第4話 「天の頂」

 上層階は所々酷く崩壊していたが幸いにもヴィランの影は見えず順調に階層を進めた


最上階てっぺんだ」


 タオの見つめる螺旋階段の先は真上から日の光が差し込んでいた

 レイナは更にその先を見つめて確信する


「いるわ、この上に」


 3人が『運命の書』を取り出す


「少し待ってもらえませんか・・・母と話をさせて下さい・・・お願いします」


 ノアの真剣な眼差しにされ3人は挟みかけたしおりを外した


「危ないと思ったらすぐ出るから」


 レイナの言葉を受けノアがこくっとうなずく


 最上階、真上から降り注ぐ陽の光が足元で反射し世界が白とびする

 目を細めてあたりを窺う・・・ヴィランも人も誰もいないそう思った時

 元凶は陽炎の奥からユラリと姿を現した


「あらあらノア!やっぱり来てくれたのね!街の皆さんにお迎えに行って貰ったのに

 一向に来てくれないから心配したのよ?」


 夕ご飯は何が食べたい?とでも言うような雰囲気で母は話しかけてくる

 信じたくなかった現実をありありと突き付けられノアの握り締めた拳がブルブルと震える


「そうそうパン屋のおじさんにもお願いしたんだけど・・・ちゃんと会えた?」


 うつむいていたノアがギリリと歯を食いしばり顔を上げた


「母さん・・・父さんは?」


「父さん?父さんならここに居るじゃない?」


 母の更に奥、陽炎の中で今度は大きく黒い影が現れた

 全身鱗に覆われ頭からは角、鋭い牙の間からは呼吸に合わせてチロチロと炎が漏れ出す

 その獣は母の横に立つと蝙蝠のような翼を広げ咆哮した


「ド・・ラゴン??なんてことを・・・」


 淡い希望を砕かれ視界が滲む


「お父さんったら嬉しいのは分るけどそんなに興奮しないで」


 隣に立つバケモノに穏やかな表情で微笑みかける母を見てノアは思った

 全ては自分のせいだと。偽りとはいえ災厄までの日々を穏やかに過ごせるようにと

 一人重荷を背負い続けたおさ、真実を受け入れられずあらゆる者を犠牲にしながら

 救い出そうとしている母。全ては自分が他人ひとと違ってしまったから


「母さんは間違ってる!大勢の人を不幸にしてまで自分の運命を変えたいとは思わないよ

 だからこの悪夢を終わりにして運命を元通りに調律してもらおうと思ってる」 


「元通りに?そんなこと無理だわノア」


「大丈夫レイナ達なら母さんを元に戻せる!・・・ですよね?」


 ノアは後ろを振り返り呼びかける

 姿を見せた3人はすでにヒーローとのコネクトを終え臨戦態勢だった

 穏やかだった母親の顔が真顔になり、やがて引きつったような笑いが浮かぶ


「そちらはノアのお友達ぃ?でも今は家族3人で大事なお話中だから・・・

 帰って頂きましょうねぇえ!!」


 ノアを無視し父であったドラゴンが突進していく

 対するエクス達は猫に人狼に大きなリボンの少女

 ここまで何度も戦いを見てきたノアには解ったダメージ覚悟の特攻だと

 防御を捨てた決死の攻防は確実にエクス達が流れを引き寄せていた

 それは母の狼狽うろたえた様子を見ても明らかだった


「なんでっ!なんでなのっ!このまま元に戻ったらあなたに待っているのは、また嘘の使命と理不尽な死なのよ!そんなの認められない!ぜったいに!!イヤよっ!こんなに苦しかったのにまたこの気持ちを繰り返すなんて・・・・・・うっ・・うぅ・・・」


 ただの一度でここまで心を壊してしまったのにそれを何度もなど想像するだけでも

 相当な苦痛に違いない。狂乱からいつしか泣きじゃくっている母へそっと寄り添い

 ノアは震える母を抱きしめた


「大丈夫、大丈夫だよ母さん。もうこんな気持ちにさせたり悲しいことを繰り返させたりなんて絶対にしないから・・・」



                         ※



 この足場がいつ崩れてもおかしくない、そんな状況で一歩も引くことは出来ないエクス達の

 猛攻で形勢は自分達に傾いていると感じていた・・・ そう、ついさっきまでは確実に押して いたはずだった


「ブレス来るぞぉおお!」

「クッ・・・しぶといわね、このメガドラゴン」

「追い込まれて断然動きが良くなりやがった。手負いの獣ってやつか?シェインの方も心配だってのに・・・」

「でも、回復してるわけじゃないっ!もう少しで倒せるはずだよ!」


 相手がいくら凶暴になろうが今は躊躇している暇は無い

 エクスは尾の薙ぎ払いを前方飛びながらかわした。このまま上段からの重い一撃をと剣を 振り上げたがメガドラゴンは思いのほか素早く尾を振りぬき姿勢を低くして待ち構えていた

 突進が来る!そう直感するが攻撃態勢に入った空中で、もはや回避は不可能

 全身全霊で迎撃するのみと覚悟を決めた

 しばしの滞空の後、不意にメガドラゴンの視線が逸れた。そして打ち出されると思われた

 突進は来ずエクスの一撃がメガドラゴンを切り裂いた

 あの刹那メガドラゴンの視線を奪ったのは何だったのか


「ノアァァァーーー!!だめぇぇぇぇ!!!!」


 巨大な体が霧散する中、背後からの悲痛な叫びに振り向くと塔の縁に立ったノアが

 穏やかな顔でゆっくりと後ろに倒れていくところだった



                      ※



 これが最良の選択だと思った。調律前に死んでしまった場合、調律後その人は人々の記  憶から消し去られる。なら、ここで自分が居なくなれば誰も悲しまないし不幸にならない。

 短い付き合いだったけどレイナ達ならきちんとやってくれると信じられるし、それなら自分も 安心して逝ける。


 名前を呼ぶ声が聞こえる・・・母だ。自分が壊れてしまうほどに愛してくれた母

 最後くらいお礼を言わなくちゃ、こんなにも愛してくれて


「ありがとう・・・」


 全てから解き放たれた体は一瞬重力からも解き放たれその後落下するはずだった


 ――――ノアァァァ!!


 右手首に強い衝撃が走る

 コネクトが解いたエクスが自分の名前を呼んでいた


「エクス、お願いだから手を離して」


「嫌だ、絶対に離さないよ!こんな結末にならないで済むようにきっと僕がなんとかするから諦めないで!!」


「エクス離すんじゃねぇぞ!お嬢っ!もう持たねぇ始めてくれー!!」


「分ってるわよ!」


「みなさん、お節介すぎです」


 遂に塔が傾き出し全てが空中へと投げ出された

 全てが落下する中、レイナが取り出した本からグリーンの淡い光が溢れ出す

 やがてその光に辺り一面は飲み込まれ――

 


                     ※



 お使いを頼みたいという母を振り切ってノアは家を出た。行く当てがあるわけではなかった

 ただじっとはしていられなかった。路地を抜け街の外れまで来た

 小川の辺で座り込んでいる4人組みが見える

 足が自然にそちらに向いた。近づくにつれどんどん早足になり気が付くと走っていた

 初めに木刀を背負った少年が気付き驚いた様子でこちらを見る

 4人の前に立ったノアは呼吸を整え言った


「嘘つき!全部忘れるって言ったのに全部覚えてるじゃないですか!エクスに掴まれた腕の感触までしっかり!あの時きっとなんとかするって言いましたよね?なんとかしてくださいよ!!」


 一行がノアの剣幕に圧倒されるなかシェインが口をひらく


「えっと、姉御・・・これってもしかして」


「えぇ、おそらくそうよね?タオ」


「あぁ、きっと違いねぇ。ってことは・・・」


「あの・・・ノア、よければ君の『運命の書』を見せてもらえるかな?」


 ノアは動揺した小さな頃から誰にも見せないようにときつく言われた自分の『運命の書』

 誰かに見せるどころかここ何年も自分だって開いていない。なぜなら開く意味が無いのだ から・・・


 躊躇するノアの姿を見てエクス達は自分たちの『運命の書』を取り出した

 そしてノア前でページを開いて見せた

 そこには真っ白なページが続いていた

 あの日見た自分のものと同じ白いページが


「ノア、この『空白の書』は自分が何者になるか自分で決められるという証なの。ここに残るのも外の世界に出て自由に旅するのも己の選択次第、あなたはどうしたい?」


 レイナがやさしく問いかける

 真っ白なページは罪の形ではない、自由の象徴なのだと彼女は教えてくれた

 何を悩むことがあるだろう。おさの重荷を下ろし、両親を救いこの世界を

 守れる方法がここにある。ノアはレイナをまっすぐに見て言った


「外の世界を見てみたい」


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ノアと神の御柱 exemplary wreckage @wreckage

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