第3話 「螺旋の先」

 そう間を置かずに2連戦。本人は大丈夫と言い張っていたがシェインの疲労と

 日が傾いてきたこともあり、一晩おさの家の来客用の部屋を借りて

 塔に登るのは翌朝という事になった


「僕たち最上階てっぺんまで行けるかな?」


 夜空に吸い込まれる天の御柱を見上げたエクスがつぶやく


「不安か?そういう時はな、早く寝るに限る!たどり着けるかどうかなんて登ってみなきゃ解んねーんだし考えるだけ無駄ってもんだ!」


 わしわしと頭を撫でられながら自分とタオとの違いを考える

 経験の差?このまま幾つもの想区を旅すれば自分もこんな風に肝の据わった考え方が

 出来るようになるのか・・・・


「まーた何か難しいこと考えてんだろー!」


「わかった、もう寝るよっ寝るってば!」


 心地よい夜風が吹く中

 この街がすでに災厄に飲み込まれつつある事を知るものは居なかった

 

                    ※


「ノア、昨日も話したけど最後にもう一度確認するわね」


 出立の支度を整えた一行とノアは

 昨日砕かれ、ただの岩となった封印の礎ふういんのいしずえの前に集合していた


「状況からしてあの塔内部にカオステラーがいる可能性が高いわ。私たちは塔を上りカオステラーを止めこの世界を調律する。その過程で昨日みたいな・・・いえ、それ以上の敵と戦わなくてはいけないと思う。」


 それ以上言わなくても大丈夫とでも言うようにノアが一歩踏み出す


「十分理解しています。皆さんと違い特別な力のない自分では身を守ることすら危うい上に足手まといになるであろうことも・・・それでも両親が街の人達が危険な目にあっているかも知れないと思うととてもじっとなんてしていられません!だから、どうかっ!」


 頭を下げようとするノアを今度はレイナが手を握り止める


「ごめんなさい。あなたの覚悟を確かめるようなこと聞いて」


 そしてそのまま手を引き静かに事の成り行きを見守っていた仲間に声をかけた


「それじゃあ出発しましょうか!」


「おう!あらためてよろしくなノア!シェイン、臨時だがタオファミリーが増えたぞ!」


「いいですね!タオ兄!!これでシェインにも2人目の後輩が・・・あ、でも新入りさんはこき使っちゃダメですよ、まだ新入りさんなんですから!」


「ぼ、僕はそんなことしないよー!それにいい加減名前で呼んでくれても・・・」




                      ※


 間近で見る天の御柱は想像以上の迫力だった

 真下から見上げるとゆっくりと倒れて来るようなそんな圧迫感さえ感じる


「凄いですね・・・正しく神の御業・・・」


 ノアが感嘆のため息をついていると、反対側に回ったタオの呼ぶ声が聞こえた


「ここから入るしか無さそうだな」


 塔の周囲をぐるりと見て回ったが入り口らしき物は見つからなかった

 その代わりエクスでもジャンプすれば手が掛かりそうな高さに窓がひとつ

 その窓に先に中の様子を窺ってくると言ってタオがよじ登り入っていった


「うっひょー!!どうなってるんだこれ?すげーな!」


 何だか凄いという事しか伝わってこないタオの実況にヤキモキしたシェインが呼びかける


「タオ兄ー!何があるんですか?もしかしてお宝ですかっ!!」


 再び窓から顔を出したタオがニヤリとしながらシェインを見る


「お宝なんか目じゃない位驚くぞ!」


 マジですかー!と元気良くジャンプしたシェインはタオに引き上げられ中に入っていく


「次はノアだな!」


 はい!と元気良く走っていったノアに予想外のことが起きた

 例えるなら実際には飛ばないけどジャンプするマネをしている人

 背伸びをしているのかと思うぐらい飛べていない


「ノアってもしかして・・・運動音痴?」


 がっくりと肩を落としたノアが悲しそうにつぶやく


「前に超が付きます・・・」


 結局エクスが肩車をしてタオに引っ張り上げてもらう事になった

 よいしょ!と立ち上がろうとしたエクスが一瞬固まった


「お、重かったかな?大丈夫?」


「なっなんでもないよ!大丈夫!」


 申し訳無さそうな声のノアにエクスは慌てて返事をして体を起こす

 上背のあるノアを真っ赤な顔でタオが引っぱる


「ちったぁ自分でも力出せよぉぉおおお!!」


「これでもっ・・・いっちおう・・頑張ってるんんんんっ!!ちょっ!アッー!!」


 上がったかと思われた瞬間ノアの姿は塔の中へと消えていった

 何だか良くない音が聞こえシェインが騒いでいる中

 タオの回復を待ってエクスとレイナも塔の中に入った


「タオの驚いてた意味が分かったよ」


 そう言ってエクスが見渡した部屋はだだっ広いフロアの端に螺旋階段が付いている

 そんな造りになっていたが、サイズがおかしい。広さは外から塔を見て想像した倍は軽く

 超えて街の広場とそう変わらないんじゃないかと思えた

 

「なっ!すげーだろ!!」


「シェインは床や壁が金で出来てるとかそういう驚きを求めていたんですが・・・」


「内と外じゃまるで別次元ね・・・この塔を建てたのは神様より魔法使いって言われた方がしっくりくるわ」


 同じようなフロアをもう30階は通り過ぎただろうか、眼下の街はまるでおもちゃのように

 小さくなり、動くものが一切無いことで余計に作り物感が増しているようだ

 街の外郭に視線を走らせると鬱蒼とした森が続く

 まるで全てを飲み込んでしまいそうな程黒々した・・・

 違和感から来る警告がエクスを塔に刻まれたスリット状の窓に吸い寄せた


「ねぇタオ、街の外に森なんてあったかな・・・?」


「森?草っぱらだろ?木も生えちゃいたが森って程じゃ・・・」


 解りきった答えが返ってくるそれでも目の前の光景はそれを肯定するには

 余りにも変わり果てていた

 闇だ、圧倒的闇が押し寄せ、今まさに街の外郭を飲み込もうとしている

 だが、それも違うと言うことを次に起きた出来事が教えてくれた

 外郭の塀が沈むように見えなくなったかと思うと隣接した建物が半分崩れ落ちた

 闇が押し寄せている訳ではない。この世界は端からジリジリと崩壊していたのだ

 不意に今踏みしめている石の階段の感覚が心許なく感じられ背筋がゾワリとする


「これが災厄・・・」


 思わず後ずさったエクスに代わり外を確認した面々に暫く沈黙が流れる


「急ぎましょう」


 レイナの一声で一行は再び登り始める

 もう誰一人として外の様子を見るものはいない

 あの崩壊が塔に押し寄せるまでがタイムリミットでそれまでにカオステラーを見つけ

 調律出来なければ崩壊する塔もろとも奈落の底だ

 皆、口には出さないが考えていることは一緒だろう

 しかし、この世界の神様はノアにこの状況を見せてどうしたかったのだろう

 それに地上であれに巻き込まれずに済む方法など・・・

 答えの出ない疑問が頭を支配する中、タオの声が沈黙を破った


「おい、上のフロア何かいるぞ」


 すばやく入り口に体を寄せ中の様子を窺うとぼそぼそと話し声が聞こえる


「ヴィランじゃないっぽいが・・・」


 振り返ったタオと目が合ったレイナが首を横に振る

 今のところカオステラーの気配はしないらしい

 そんなやり取りをしている横をノアがするりと通りぬけ、止める間もなく姿を晒してしまった


「みんないつでもコネクト出来るようにしておいて」


 ノアに遅れて入ったフロアには老若男女合わせて10人ちょっとが壁際に肩を寄せ合うよう に集まっていた。そしてノアの姿を見て一様に驚愕の表情を浮かべていた


「ノア・・・何でこんなとこにいるんだよ・・・お前のせいで・・お前のせいでぇぇ!!」


 怒声とともに目を血走らせた若い男がノアの胸倉を掴む

 すかさずタオが止めに入ろうとしたその時


「愚か者がッ!」


 男の後ろから決して大きくは無いが逆らうことを許さないそんな声が響いた

 びくりと体を震わせた男は諦めたように手を離すと頭を抱えて壁際に座り込んでしまった


「いいか、責められるべきはワシであってノアでもその両親でもない」


おさ!」

 

 抱えられるようにして上半身を起こした老人が苦痛に顔を歪める

 よく見ればその場にいるほとんどが何処かしら負傷していた


「いったい何があったんです?」


「バケモノだよ!真っ黒なバケモノが・・・傷ついて逃げ遅れた奴らもみんなバケモノに変えられちまった・・・お前の母親に・・・あの女の声が耳にこびり付いて離れねぇ・・・ノアはどこ?ノアを探して頂戴って」


 座り込んだ男が頭を掻き毟りながら吐き捨てるようにいう


「母さんが?なんで??」


「ノアここに・・・」


 呼ばれるがままノアはおさと呼ばれた老人の側へ行き膝をついた

 おさはノアの手を両手で包むと、絞り出すような声で語り始めた


「すまない・・・本当にすまない、ワシは嘘を付いておった。お前に・・・いやお前だけではないな。お前の両親も含めた街の者全てに対してじゃ」


「どういうことですか?嘘って・・・」


「ノア、お前に課せられた使命など存在しない・・・全ては街の者たち特にお前と両親の動揺を抑えるために考えた作り話だったのじゃ。お前が生まれてすぐワシは代々のおさが残した書物を調べた。じゃが、何処にも祝福を持たぬ者が災厄を逃れたという記録は無かった、それどころか行く末を悲観して家族共々自ら命を絶ったり、自暴自棄になり事件を起こしたり、あったのはそんな内容ばかりじゃった。おさとしてその様な結果だけは避けなければならぬそうおもってな・・・」


「だから誰も疑問に思ったりしないように、納得し心静かに別れを迎えられるように使命の話を作ったのですね」

「あぁ、お前一人を犠牲にして他の者の平穏を得る嘘じゃ」


 静かな声でノアが続ける


「でも、何故今になってその嘘がばれてしまったのですか?」


「ワシらがここに呼ばれた時、ここには他の街の者と天の使者がおった。使者の話によれば

 ワシらは眠ったまま災厄が過ぎ去るのを待つということじゃった。ただ眠りに入るのは日に10人程ということで暫くの猶予があったのじゃ。そして見てしまった災厄の正体を・・・大地が足元から崩れていくなど・・・あんなもの人の身で抗えるわけが無いではないか」


 どこか遠くの光景を思い浮かべるように話していたおさがゆっくりと息を吐き出し

 ノアを正面から見据える


「祝福が無い者も実は生き延びていたんではないか・・・心のどこかでそう思っておったんじゃ。じっとしてはおれんかった、ワシは使者に何とかノアも塔へ入れてやってはくれないかと懇願した。人目が無いのは確認したはずじゃった・・・だが・・・お前の母親にすべて聞かれておった・・・そして・・・」


 伏せた瞳から涙が溢れおさの肩が小刻みに揺れた

 その状況を見かねてか、おさを支えていた大柄な男が変わりに答える


「騒ぎを聞きつけて俺達が来た時、お前の母ちゃんは凄い剣幕で使者に詰め寄ってたん  だ。そんで何人かが引き離そうと近づいて手をかけた瞬間、バケモノに変わっちまった

 あとは無我夢中さ、止まったやつは殺されるかバケモノにされるかだ・・・」


 おさの代わりに話してくれた男がした何故この塔を登って来れたんだ?という質問に 対してノアは彼ら調律の巫女一行の事と封印の礎ふういんのいしずえが破壊された 話を聞かせた


「それじゃあ、巫女さんの力があればこの騒動を無かったことに出来るんだな?」


 すがるような面持ちの別の男に対してレイナが申し訳無さそうに答える


「残念ながら完全に元通りという訳には行かないの。ヴィランになった者、ヴィランとして倒された者は元に戻せる。でも人のまま死んでしまった場合は初めから居なかったことになってしまう、記憶も書き換えられてしまうの、ここであったことも私達のことも覚えてはいないわ」


「そうか・・・忘れちまうのか・・・」


 いくら記憶に残らないとしても今こうして鮮明に覚えている状態で簡単に割り切れるわけ無 いのはわかっている


「ごめんなさい」


 がっくりと肩を落とした男に向かって、レイナは力なく謝るしかなかった


 運命を在るべき姿に戻す力。カオステラーによって運命を狂わされた大多数の者にとって

 その調律が救済である事は疑う余地も無い、ただ、そうではない場合も確実にある

 その者の運命の書の結末が不幸だった場合だ

 ここで言うならノア、本来であればこの塔には入れずに・・・

 レイナが話し始めた辺りから沈黙を守るノアになんと声をかければいいのかと逡巡してい たその時、ズンッという振動と共に天井から小石がパラパラと落ちてきた


「エクス!外の様子は?」


「街は完全に飲まれてる、でもまだ塔までには・・・」


 ――ズンッ!!


 エクスの言葉を遮るようにまた塔が揺れた


「おい、これ下からじゃねーぞ!」

 

 タオの警告とほぼ同時に天井の一部が崩落した


 クルルゥ・・・

 

 粉塵の中、数を増すシルエット


 一行の行動は早かった。シェインを後衛に置いて他は近接職での特攻

 この狭い室内でメガゴーレムに暴れられたりしたら恐ろしい被害が出る

 ならば、多少無理してでも短期決戦を挑むしかない

 言葉での意思疎通等なくとも数多の戦闘経験から的確な状況判断で場を切り抜けていく


「シェイン、街の人達は?」


「下の階に避難完了です!」


「じゃあ、後はこいつらを片付けて・・・」


「いえ・・・タオ兄、ここは自分に任せて皆で上に行って下さい。そろそろ下がやばいっす」


 シェインが窓の外をのぞきながら青ざめた表情で言う

 何か言おうとするレイナの肩を掴んだタオがしっかりとうなずいて背を向ける

 レイナとノアも一度視線を合わせるとその後を追っていった


「気をつけて」


「新入りさんこそ姉御の事たのみましたよ」


 エクスはその言葉を背に走り出す

 迫るタイムリミット、シェインを残す心配それらを振り切るように ――





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