21.それは処刑台の音に似て

「くそ、くそ……ッ!」「殺してくれ……」「畜生、俺の腕が……」

 ギャング達は夜明け前には壊滅状態に陥った。

 先ほどまで野卑な喧噪に包まれていた酒場は今、苦悶の呻きと泣き声に満たされている。

「――気は済んだか、ディートリヒ」

 弾痕で蜂の巣状になった壁にもたれ、ルシアンはライターをカチリと閉じた。

 壊れた舞台の隅にがっくりと腰を下ろしていたディートリヒはゆっくりと首を振った。その姿は、元の青年の姿に戻っている。

「……まだだ。まだ、胸の内がジリジリしやがる……」

 錆色の髪をぐしゃりと掻き毟り、ディートリヒは低い声で唸った。

 その後ろで、メリーアンはジャードを拘束していた。

「ぐ、うぎ、ぎ……!」

 ジャードは目を開いたまま、全身を硬直させている。口はぱくぱくと動いているが、まともな声を出すことはできない。いわゆる金縛りの状態だった。

「どうにもならねぇんだよ! 三十人死んだ! 三十人も殺されたんだ!」

 ディートリヒは頭を抱え、天に向かって絶叫した。

 その顔がみしみしと歪み、再び狼のものへと変わっていく。ディートリヒは唸り声を上げて髪を振り乱し、獣へと変異しつつある凄まじい顔をルシアンに向けた。

「マレオパール! どうすればいい! どうすれば俺は止まれる!?」

「知らん。お前がなにをしようと、死者は戻ってこない」

 煙草をふかしながら、ルシアンは渋い顔で肩をすくめる。

 しかし、赤い瞳が不穏な光を帯びた。

「……ただ、そうだな。落とし前は必要だろう。ここはそういう街だ」

「……殺したら殺される事を考えろ、ですね」

 メリーアンは念力に淡く輝く瞳を細めた。

 それは、ルシアンに仕え始めてすぐに教えられたことの一つだった。

 魔女街では何をしても良い――しかしそれは、『何をされても良い』という覚悟があればの事だと、主人はメイドに繰り返し教えた。

 ルシアンはうなずき、ふっと煙の輪を吐く。

「三十人の苦痛を考えれば、ただ殺すだけでは生ぬるい」

「……ああ」

 ディートリヒは顔を覆い、深く呼吸を繰り返した。

 消えていく煙の輪を見上げながら、ルシアンはしばらく黙って煙草を吸う。そして紫煙とともに、彼は不吉な言葉をほろりと吐き出した。

「ところでだ。我輩、この場の生存者を数えていたのだが――ちょうど、三十人いる」

 途端、その場の空気が凍り付いた。

 それまで地面で悪態や命乞いの声を上げていたギャング達が息を飲み、動きを止める。

「……へぇ、そうかい」

 ディートリヒがゆるりと顔を上げた。人間に戻った顔に表情はなく、銀の瞳は研ぎ澄まされた刃のようにギャング達の姿を映した。

 まるで手品のように、ルシアンの手にナイフが現れた。その鈍い金色のブレードの背を撫でながら、彼は淡々とした口調で語る。

「人間は貴重だ。その血も、肉も、骨も、皮も、。――さて、どうする?」

 ディートリヒはしばらく黙り込んでいた。

 その手がぼろぼろの軍服に伸び、銀の三連星のバッジに触れる。

 ディートリヒはしばらく指の腹でその縁をなぞっていたが、やがて深くため息をついた。

「……俺の一存じゃ決められねぇ。大将や姐さん……他の連中とも話さねぇと」

「クライネバルト全体で処分を考えるということか」

「ああ、そうだ。これは俺だけじゃ駄目だ。どうなるかはわからねぇが……」

 ディートリヒは三連星のバッジを弾き、目を伏せた。

「――それでも楽には死なせない」

 最後の言葉は獣の唸り声のように低く、不穏に響いた。

 ルシアンは肩をすくめ、ナイフを片付けた。そして壁から背中を離し、メリーアンに向かって出口を顎でしゃくる。

「メリーアン、帰るぞ」

「え? で、でも、この人は――?」

 一瞬主人の方に動きかけるも立ち止まり、メリーアンはジャードを見下ろす。

「ぐ、ぐが、あぐっ……!」

 薬物の副作用に襲われ、金縛りに拘束されていても、ルシアンの言葉は彼にも聞こえたらしい。血走った目を見開き、ジャードは必死で体を動かそうとしている。

「放っておけば良い。――そいつの死体と持っていた薬物はヨハンに回せ。少し気になる事がある。あとはお前の好きにしろ」

「……ああ、良いぜ」

 出入り口に向かって歩くルシアンの言葉に、ディートリヒは落ち着いた様子でうなずく。

 メリーアンは慌てて宙を飛び、出入り口へと向かった。

 ディートリヒの蹴りによってやや歪んだ扉は、いまだ念力によって閉ざされている。メリーアンはぱんっと手を鳴らすと、その封印を解いた。

「旦那様……よろしいのですか?」

「……お前はどうすれば良いと思う?」

「それは――」

 珍しく質問で質問を返され、メリーアンは口を噤む。

 答えに困り、メリーアンは辺りを見回した。破れたビロードのカーテン、ひしゃげた舞台、破壊されたジュークボックス――そうして倒れ伏したギャング達。

「嫌だ、助けてくれ……!」「なんで俺達が――!」「ひ、人でなしが、クソが――!」

 それは地獄から這い上がろうとする亡者達の絵を思わせた。

 男達は怒りに蒼白になった顔で――あるいは涙に濡れた顔で叫びながら、なんとか出入り口へと這い寄ろうとしている。

 悲鳴を上げるギャング達を紫の瞳に映し、メリーアンはしばらく考えた。

「……答えられません、旦那様」

「そうか。――帰るぞ、メリーアン。もう夜が明けそうだ」

 ルシアンは特に何も言わず、出入り口から出て行った。

 メリーアンもそれに続こうとしたものの立ち止まり、ディートリヒを振り返る。

「……さようなら、ディートリヒ様」

「おう。……ありがとうな、嬢ちゃん。また鍵を掛けておいてくれ」

 別れの挨拶に、ディートリヒは振り返らずに手を挙げた。

 メリーアンは目を伏せ、扉を閉める。

 扉の閉まる音がやたらと大きく響いた。そして辺りは静寂に包まれた。

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