11.幽霊メイドは呑み込まれる
「ディートリヒ様――!」
叫び声は衝撃波が障壁にぶつかった轟音に掻き消された。
周辺の建物が押し潰され、街路樹が半ばから叩き折られ吹き飛ばされていく。
規模、威力ともにメリーアンが放つ衝撃波とは比べものにならない。ルシアンの展開した障壁がなければこの区画全体が更地にされていただろう。
「……あの集合霊、どうもおかしい」
「旦那様……! それよりディートリヒ様が――!」
「集合霊ならば内包している魂の衝動に従い、もっと活発に動き回るはずだ。しかし、あの集合霊は辺りを旋回するばかりだ」
メリーアンの言葉を無視して、ルシアンは口元を左手で隠して思案する。
そしてじろりと背後に視線を向けた。
「これをどう思う? ディートリヒ」
「――知るかよ、クソッタレ」
「え……!」
死んだはずのディートリヒの声に、メリーアンはばっと振り返る。
崩壊した建物の残骸からディートリヒが飛び降り、よろけつつも近づいてくる。
髪が乱れ、服はあちこち煤けている。しかし、間違いなく五体満足だ。
「どうだっていいだろ、そんな事。奴のせいで街は無茶苦茶だ。しかも奴は人間を攫うんだ! このままじゃクライネバルトから誰もいなくなっちまう!」
ディートリヒは舌打ちしながら、自分の左胸に手を伸ばした。
銀色の三連星のバッジ。その表面から汚れをぬぐい取りつつ、ディートリヒは唸る。
「てめぇもとっとと魔法を使えよ。あのえげつねぇのなら一撃だろ」
「下手を打つわけにはいかん。どうもあの幽霊は何かおかしい……ここはゲファンゲネの動きを封じ、奴をもう少し調べるべきだろう」
「そんな手間いらねぇだろ! なんだ、もしかしてビビッてんのかよ?」
「犬畜生には付き合いきれんな。命がいくつあっても足りん」
「ンだと……?」
「ちょっと! こんな時に喧嘩しないでくださいよ!」
今にも殴り合いに発展しそうな二人の間にメリーアンは慌てて割って入る。
その時、
メリーアンは思わず肩を押さえ、空を見上げる。
ゲファンゲネの目が、間違いなく自分を見ていた。複数の口が薄く開き、不気味に笑う。
「なにをする気……?」
メリーアンが呟いた瞬間、ゲファンゲネがそれまでにない甲高い声を響かせた。
直後、その周囲の空気が大きく揺れた。
ディートリヒが身構え、空を漂うゲファンゲネを睨みあげる。
「なんだ、攻撃か……?」
「違う、これは――」
ルシアンは眉をひそめ、風を探ろうとするように宙に指を滑らせる。
ゲファンゲネが再度悲鳴じみた声を空に響かせる。
その時、メリーアンの【肌】に一際嫌な悪寒が走った。
「な、なに……?」
メリーアンが思わず肩をさすろうとしたその瞬間、ルシアンがはっと目を見開いた。
「これは吸収だ! 鬼火を使え、メリーアン! 呑まれるぞ!」
しかし、主人の助言は間に合わなかった。
「ひあっ――!」
薄い氷が溶けるように、メリーアンの霊体を覆っていた【肌】が消え去った。
そして、半ば透き通ったその体がふわりと浮きあがる。
「嘘、実体化できな――と、飛んじゃう……!」
メリーアンが悲鳴を上げる。強制的に幽体化させられた彼女の体は、風に舞うヴェールのように空へと攫われようとしていた。
「ッ、メリーアン――!」
弾かれたようにルシアンが手を伸ばす。
浮上を続けるメリーアンも必死で手を伸ばした。その手は、確かに届くはずだった。
しかし主人の手に、あのいつもの革手袋はない。
繋がるはずだった手は、まるで空を掴むかの如くすり抜けた。
「あ――」
ルシアンが赤い瞳を大きく見開く。
主人がここまで驚くなんて珍しい。刹那、メリーアンはそんな事をぼんやりと考えた。
「嬢ちゃん!」
ディートリヒの驚愕の声が一気に遠のいた。
そのままメリーアンは空へ――そしてゲファンゲネの醜い口の一つへと吸い込まれた。
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