ノアと神の御柱

exemplary wreckage

第1話 「誰もいない街」

「これはエライことになったのぅ・・・何もこの時期に・・・」

おさ、私達はどうしたら・・・」


 そう言って2人の男が見つめる先では

 今しがたお産を終えた母親に抱かれた赤ん坊が

 まるで自分に与えられない何かを欲するかの様に

 天に向かって手を伸ばしていた


                        ※

「だぁぁぁーー!!ハラヘッタ・・・」


 道端でうなだれる大柄な青年の背中をバシッ!っと叩き

 黒髪の小柄な少女が呆れ顔でスタスタ歩いていく


「いってぇぇ!!ちったぁ手加減しやがれシェイン!」


「タオ兄、だらしがないです。それに鬼のシェインが本気を出したらこんなもんじゃすまないのです」


 そう言って鬼っぽさを微塵も感じさせない少女はにぃっといたずらっぽく笑った


「しっかし、本当に人っ子一人いないなぁこの街」


 立ち並ぶ様々な商店はもぬけの殻で

 恐らく街のメインストリートと思われるこの道を歩くのはタオとシェイン、それに――


 前方では束ねたプラチナブロンドの髪を揺らしながら、確かな足取りでわき道に逸れて

 行 こうとしている少女と慌てて連れ戻している木刀を背負った少年が一人


「レイナ、そっちじゃないよ」


「わ、分かってるわよっ」


 このやり取りも何度目だろう。エクスの故郷である『シンデレラの想区』を飛び出し

 見知らぬ想区から想区へ、随分と遠くへ来た気がする

 いや、実際そうなのだろう。ストーリーテラーにより与えられる『運命の書』

 住人たちはその脚本に従い自らの生を全うする事が当たり前のこの世界で

 何の記述もされていない『空白の書』を与えられたエクスは

 なるべく他人の運命に関わる事の無い様に求められ自らもそう生きてきた。

 そんな毎日に突然現れ、外の世界を教えてくれた彼女とその仲間たち。

 同じく空白の運命を歩む彼らの事を想うとエクスの心はあたたかくなった。


「あーもぅっ!エクス、今笑ったでしょー!」


 自然と顔がほころんでいたエクスに頬を赤くしたレイナが抗議する


「そりゃぁこう毎回お嬢の方向音痴っぷりを見せつけられちゃぁ、流石のこいつも苦笑したくなるってもんだぜ」


「同感です。まぁ、見た目からは想像出来ないこのポンコツ具合が姉御の魅力でもあるのですが・・・いわゆるギャップ萌ってやつです。」


 いつの間にか追いついていた2人が茶化すように会話に加わる


「黙って聞いてれば、2人とも好き勝手なこと言って!」


 今にも噛み付きそうなレイナをタオが制する


「ちょっと待ったお嬢、あれ人じゃねーか?」


 10メートル程先、一行が駆けつけると華奢な手足を投げ出して路上に人が倒れている

 長い髪に隠れて顔は見えない


「た、たいへんですっタオ兄!人が死んでいますっ」


「落ち着けシェイン、呼吸してる。おいっしっかりしろ、何があった?大丈夫かっ!!」


「ちょっとタオ、あんまり乱暴に揺さぶらないほうが・・・」


「う、う~ん・・・。」


 細く長い指で金色の髪をかき上げながら体を起こしたその人物のヒスイ色の瞳が

 しっかりとエクス達を捉えるまでそう時間は掛からなかった


「大丈夫かあんた?どこか痛んだりしないか?」


「うっ・・・頭が少し・・・って、えっ?なんであなた方まだ地上に??災厄の日までそう時間無いのですよ!置いてかれちゃったんですか?・・・アレ?眼鏡、眼鏡がないっ!」


 一人あたふたしている横で、頭を打ったせいでまずい事になっているのだろうかと

 顔を見合わせる一行


「えっと、僕はエクスこっちはレイナにタオとシェイン。4人で旅してるんだけど、たまたま通りかかったとこに君が倒れてて・・・」


 今だ納得がいかず慌てた様子のこの人物を落ち着かせるために

 自分たちはカオステラーの気配を頼りにこの想区の外からやってきたこと

 もしカオステラーがこの想区の物語を改変していた場合

 それを調律し元に戻さなければならない事を話して聞かせた。


「申し遅れました私はノア、外の世界というのが今だ信じられませんが、そのカオステラー?とかいう人を見つけられれば直ぐにでもここから外の世界に出発できるのですね?」


幾分落ち着きを取り戻した様子のノアはすぐ足元に落ちていた眼鏡を拾い上げ答える


「まぁ、そういうことだ。それよりノア、なんだってあんなとこで倒れてたんだ?」


 やっと本題に入れるとタオが勢い込んで質問する


「急に空から降ってきたんです。黒い・・・目が大きくて子供くらいの・・・・」


「クルゥ・・・」


 弱々しいながらも聞き慣れた鳴き声に一行が一斉に振り向く


「そう!アレですアレっ!」


 一行の視線の先を確認したノアが指を刺しながら叫ぶ

 そこにいたのは紛れもなくヴィラン、すぐそばの路地で壁に大きな爪を立てて

 フラフラと立ち上がろうとしていた


「ブギーヴィラン!ノア立てる?すぐにここから離れましょう!あいつはまだこっちに気付いてない」


 レイナに差し出された手を取ろうと顔を上げたノアの目が驚愕で見開かれる


「危ないっ!」


 思いのほか力強く手を引かれたレイナはノアに覆いかぶさるように倒れこむ

 刹那背中を何かがかすめて


 ――ドシンッ!・・・・・ドッ・・・ドシン・・・・・・・ドスン・・・・・ガラガラガラドゴォォォン!!!


「なんなのっ?」


 レイナが立ち上がる間にも断続的にあちこちで何かが地面に落下する音が響く


「俺の目が正しければ・・・沢山のブギーヴィランと・・・」


 タオの手が『空白の書』に添えられると同時に数軒先の商店だったものの残骸を

 ガラガラとかき分けて巨体が姿を現す


「メガゴーレム・・・」


 もはや、こっそり離脱は不可能と判断したタオが『導きの栞』を取り出す


「レイナ、ノアをお願いっ!」


 そう言って走り出したエクスも自らの『空白の書』に『導きの栞』を挟み彼を呼ぶ

 一瞬の光に包まれエクスは水色の陣羽織を羽織った侍に姿を変えた


「鬼に金棒!桃に剣でござるっ!ここは先手必勝、メガゴーレムを叩く!」


 コネクトしたヒーロー、桃太郎から了の意識が伝わってくる                     ブギーヴィランを縫うように避け一気に詰め寄るが、すんでの所で回り込まれてしまった


「そのまま行ってください!」


 背後で聞こえた声と同時に光の矢が前方のブギーヴィランを射抜く               倒れこむヴィランの脇を走り抜けながらちらりと後ろを振り返ると

 妖精の姫エルノアとコネクトしたシェインが早くも引き絞った弓を次のヴィランめがけて

 放っているところだった

 ありがとう!心の中で礼を言い、あらためてメガゴーレムを見据えた

 こちらを認識したメガゴーレムが両腕を振り上げようとしていたが

 すでにこちらの間合い、下段に構えた大剣の刃を返し柄を握る手に力を込める

(行くよ、桃太郎!) 呼びかけに呼応してエクスの中の桃太郎が膨れ上がる


「日本一のこの剣、受けてみよっ!滅鬼奉公!!!」


 両腕を振り上げたまま一度二度と切り上げられたメガゴーレムの巨体が宙に浮き

 三度目の切り上げで仰け反るようにして瓦礫の山へと再度沈んだ

(あと一撃!) 激しく土煙の立つ中、追撃の為に再度突撃しようとしたエクスに

 桃太郎が警告を発する

(どうしたの?) 桃太郎の意識が煙の向こうにフォーカスする

 するとシルエットが一瞬低く沈み込んだように見えた

(しまった!)そう思った時には渦巻いた煙を突破し突進するメガゴーレムが

 眼前にまで迫ってきていた

 回避は無理と腹をくくったエクスは防御の構えを取る


「まかせろぉぉお!!」  


 突如頭上を越えて飛来した声の主が突進するメガゴーレムの頭を

 勢いよくハンマーで打ち据えた 

 崩れ落ちた巨体が霧散する中、銀色のたてがみと尾をはためかせて降り立ったのは

 野獣ラ・ベット。毛並みの上からでも判るたくましい肉体と豪快な物言いは

 どこかタオに通じるところがあるとエクスは密かに思っている


「シェイン!そっちはどうだ?」


「ばっちり殲滅済みです!タオ兄」


 その言葉を聞いてふぅ、と一息ついた人狼が『運命の書』から『導きの栞』を引き抜くと

 その姿はタオに戻っていた


「しかし、空からヴィランが降ってくるなんて、この想区はどうなってやがるんだ?」


「やっぱり、あの塔にいるのかな・・・レイナ、カオステラーの気配はどう?」


「だめ、ハッキリしないの。いることは確かなんだけど・・・」 


 この想区に入って一番最初に目に入ったのが天を突くかの様な巨大な塔

 カオステラーの所在がはっきりしない中

 一行はとりあえず塔を目指してここまできたのだった


「皆さん随分と不思議な力を使うのですね!」


目をぱちくりしながら興味深々といった様子のノアの質問を曖昧な返事でかわし

逆に質問を投げかける


「ねぇ、ノアあの塔の事を聞いてもいいかしら?」


「もちろんです!でもその前に、皆さんお昼ご飯にしませんか?ちょうどパンも焼きあがる頃ですし」


「ぐぅ~~」


 返事より先に誰かの腹の虫が答えた。皆の視線がレイナに集中する


「そ、そうね!ここはお言葉に甘えさせていただきましょう!!」


 クックッっと笑いを堪えるタオ、誰かが堪え切れずプッっと噴出したのを合図に

 レイナ以外が大爆笑する

 顔を真っ赤にしたレイナをなだめつつ一行はノアの家へと向かうのだった。

 

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