8.掃きだめに潜む幽霊喰い
魔女街の始まりは百年ほど前のこと。
かつてこの地に異界の神――蛮神が降り立った。その影響で様々な天災が起こり、噴き出す瘴気の影響で常人には住めない環境となった。
そして、異端の楽園がこの地に築かれた。
瘴気に耐性を持つ魔女を初めとした人外の種族、あらゆる手段で瘴気を防ぐ魔術師や犯罪者達――各地から様々な異端者達がこの場所に押し寄せた。
人口も定かではないこの魔女街には、現在全部で十三の街区が存在する。
そのうちの一つ――第七区の入り口をメリーアンは見下ろした。
「ここが第七区……」
先ほどまで雨が降っていたのか、空はどんよりと曇っている。
しかしそれをさしおいても、第七区は全体的にどこか薄暗い街だった。
メリーアンの住む第四区に比べ、陽光を遮る瘴気は明らかに薄い。しかし高く狭い家々がみっしりと建てられているせいか、光がほとんどあまり差し込まないようだ。
汚い路面には酒瓶や怪しげな注射器が転がり、壁は隙間無く落書きに彩られている。
そして人々は――辺りを見回したメリーアンはとっさに幽体化した。
「うわぁ……帰りたい」
全身にびっしりと刺青を施した男、うろんな目つきをした露出の激しい女、うわごとを呟きながらキセルを弄ぶ老人――この危険な魔女街でも可能な限り近づきたくない種類の人間ばかりが道を闊歩している。
常人には見えない状態となったメリーアンはそろそろと飛行を再開した。
ガロウズまではもうすぐだ。
出来うる限り早めに仕事を終わらせたい。第七区の話はルシアンからちらりと聞いた事があるが、あまり長居したい場所ではなかった。
魔女街第七区――そこは、魔女街でも有数の犯罪多発地帯だという。
『第七区は犯罪者の最終逃走先だ』
ある夜、煙草を吸いながらルシアンは語った。
たしか新聞を流し見している時の話だったと思う。そこには、第七区全体で壮絶な銃撃戦が行われたという記事が掲載されていた。
『そもそも魔女街全体がこの世の掃きだめのような場所だがな、中でもあの第七区は凄まじいぞ。詐欺師、追いはぎ、殺人鬼……住民全員がならず者だ』
『な、何故そんなことに』
『第七区を支配しているのがギャングだからだ』
絶句するメリーアンに対し、ルシアンは紫煙とともに溜息を漏らした。
『連中はいつも抗争していてな。他の街区は支配者が法や掟を作るが、あそこは支配者がころころ変わるせいで法が意味を持っていない』
ルシアンは肩をすくめると新聞を適当に畳み、メリーアンに向かって放り投げた。
そして、慌ててそれを受け取ったメリーアンに長い指を向ける。
『故にメリーアン、第七区には近づくなよ。幽霊のお前はただの極道者に対しては無敵だが、あそこの住民は厄介だぞ』
そこまで思い出して、気づいた。
「……あ。私、第七区に入っちゃいけないんだった」
その瞬間、地上から白い光線が放たれた。
直後に腰に焼け付くような痛みが走り、メリーアンは撃たれた鳥のように落下を始めた。
「嘘、体が動かない……!?」
痛みはあるが霊体に重度の損傷はない。
この程度の怪我ならば本来飛行を続行できるはずだが、どういうわけか霊体を循環するマナの流れが滞っている。メリーアンの体はぐんぐんと地上に引き寄せられていた。
「中途半端に実体化してる……! なにかの魔術――うあッ!」
不完全な『肌』を形成した状態で、メリーアンは地上に叩き付けられた。
そこは打ち捨てられた無数の建物がそびえる場所だった。地面には投棄された様々ながらくたや瓦礫がうずたかく積み上がり、あちこちで小山を築いている。
記憶が正しければ、ここがガロウズで間違いない。
しかし目的の場所にたどり着いた喜びはメリーアンにはなかった。てらてら光る骸骨模様が入った黒い上着を着た男が三人、彼女を取り囲んでいた。
『幽霊喰いは人さらいの亜種だな』
『本当に幽霊を喰うわけではない。奴らは幽霊『で』喰っている。質の良い幽霊を捕まえて加工し、呪術師や愛好家連中に売る』
「美人だね。当たりだね」
一人の幽霊喰いがくるくると古い骨を弄びながら言った。訛りの強い言葉だった。
もう一人の男がしゃがれた声で答えた。
「こんだけ見栄えの良い幽霊なんてなかなかないね」
「でもほとんど生きているみたいだね。愛好家どもに需要があるのかね」
小太りの男の疑問に、しゃがれ声の男が肩をすくめた。
「固めちまえば皆同じだね」
「加工が下手なくせによくいうね」
骨を持つ男が嘲笑うような口調で言った。
するとしゃがれ声の男の異国の言葉で何か言い返した。それをきっかけに男達はぎゃあぎゃあとなにやら早口で言い争いを始めた。
メリーアンが気絶したものと思い込んでいるのか、男達は言い争いを続けている。
意識を失ったふりをしつつ、メリーアンはじっと男達の様子を窺う。
特に目を引いたのは、最初に喋った男が握っている骨。
それは獣の大腿骨に似た形をしていた。磨き上げられたように滑らかなその表面には、びっしりと幾何学的な模様が彫り込まれていた。
恐らくあの骨を使って、何かの呪術をかけられたに違いない。
しかし使い手の素質が低いせいか、あまり強力な術ではないようだ。
手足には徐々に感覚が戻りつつあった。滞っていたマナの流れも復活し、この様子なら三分も経たないうちに飛行できるようになる。
幽霊喰いが振り回す骨に意識を集中し、メリーアンはかっと目を見開いた。
「――砕いてッ!」
歪んだ鐘の音が響く。
念力による見えない弾丸が男の手を撃ち、持っていた骨ごとその血肉を粉砕した。
「アァアアアアアアア!」
甲高い悲鳴を上げて男が地面にうずくまる。
残り二人の幽霊喰いに動揺が走った。しかし彼らは即座に上着のポケットに手を突っ込み、それぞれの骨を取り出そうとする。
その一瞬でメリーアンは体勢を立て直す。肩から指先までが瞬時に鬼火に包まれた。
「心霊現象――《淡い
勢いよく左右に両手を広げる。
メリーアンを中心として衝撃波が辺りに広がった。湖に小石を投げ込んだかのように、波は円を描いて幽霊喰い達を吹き飛ばす。
甲高い悲鳴とともに三人の幽霊喰いはゴミの山に叩きこまれた。
メリーアンは両手を下ろし、音を立てて崩れる瓦礫を鋭い目で見つめる。
やがてゴミ山の崩壊は収まり、辺りは静寂に包まれた。
「……さて」
メリーアンは小さくため息を吐いて、燃やしていた鬼火を納めた。
風を切るような音。同時に二方向から光線が放たれ、無防備なメリーアンめがけて迫る。
しかし――メリーアンの左肩から再び鬼火が燃え上がった。
鬼火はまたたく間にメリーアンの全身を覆い、二つの光線を掻き消した。
「……油断大敵ね」
メリーアンは呟き、鬼火に包まれた左手で前髪を掻き上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます