第2話 「ナナシのノア」
「皆さん、あれがウチです。」
広場の真ん中の巨大な石をぐるりと囲むようにして家が配置されている
ノアはそのうちの一軒に案内しようとして、ふと立ち止まり一行を振り返る
「1・2・3・4人か・・・うちは両親と3人暮らしだったもので食器が足りませんね。
焼きあがったパンも取ってこないといけないし、ちょっとお隣から借りてきますので
皆さんは先に入ってて下さい。鍵は掛かってませんからー」
そう言ってノアはパン屋の中へ入ってしまった
「おじゃましまーす」
先頭で入ったシェインが無遠慮にキョロキョロとあちこちを見てまわる
「おいシェイン、ひとの家なんだからあちこち触るなって」
「う~ん、誰もいないようですね。真っ昼間とはいえ留守中に鍵もかけないなんて無用心にも程があります」
なおも探索を止めようとしないシェインにエクスはふと疑問を口にした
「シェイン、もしかしてノアのこと疑ってる?」
手を止めたシェインがエクスを見る
「新入りさんはそうは思わないんですか?あのタイミングでヴィランですよ?」
「確かにノアを起こしたとたんだったけど・・・」
エクスは何となく視線をレイナに振る
「あの人、私を助けてくれた。それになんていうかあの人からは・・・ともかく私はノアはカオステラーじゃないと思う」
歯切れの悪いレイナにシェインが突っ込む
「むぅ、イマイチ説得力に欠けるのです」
「まぁ、シェインここは2対1ってことでひとまずノアを信じてみたらいいんじゃないか?」
「2対1・・・タオ兄の意見が含まれていないのですが」
シェインは食い下がる
「おっと、戻ってきた。シェインこの話はまた後で、な?」
「何だかうまく逃げられた気がして釈然としないですが・・・了解です」
シェインが渋々了承する
「お待たせしましたーすぐに準備しますね!そうそう、美味しそうなチーズが保存してあったんで一緒に持ってきちゃいました!」
「えぇ!?ノアは泥棒はいけないよ!」
なんとも間の抜けた質問にノアはクスクスと笑いながら答える
「違いますよエクス。お隣のパン屋のおじさんから家にある物は自由にしていいとご許可頂いてますから、それにお隣だけじゃなくてこの街の全ての家、畑、家畜関しても同様に私の好きにしていい事になっているんです」
「それは、この街にあなた以外の人が居ない事と関係してるの?」
レイナの問いにノアは視線を一瞬窓の外にやる
「そうですね・・・でもまずはお昼ご飯!」――――
昨晩の残りのシチューに焼きたてのパンそれとお隣から拝借してきたチーズ
久方ぶりのまともな食事を一行は貪るようにかき込んだ
「煮物はやっぱ2日目に限るよなぁ~」
「まったくです。それにこのパン!外はパリッ中はもっちもちでプロもびっくりの焼き上がりです!」
ベタ褒めする2人にノアは嬉しげに頬を緩める
「料理は母と食堂のおばさんに、パンはお隣のおじさんにみっちり仕込まれましたから」
そして食後のお茶を入れながら先ほどの話を切り出した
「皆さんはあの塔について聞きたかったのですよね?」
「あと、誰もいないこの街で何でノアが一人で暮らしているのかも」
「そうですね・・・この街に人がいない事と、私が一人なのはまったく別の理由なのですが」
そう前置きをしてノアはこの想区で繰り返されてきた物語を話してくれた
※
この世界で子に名を付けるのは親ではない
生まれてすぐに天の使者が祝福としてその子の名を授けてくれる
そして、それにはただの名前という記号に留まらない重要な役目がある
500年に一度訪れる災厄
全てを洗い流す濁流とも大地を焼き尽くす業火とも言われるが
神はそれらによる犠牲から人々を救済するため天にそびえる塔、天の御柱を建てた
同時にいざ災厄の前兆が現れれば即座に自らの庇護の元へと召還できるよう
名前という形で祝福を与えた
封印の礎に護られし塔の中で災厄をやり過ごし大地に平穏が戻った後
人々は地上に降ろされそこでまた生を育む
これが長きに渡り繰り返されてきたこの世界の物語で
ちょうど今が災厄の訪れる時期にあたり、街の人たちは神の庇護の元に召還され
その結果がこのもぬけの殻の街だということだった
※
「つまり街の人達は神様のところで元気にやっているはずなので問題は無いと?」
「えぇ、そうやって命が引き継がれてきた結果が今の私でしょうから」
「でも、ヴィランが降ってきたのは空からですよね?塔に登って街の人の安全を確認した方がいいと思うのです!」
シェインは塔にいたヴィランが降ってきたのでは?と言いたいのだろう
その可能性は十分にあるとエクスも思う。
更に最悪の場合先ほど倒したヴィランが元はこの街の住人であったという可能性も・・・
「私も皆さんも天の御柱を登ることは出来ません」
「私は名前を――神は私に祝福を授けてはくださいませんでした」
そう言って話し始めたのはノア自身の話だった
※
ノアが生まれた夜、待てども待てども天の使者は現れなかった
昔からごくごく稀に祝福を授からない者はいたそうだ
だとしても両親等に名付けられ特に問題も無く生活したという
このナナシの赤ん坊に
10歳の誕生日を迎えた日、ノアは
夜になり言われたとおりに
ノアの両親もいた
この子は神より祝福の代わりに試練を与えられし子であると
地上に一人残り災厄の全てをその目で見、記憶する使命を課せられたのだと
動揺する大人達に
案ずる必要ない。全てを見、使命を果たした暁には
我々が地上に帰るのと入れ違いに 天に召し抱えられるのだと
そして、最後にこう言った
すでに前回の災厄から500年以上経過し、我々が天の御柱に召還される日も近い
その時が来ればこの子は地上に一人残される
ただ、それが今日明日という訳ではない、だからその日が来るまで我々大人が
教えられることは全て教えなくてはいけない、精一杯愛さなくてはいけないと
正直、
ずーっと先に一人ぼっちで何か大変な事をしなければならない
そんな漠然としたイメージしか・・・
翌日からあちこちで色々な事を学ぶ様になっても特に不安は感じなかった
むしろ今までよりも街の大人達が親身に接してくれるのが嬉しかった
巻き割り・レンガ造り・畑仕事なんかの力仕事は苦手だったけど
家事全般は率先してやったし、その中でも料理が好きで
パン屋のおじさんと食堂のおばさんが後継者として奪い合う程の腕前になった
それから幾年か平穏な日々は続いた
まだまだずーっとこんな風に過ごしていけると思っていた
けれども、その日は突然やってきた
急に強い風が吹いて瞬きをした、その一瞬にみんな居なくなってしまった
別れを言う間もないほんの一瞬のうちに
あの日から約1ヶ月・・・
「実は街の皆と暮らしていたのが夢で本当は初めから一人ぼっちだったんじゃないかって思い始めてたんですよ、皆さんに会うまで」
けっして平坦ではない身の上話を飄々と話すこのノアという人物が
今だ課せられた使命に実感を持てないのんびり屋なのか
心臓に毛の生えた大物なのかエクスには正直判断が付かない
「ひとつ質問いいか?その、召還されるのに祝福が必要だってことは判った。でも、あの塔ってちゃんと地面にくっついてるんだろ?下から登っていきゃぁいいんじゃねーか?」
当たり前すぎるタオの質問にノアは残念そうに首を振る
「広場の真ん中にある石が見えますか?」
ノアが窓の外を指差す
「封印の礎と言うのですが、あの石から生じる不可侵の力が塔の外からのあらゆる事象を無力化していて召還されない限り塔の内側には入れないのです。その力のおかげで災厄の影響も受けずに済むのですが・・・」
「それならあの石をどっかーん!とぶっ壊してしまえば入れるって事ですか?」
シェインはたまにあっけらかんと物騒なことを言う
「だめですよ!というか、封印の礎の周りにも同な力場があって祝福を持たない私達では近づくことすら不可能です」
「近づくことすら!?断然興味が沸いてきました!」
今のノアの説明のどの辺りが彼女の琴線に触れたのだろう・・・封印?力場?
それとも女の子にしか判らない何かがあるのか そんなどうでもいい事を考えているうちに
姉御も一緒にどうですか?などと言いつつ、てててと小走りに走っていった
ところが、封印の礎を囲むように敷き詰められている玉石に
足を踏み入れるかどうかという辺りで
ピタリと止まった。いや、ビタンッ!の方が適切だろうか
ノアがクスっと笑う
他の3人は何が起こったのかと立ち上がって様子を窺う
その後すぐ むむむ、などと言いながら両手を広げワサワサ左右に動いている
シェインの姿があまりにも滑稽で三者三様の反応を見せる
「だはは、何だあれカニのマネか?」
「凄い!パントマイムみたいだね!」
「シェイン・・・何やってるの?」
好感触の二人に比べ元王女としての自尊心が許さないのか
一人冷めた様子のレイナ
「姉御ー!凄いですよコレ!ここに!見えない!何かがー!!」
「そ、そう良かったわね・・・」
そんな気持ちを知ってか知らずか暴走に歯止めが利かないシェイン
あまりの興奮っぷりに冷めるを通り越して、若干引き気味である
「それでですね!ひとつ気付いたのですが、先程の話では祝福を持たない私達では――と言うことでしたが、祝福があれば入れるのですかー?」
まだ続くのかとウンザリした様子だったレイナが一瞬動きを止める
シェインの質問が自分に向けてのものだと知ったノアが立ち上がり戸口で懐かしそうに答えた
「えぇ定期的に周りの草むしりをしたり、お祭りの前には綺麗に磨いて飾りつけもするんですよー!」
朗らかに話すノアとは対照的に3人の表情は一気に堅くなった
「シェインってこういうとこあるよね・・・・こういう重大な・・・」
「角が無い代わりに勘が鋭いのです!お宝と危険の察知はシェインにお任せなのd・・・」
「そんなことはどーでもいいのよっ!ちょっとこれってもしかするとまずいんじゃないの?」
「あぁやべぇな。祝福されしヴィランとかまじで笑えねぇ・・・」
「やめてくださいタオ兄、もしそんなのがここに降って来たりしたら・・・」
――ドゴォォォンン!!
「おい・・・」
「やだ、何も聞こえない」
――ズドォォォン!!
「姉御・・・」
「聞こえないったら聞こえないっ!!」
――バリバリバリズゥゥゥンン!!
「レイナ・・・」
「あー!!!もぅ!わかったわよっ!総員戦闘準備ぃぃぃ!!!」
――それはまるでバネが跳ね回るような戦い方だった
尻尾で器用にバランスを取り前後左右に翻弄したヴィランを確実に切り伏せていく
「ウロチョロし過ぎだ!ネズミ共!!」
愛くるしい見た目と小さな体にそぐわない渋い声でそう言い放った剣士は
帽子に付いた大きな羽を翻し次のヴィランへと飛び掛る
その後ろではグオーだかガオーだかともかく獣じみた雄叫びを上げながら
タオがヴィランを蹴散らしていた
ブギーヴィランにナイトヴィラン、ゴーストヴィランも合わせて
かなりの数が降ってきたはずだが、もはや残っているのは数える程度
「長靴をはいた猫に野獣ラ・ベット何か凄い組み合わせね・・・あれは獣パワーのおかげなのかしら?」
前線の二人にヒールを飛ばしながらレイナがつぶやく
「それならマッチ売りの少女さんもいいですが、いっそのこと姉御もケモケモなヒーローと
コネクトしなおしたらどうですか?」
「例えば・・・時計ウサギとか?」
「うーんちょっともふもふ成分が足りない気がします・・・って姉御、獣たちが何か叫んでます」
群がるヴィランを蹴散らしながら怒涛の如く進軍したエクスたちが商店街の端で
なにやら叫んでいる
「ん・・・?見ろ??今の戦いっぷりをドヤ顔で自慢したいんでしょうか?タオ兄にも困ったものです」
肩をすくめたシェインが、ハイハイかっこよかったですよーと手を振って答える
一瞬動きを止めた獣二人の叫びが先ほどよりも激しくなり
エクスにいたっては仰け反りながら手を上げたり下げたりしている
「シェイン違うわ・・・・う・・・え?・・・・上を見ろって!」
手をかざしながら薄目で見上げる
お昼は過ぎたとは言えまだ高い位置にある太陽は眩しく
気持ちよく広がった青空と雲が少し、他には何も見当たらない
――と思ったその時一瞬だが太陽が瞬いた気がした
そんなはずは無いと更に目を細め凝らす
「姉御、太陽の中に何か・・・何かいます」
「うそ・・・・ちょっと!待って待って!!これ直撃コースじゃない??」
「姉御!ノアさんを避難させてください!!」
シェインは即座に空に向けた弓に矢を番えるが、やはり太陽が邪魔で
標的を捉えきれない
「ええい、まどろっこしい!!」
シェインがコネクトしているエルノアの体がライトグリーンの光に包まれる
その光はどんどん強さを増し――
「希望のプランタン!!」
体から照射された光の帯はそれ自体がまるで一本の矢のように
天に向かって真っ直ぐ伸びていく
そして、太陽を背に落下してきたメガゴーレムの肩を穿つと
ごくわずかだがその落下速度が落ちた
「くっ・・・地上だったらすっ飛ばせるのに」
肩で息をしながらシェインが再び矢を番える
「無理しないで!私もアリスに・・・」
「アリスじゃ遠距離の攻撃は無理です。姉御の出番は最後です真打登場まで温存してください」
プランタンを放てるのは残り一回。レイナが確実に仕留められるよう
最大限勢いを殺せる所まで引き付けなければならない
「行きますっ!」
再び放った光は今度こそメガゴーレムの芯を捕らえた
分厚い装甲をガリガリと削り明らかに抵抗を与えているのがわかる
見る見る速度が落ち、レイナはプランタンの光がメガゴーレムの体を貫ききる瞬間を待つ
「姉御っ!」
レイナがスタッフを振り上げた次の瞬間、その姿はヒーラーであるマッチ売りの少女から
大きなリボンにビリジアンブルーの瞳が印象的なアリスへと変わり
同時にまるで弾かれたかのように金色の軌跡を残し飛翔した
「ダッシュソード!!」
完全に勢いの死んだ巨体を閃光の如く貫き
背後に回ったアリスはふわりとスカートを揺らし体を翻した
「これで決めるわ!ワンダーラビリンスッ!!」
突きから始まる高速の十二連撃、バックアタックからの渾身の必殺技に
バランスを崩し糸が切れた人形のように地面に落ちたメガゴーレムは
少し遅れてひらりと着地したアリスにはもう手が出せない場所でピクリとも動かなくなった
祝福を持つ者と持たざる者を明確に分ける見えない境界線
その前で息を呑み祈るようにあの巨体が霧散するのを待つ
――が、祈りも虚しくガクガクと錆付いた機械のように上体を起こし
拳を振り上げたメガゴーレムは自重を乗せ倒れるように腕を振り下ろすと
力尽き霧となった
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