「はい、この人選を見るだけで、向こうの激しい怒りを感じますね」


それでも太一はどことなく嬉しそうにしているのがカズイチから見たら不思議でならなかった。

「こう言う人材も発掘できるから、挑発行為は止められない」

「太一さんも人が悪い……」


太一はズンズンと演台に歩をすすめ、兵士達にに訓示を行うと驚くことに奇跡が起こったのだ。いままで統制の取れていなかった魔導兵たちは、少しずつ正面を見据え始め、話が進む毎にその目の色を輝かせて行った。太一の訓示は至って普通であったが、たった一言が彼らの心に火を付けた。

「今回の紅白戦には、大魔導士カズイチ・アオイも我が陣営から出撃する!」

別に太一の訓示が感動的で素晴らしかったのではない、太一の横にカズイチが立っていたからである。


カズイチは既に魔道士達の間では伝説の人物だ。何故ならたった一人で1万の敵軍を追い払ったと言う変な尾ひれが付いて兵士達の間に広がっていたからだ、最弱、最低ランクの精霊を2体しか持っていないのにも関わらず、500人を一撃で吹き飛ばしたと言う伝説も語り継がれている。同じ部隊で戦った中隊の者の一部が5割ましで「俺は一緒に彼と戦った!その時の魔法の凄さと言ったら!」と言う具合に、さらに膨らませ噂話が一人歩きする、もはや彼は一種の「戦場のフー・ファイター」扱いになっていた。


低ランク者からは超カリスマとして、高ランク者からは「奇跡のカズイチ」、「本物の魔法使い」として崇拝している者までいるのだ、そのカズイチが太一の横に立っており、自分たちと共に戦う!テンションが上がらない方がおかしい。たったコレだけで、魔道士達の戦意を高揚させた。そして最後に太一がトドメの一言を告げた。


「あいつらに、一泡吹かせてやろうぜ」


落ちこぼれのレッテルを貼られた者たちだ、一泡ふかせる、その言葉に戦う意味を見出した。みな拳を握り高く突き上げその士気は最高潮に達した。

カズイチを一個横に飾っただけで、使い物にならなかった烏合の衆が一瞬にして精強な兵士に生まれ変わった。カズイチはそれを目の当たりにして、太一の凄さを改めて認識させられたのであった。


その後の編成は実にスムーズに行えた。結局太一は魔道兵団を跡形もなく解体してしまい、歩兵や騎馬隊の中に混ぜ込んでしまったのだ。

紅軍から見たら、それはもう完全に魔道兵団は要らない子扱いに見えた。





第4章『部隊揃って喧嘩(ゴロ)合戦!』

紅白戦当日、空は澄み渡り模擬戦日和だ。

太一は全兵士の前に立ち演説を行い最後に付け加える。

「えー、あまり張り切りすぎて、怪我などしないようにお願いします。」

白軍からは爆笑の笑いが上がり、紅軍は押し黙って怒りをあらわにする。見事に対称的と言えるだろう。

太一はそれをみて益々感心した、人心の掌握とコントロールが抜群に上手い奴が紅軍には居る。

はやく演習を終わらせてそいつに会いたい!


いよいよ模擬戦闘訓練が開始される。

それぞれの陣地に分かれ、陣形を形作る。ガラン参謀長率いる紅軍は方形陣を敷きそれを本隊、左翼、右翼の3つに分けた。左翼部隊を率いるのはメローヌ参謀次官である。


対して太一の部隊は分隊単位で演習場一杯一杯に広がって間隔も広くとっている。

ガラン参謀長とメローヌは唖然とした。タイチは素人か?そのように思ってしまったのだ。

ガランとメローヌはそもそも、アムルヌイ会戦後にエドガー侯爵が占領軍として合流させた軍にいた人間だ、太一とカズイチの戦いを実際に見たわけではない、知将、名将と周りがもてはやすがいささか懐疑的であったのは否めない。


はっきり言って、ガランが方形陣のまま演習場内を自由に動けば、薄い陣形の彼らは掃除機に吸い込まれるゴミのごとく消えてゆく。ヴェレーロで戦慣れしている人間は誰しもそう思うし、そう信じて疑わない。


それは通信手段が目視と音声で伝達される戦場の常識だ、兵と兵の間隔は狭く、将は後方から眼前に全ての戦場をみて兵を動かす事ができるからだ、だが太一の世界では違っていた、通信は無線にて行われ戦場は数百キロ単位で広範囲にわたり、それを無線で状況を確認しながら戦力を投入する。

そう、戦争そのもののあり方が全く違うのだ。


ガランは馬上よりそれをみてかなり困惑している

「さて、どうしたものか、敵は陣と呼ぶにはあまりにも薄すぎる、分隊単位で散らばって何が出来るというのだ?」

横で馬の手綱を引き、乗馬を諌めるように操りながらメローヌが具申する。

「白軍の意図と戦術的意味が一切不明ですが、圧倒的にこちらに有利な状況を意図的に作っているのは明らかです。ここは騎馬隊を出して牽制し敵が何をして来るか見極めてはいかがでしょうか?」


メローヌの具申を受けて少し機嫌が悪くなるガラン、次官の分際で自分に意見するのか?と言う空気が明らかに見て取れる。

「だた戦をしらぬ素人ではないか、そのような小細工など労せずとも全軍で縦横無尽に駆け抜け踏み潰せば良いだけだ!」


メローヌは直感で危険を感じ取っていた。

「お待ちください!それは敵の思うツボです!乗せられはなりません!」


優秀な部下を疎ましく思い、その意見を採用する事が出来ない器の小さい人物が上に立つ典型的な例であった。

「メローヌ貴様ワシの方針に意見する気か!」

ガランが激しく叱責しているその瞬間でも状況は動く。本陣に伝令が駆け込んで来る。

「報告します!左右両翼より白軍騎馬、数十分隊規模で逆進して行きます!」


「なにっ!奴らはあんな少数の部隊で何をしようと言うのだ!」

「ガラン閣下!あれは陽動です、こちらが動くように挑発しているだけです!乗ってはなりません!」


「メローヌ!それはワシが判断する!お前はワシの命令に従っておれ!」

青筋立ててキレまくるガラン魔導参謀長、そして高く手を掲げ振り下ろしながら全軍に指示を出した。

「右翼は右翼の騎馬隊に迎え!左翼は左翼を!後方に回り込ませるな!中央はワシに続け!魔導兵団は攻撃開始!突撃!!」

メローヌは歯を食いしばり悔しさをにじませたが、命令に従い左翼方向に動く白軍騎馬隊を追った。

号令と共に紅軍の魔導士たちは個々に魔法の攻撃を開始した、其々が己が魔術を競うように大きく派手な魔法を次々と打ち出す。だが、広範囲に広がる白軍には対して効果は得られずあっと言う間に魔力が枯渇して使い物にならなくなってしまった。


そうなると、燃料の切れた魔導兵団など戦場において邪魔以外の何物でもない、前面に出ていた中央部隊は後方からの騎馬が上がれずにいた。


白軍陣営にて太一の横に付いた経験の浅い参謀は軍刀を握りしめて興奮しながら戦況を見ていた。

「太一閣下!素晴らしい知略です!左右に陽動部隊を走らせただけでガラン中央部隊を無力化なさいましたね!お見事です!小官はいま感動で胸が熱くなっております!」

太一に陶酔して行く参謀の顔は真っ赤に高揚しておりまるで自分の手柄のように盛り上がっている。


太一は馬上で方々から賞賛を浴びる、当の本人は顔に手をあて泣きたくなる気分で一杯だった。

「嘘だろ……なんで陽動部隊出しただけで、ガラン中央部隊が大混乱を起こすんだ?あいつ素人なんじゃないか?よく参謀長になれたなぁ」


右翼を指揮する指揮官はまだ若く、名前もよく覚えていないヒョロヒョロに痩せて軍人らしくない男であった。

どんな指揮を見せてくれるのかと楽しみにしていた太一だったが、こちらも指揮官としては使えない男だった、白軍の動きを見てから対応していくタイプだ、少数でスピードのある白軍に対して全体を動かそうとしている。魔法攻撃も強力ではあるがバラバラに各個で撃って来るのでさほど脅威ではなかったのだ、あれよあれよとその数を減らし、反包囲されて中央部隊に合流すべく退却を始める。


混乱している中央部隊に対して、太一は魔導狙撃兵を投入し、早々にガランの頭をペイント弾で撃ち抜いた。白色のペイントで頭を真っ白にしたガランはがっくりと肩を落とし戦死者待機場へと下がっていった。


ここからはワンサイドゲームだ、太一は高レベルの魔道士に対し命令を下す。

横一線に並べられた魔道士は合図と同時に規定規模の魔法を一斉射する、効率よく着弾し紅軍兵士は次々に白いペイントで戦死判定を受けて行く。厳しく魔力制限をかけられ撃ち出されるので、計算通りの弾数を放つことができる。


先ずは夾叉射撃(きょうさしゃげき)により紅軍兵を挟み込むように撃ち込む。

そして、その真ん中に残りの魔力を一気に叩き込み片っ端から中央軍兵士を白く染めて行った。魔力を使い切った魔導兵は馬で後方に下がり新しい魔導兵と入れ替わる。右翼から合流した別働隊はこれを見て唖然とした。

太一は左翼と合流して態勢を立て直してくれるのかな?期待したのだが、右翼の指揮官は予想しなかった訳ではないが、太一の想定のなかで最悪の一手打ってきた、全軍突撃命令だ。

中央軍の指揮官不在、右翼の突撃、これにより白軍は混乱を極め戦死判定者の山を築いていった。

太一は馬上で両手を顔にあて、泣きたいのを堪えた。実戦慣れしていないにも程がある!

これでアムルヌイをヴェレーロや亜人国から守ることができるのだろうか?

これではまさに前門の狼、後門の虎、獅子身中の虫である。


この調子では左翼も時間の問題だろうなと、ため息を付いたその時であった。白軍の中央司令部に精霊通信が飛び込んでくる。

「こちら右翼陽動隊!敵の左翼に足止めされ苦戦している、来援を乞う!」

真っ青だった太一の顔に紅がさした。いや、味方の危機に嬉しそうにする訳ではない、紅軍の左翼指揮官がとてもまともな人材だった事にようやく安堵できたのだ。


左翼指揮官はメローヌだった、ガランに煙たがられ左翼兵力と共に追い出されたおかげで、自己の判断で戦場をマネジメントできる自由を得たことが功を奏したのだ。


彼女はまず騎馬を出し陽動隊の様子をみる。

騎馬の中に魔導兵が配備されているのだ、その様子をみてメローヌは心を痛めた。

「慣れない兵種を、慣れない場所で使う……タイチめ何という愚かしさだ!適材適所という言葉を知らんのか!騎馬隊突撃!魔導兵の騎馬は烏合の衆だ!蹴散らせ!」


だが、次の瞬間自分の目を疑った。馬上の魔導兵が凄く小さな魔力を物凄い数で叩きつけて来たのだ。

一つ一つは小さな魔力だが、騎馬の鎧を貫き致命傷を与えるには十分な威力、それを走る騎馬の上から数千発も浴びせて来るのだ。


自軍の騎馬隊はあれよあれよと白く染まって行く。そこへ本職の騎馬隊が突入して木製の槍で紅軍をボコボコにして行くのだった、背後に回られても魔導兵が支援火力を叩きつけて見事としか言いようのない連携で前衛の騎馬隊を粉砕した。


メローヌはそれを見て早々に頭を切り替えた。

太一の言う魔導兵解体の意味を瞬時に理解した、これを歩兵分隊に至るまで支援火力として配置させているのか……適材適所などと言う生易しいものではない、自分たちが信じてきた魔導兵を支援火力として細部まで行き渡らせ、機動力と防御力をつけた、全く新しい魔導兵科だ。


「太一がやりたかったのこれか!!!」思わず総司令官を呼び捨てにして叫んでしまった。

メローヌの心の奥底からゾクゾクとした武者震いが上がってくる。全身に鳥肌が立った、感動したのである、知将タイチ・ヤマシタの器に感動したのである、それは彼女の心に恋心の炎を灯すのに十分な熱量であった。


だがそれが恋心とは分からずにいた、タイチが憎い!自分に誤解をさせて、魔道士のプライドをズタズタにして、いま目の前で自分の信じて、すがっていたモノを粉砕したあの男!タダでは済まさない!

必ず一泡吹かせてやる!

決心したメローヌは一時後退を命じた。

左翼に援軍として駆けつけたのは特殊作戦群のセイバー小隊とクリーチャー小隊、敵の殲滅と撃破を専門とする特殊部隊だ。そこへなぜか救出警護専門のガーディアン小隊が加わる。ガーディアン小隊長は毎度おなじみグロームだ。


メローヌの一時撤退案も勘定に入れており、出来るだけ撤退出来ないように最大限の嫌がらせを行う、諦めて突入してこないように撤退の可能性を残しつつ、嫌がらせを行うのだ。この絶妙なさじ加減はグロームが得意とするところ。

もしこれをクリーチャー小隊やセイバー小隊が担当したら、メローヌは撤退を諦めて突入せざるを得なかったであろう。


メローヌはそれすら読み切った。

「恐れるな、あれは我々を退却へと誘導している!最後尾に重騎馬を配置し撤退戦を行う時間を稼げ!魔導兵は軽騎馬に分乗させてもらい退却!態勢を立て直すぞ!」

退却を完了したメローヌは直様隊の再編成を行う、携帯食を兵に取らせながら編成を組んで行く。

メローヌの部下は士気も高くまだ諦めていない、必ず右翼と中央が助けに来てくれると信じている、ただ一人メローヌを除いては……

「白軍は終始この編成で臨んでいる、右翼も中央も今頃は……恐らく……」

携帯食の干し肉をかじって水を煽るりながら左翼だけでどう戦うか戦術の再構築を行っていった。


うん、自分がされて嫌だった事を相手にすればいい……メローヌはここで魔道士のプライドを捨てた。

「良いか聞け!まだ魔力の残る魔道兵は軽騎馬に分乗しろ!主に隊長騎、分隊長騎に乗れ!」

ザワザワと兵に微かな動揺が走ったがメローヌがしっかりフォローする。

「さっきの白軍をみたか?あれは困った!実に困った!皆もそうであろう?」

休憩する兵たちは、メローヌを見据え各々にうなづいた。


「同じ事をやって、奴らに一泡吹かせてやろう!多少アレンジして!」

「オー!!!!」

残った兵もメローヌに勇気付けられ奮い立たせた。




第5章『走れ!メローヌ!』

同日の午後過ぎに薄い中央部を一列になってメローヌ隊が白軍の本陣目指し突っ込んで来る。

分隊規模で分散配置されていた所に細い針のように侵入してくるのだ、左右から魔弾が礫如く飛んでくる、だが、メローヌの各馬に分乗した魔導兵も左右に魔弾の反撃を浴びせる、さらに高レベル者の援護射撃を列の左右に降らせ弾幕を形成し、その中を一直線に突っ込んできた。


「恐れるな!狙うは総大将タイチの首一つ!それで我々の逆転勝ちだ!!進め!」

勇敢に木刀を高々と掲げ弾幕の一本道を駆け抜けて白軍の本陣に迫った。


「タイチ!分散配置させた愚を思い知るがいい!!」

メローヌ隊は本陣の幕を突き破り突撃してくる、そして眼前見える敵の総大将タイチ・ヤマシタに向け木刀を力一杯振り下ろした。急襲を受け驚く太一に勝利を確信して叫ぶ

「タイチ・ヤマシタ!策に溺れたな!覚悟!!!!」


鈍い音がして、太一はばたりと倒れた、完全に伸びている。

「タイチ・ヤマシタ討ち取ったり!!!!」

メローヌは大盛り上がりで勝利を確信した馬上から降りてタイチを乱暴に引っ張り起こす。

そして、メローヌは愕然として膝を折った。そこに伸びていたのは、太一ではなく、カズイチの方だった。

判定員が叫ぶ

「カズイチ・アオイ戦死!!」

「バカな!太一はいったい!!!どこに!!!」


答えは最初に援軍に行ったクリーチャー小隊に紛れ込んで指揮をしていたのだ。


「してやられた!!」

そう呟いた時に女性士官が二人木刀を振り下ろしてメローヌに飛びかかって来た。

「ちょーっと!!!そこの野蛮人!私の夫に何て事してくれたのよ!!」

「いやぁ!〜カズ君!大丈夫?デカイコブできてるよ!あんた!私の夫に何て事してくれるのよ!!」


鋭く振り下ろされる木刀には明らかな殺気が込められている。

「え!ちょ!なに!まって!きゃぁあぁああ!!!!怖いぃぃぃ!!!!!」


太一が本陣に戻った時、ものすごい勢いで目の前を走り去る女性の姿を確認した。

鎧は剥がされ、服は破かれ、ペイントで全身真っ白で、太一は後に述懐する。


「真っ白な等身大の妖精がけたたましい奇声を発しながら目の前を駆けて行きました。この世の終わりを告げる妖精かと思いました」

と……


「ごめんなさぁ〜ぃ!!」

泣きながら走るメローヌの後ろを、エリザベートとアリビアールが物凄い剣幕で追いかけて行く。

「ごるぁぁぁぁぁ!その尻に木刀突き立てて、夫の墓前に供えてやるから大人しく尻だしなさい!!!!!」

「この木刀で叩きに叩いて生きたまま揚げて人間カツドゥーンにしてやる!カズ君のカタキぃ!!」


太一が本陣に戻ると白ペンキでホルスタイン状態になって倒れるカズイチ、その背中にはメローヌ以外の足跡もクッキリと残っている。報告で左翼の指揮官はメローヌ参謀次官という事が分かり嬉しそうにしている太一。


「走れ!メローヌ!その二人には決して捕まるなよ〜〜〜」

太一は心底からメローヌの身を案じて叫んだ。



第7章『メローヌ魔法参謀長』


後日、ビクビクしたメローヌが司令部に出頭した。

あの後結局二人に捕まり、土に埋められ木刀でずっと突かれながら説教を受けていたらしい。


「君がメローヌか、やっと会えたね。この日を首を長くして待ち焦がれたよ」

太一は優しい微笑みで、椅子に座るよう促した、メローヌは直立で敬礼し始めて太一の顔をマジマジと見つめた。


「太一閣下!魔導兵団解体ではなく、再編成だったのですね!私その……申し訳ありませんでした!」

太一はノヴァにお茶を入れさせメローヌに勧め、自分も香りを楽しみ一口嗜んでメローヌの瞳を見つめた

「いや、君の数々の嫌がらせ、本当に心から嫌だった、戦う前から最高の嫌がらせだったよ」

メローヌはその場に土下座して謝った。


「ぁ〜それ太一さんの褒め言葉だから」

背後からカズイチの声がした、メローヌからすれば憧れの大魔導士カズイチ・アオイである、この様な状況でなければサインの一つもねだりたい所だ。

「太一さん、安全だから、お茶でも飲んでノンビリ座っておけばいいよって言いましたよね?」

カズイチは明らかに機嫌が悪い。


「カズイチ様も大変申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!!」

額が赤くなるほど地面に頭をこすりつけて謝罪する。腕組みしながニッコリ笑うカズイチ。

「ウチの嫁達は怒らせると怖いだろ?」

「はい!もう2度と致しません!あのような猛獣を手なずけているカズイチ様はやはり大魔導士で私たちの憧れです!」

褒めているのか、いないのかよくわからない返答であった。


「顔を上げたまえ、話もできんよメローヌ魔法参謀長」

太一は執務室の机の上から辞令書を取り出してメローヌの前に持ってきた。


「え?私……が?参謀長ですか?ぁああああ!?」

驚いて後ずさりする。

「ああ、今後もその性格の悪さを敵の将にぶつけてやるんだ、期待してるよ」

そう言って辞令書を手渡した。その時手が触れ合い、メローヌは心の中にある熱は恋だという事に気がついた。顔を真っ赤にして太一を見つめる。


「あ…あの…」

太一はゆでダコみたいだなと見つめ返した

「私を……お嫁さんにしてください!!!!」

そう言い切った時にカズイチが横から口を挟む。

「ああ、太一さんヒト種以外じゃないとダメみたいですよ」

物凄く語弊のあるセリフだった。


彼女はショックを受けて帰って行った。次の日から太一さんをヒト種に目覚めさせる活動を行うと宣言し司令部に入り浸ったが、未だ思いは成就していないようである。


アムルヌイに魔法兵団は存在しなくなった、代わりに魔導兵による分隊支援火器として随行するようになった、歩兵や騎馬兵はこころ強い支援が受けられ、心から喜んだ。

また低レベルい者でも十分力を発揮する事ができ、魔法兵も大いに喜んだのである。


「魔導兵、陸上自衛隊にも欲しいなぁ」

そう太一は呟いた。


外伝 走れ!メローヌ!

終わり

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バカ精霊の使い方を僕なりに真剣に考える。 チェレステ @celeste

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