爆裂♪ 爆裂♪ 首なし爆破♪

蒼島みやび

アクセルの街に潜む爆裂魔

 始まりの街・アクセル。

 その人通りの中を歩く、ローブに身を包んだ大男。

 彼は脇に兜を抱えながら道をゆく。


「……ここが駆け出しの冒険者たちが集う街……か」

 随分と呑気なものだなという感想を抱くその男は、冒険者ギルドと思しき建物の近くで足を止める。魔王城から最も遠く離れたこののどかな街にも冒険者はいて、そしてそこにこそ、今回の目的がある…はずだ。

 男は堂々と、ギルドの建物のドアを開け……。

「……それでは、始めるとしよう」


 抱えている兜。その内側にある、鋭い眼光。

 魔王の幹部が一人、デュラハン。その名はベルディア。

 彼は今、ある事の調査のために、この始まりの街・アクセルへと足を踏み入れていた。


『緊急クエスト(ベルディア発注、本人受注)

 毎日爆裂魔法を城にぶつけてくる者を探せ』




 事の発端は数日前のこと。

 突如として大地を揺るがすほどの轟音と共に襲い掛かる爆裂魔法の脅威。

 越してきたばかりの城は甚大な被害を受けたのが最初である。

 はじめは、どこのどいつかは知らんがいい度胸だと思っていたが、その後誰かが攻め込んでくることはなく一日が過ぎた。

 だが翌日、同じことが起き。

 その翌日も。

 そのまた次の日も。

 何度も何度も何度も何度も。

 繰り返し爆裂魔法が叩き込まれていた。

 いったいどこのバカがこんなことをしているのか。毎日あんな破壊行為を欠かさず行い、その癖誰も姿を現すことはない。なんの目的があってこんなことをするのかは知らないが、こちらが手出しをせずに黙っているのをいいことに、好き放題し過ぎではないか?

 考えれば考えるほど、イライラが止まらない。これは何か手を打つ必要がある。

 こんなのがこれから毎日続いたら、夜も眠れなくなる。アンデッドである自分にそんな概念などありもしないが……。


 とはいえ、配下のアンデッドを向かわせては意味がない。パニックになってしまえば、犯人を突き止める前に争いになりかねないのだ。飽くまで監視ということでこの城に腰を落ち着かせている。とりあえずは犯人を見つけて密かに警告を告げるだけでいいだろう。

 それでもやめなければ……まぁ、考え物ではあるが。




 ということで、こうして街まで出向いたのはいい。

 こちらがデュラハンであることは、今のところは気付かれていない様子だ。

 まずは情報収集。この街にいることは推測できているが、百パーセントの確信を持っているわけではない。聞き込みをしながら、徐々に確信を得ていき、人物像を調べていくことが、今回の潜入捜査をするにあたって重要となるだろう。

 まさか、生前騎士として生き、デュラハンとなって一度たりとも潜入捜査などしたことがなかったというのに……このようなことで城の外に出ることになろうとはな。


 しかし、初めに出向いたこの冒険者ギルド……もはやただの酒場でしかないように見えるのは気のせいだろうか?

 勿論、酒を仲間と共に楽しむ場も与えられていることに疑問は感じない。

 だがほとんどの人間が掲示板に目もくれず、飲み食いや会話をし、昼間から酒を飲む者もいる様子から、呑気すぎやしないかとも思う。

「……すまない。近頃こちらに越してきた者だが……ここのギルドはいつもこのような感じなのか?」

 丁度近くにいた受付嬢の女性にそう尋ねてみるが。

「はい。まぁ、魔王城からは最も離れた位置にあるというのもありますけど、最近はどうにも魔王の幹部が近くにきたらしくて……それでモンスターたちも減って、任務という任務もないというのが現状ですね……

「そう……なのか……」

 どうやら、自分のせいだったらしい。

 別に悪いとも思わないが……。


「カズマさぁぁぁん、お願いだからお金がじでえええええ!」

「よるな駄女神! 先週貸してやったばっかだろうが!」


「……」

「……」

「……まさかあれもいつも通り……ということはさすがにないだろうな、はっはっはっ」

「いえ……その、いつも通り……ですね」

「そうか」

 お金を貸してほしいと目に涙を浮かべながら男に縋りつく青髪の女性と、それにめんどくさそうにする男性の姿が、あれもまたいつも通りであるこの街の日常が、敵でありながらも心配してしまいそうになった。

「まぁいい……今日は少し、尋ねたいことがあって来たのだが……」

 受付嬢のお姉さんに対して、改めて向き直るベルディア。「なんでしょうか?」という彼女に、顔を近づけるようにして、実際頭は右手の兜に入っているから飽くまで姿勢だけそうしながら、尋ねる。

「近頃、爆裂魔法の使用を毎日のように見かけるようになってな。実はその人物を探しているのだが、何か情報はあるか? 一応、場所的にこの近辺だから、この街の冒険者だと思うんだが……」

「爆裂……魔法……ですか」

 一瞬、受付嬢の目が泳いだ気がした。ひょっとしたら、心当たりがあるのかもしれない。

 だとすればなんとしても聞きだすか……。

 ――いや落ち着けと、ベルディアは逸る自分を制す。

 自分は魔王軍の幹部の一人、デュラハンのベルディア。そのことを、この変装によって隠しながら潜入している。しかし、必ずバレないとも限らない以上、焦りは禁物。目立つ言動は控えるべきだ。

「……どうだろうか?」

「そうですねぇ……一応、上級職のアークウィザードで、爆裂魔法を扱える女の子はいますが」

「本当か!」

 思いのほか、簡単に情報は得られた。

 この街に、該当する人物が確実にいるという情報を得られただけでも、今後の動き方にも大きく影響する。しかも職業と、性別も今のでわかった。「女の子」と言うからには、おそらく歳は非常に若い。少なくとも、体格もある程度限定されてくる。

 この調子で……。

「あの……でも一つ忠告しておきますが」

「ん?」

「あまり、関わらない方がいいかと思いますよ? たぶん、彼女がいるパーティに関わると、その、私の立場上あまり大きな声では言えないのですが……無事では済まないかと」

 ――無事では済まない……だと?

 ベルディアは、その言葉に込められた、受付嬢の複雑な感情が伝わってきたような気がした。それはもう、酷く疲れたような……しかし、本人も言った通り立場上、あまり強く言えないのが少し辛いといった感じ。きっとこの女性は、苦労しているのだろうなと、ベルディアは心中を察する。

 とはいえ、無事では済まないと言われることになるとは。

 確かに、毎日城に爆裂魔法ぶっ放してくるような奴だし、危険性はあるだろうが。

 この様子だと、同業の者にも迷惑が掛かっているような感じなのか? 果たして本当に大丈夫なのかこの街は……。

「無事では……済まないとは?」

「いえ、依然も近隣で爆裂魔法の使用で住民から苦情が来てまして……そういった報告が一時期、後を絶たなかったものでして」

「……」

「……」

「お疲れ様です」

 魔王様に忠誠を誓い、魔にこの身を堕としてから、まさか人間に同情するような日が来るとは思いもしなかった。


「すいません、ちょっといいですか……?」

 突然、隣に立った少年が受付嬢のお姉さんに、クエスト内容が記された紙を手に声をかけた。その少年はどうやら、先ほど青い髪の女性と何やら揉めているようだった相手の方で、その表情はひどくやつれている。




 とりあえず、一度ギルドを出たベルディア。

 ギルド内で得られた情報はまず――。

 爆裂魔法を毎日撃ってくる犯人は、アークウィザードの女の子であること。

 そしてこの街に、確実にいること。

 過去にも同様の苦情が寄せられていたこと。

 受付嬢曰く、関わったら無事では済まないだろうということ。

 これだけでも、相当やばい。

 いったいどんなエキセントリックな少女なのだろうか……。

「さて……とにかく次は、苦情があったという場所で聞き込みか……」

 言いながら、その場所へと向かったのだった。



 だが、結果は何も得られなかった。

「爆裂魔法を撃っていた犯人の姿を、誰一人として目撃していないとは……」

 どんな服装なのか、せめてシルエットだけでもわかればよかったが……この街に住む人々は全員、爆裂魔法を近くの山に打ち込まれる騒音だけしか、知らないという。

 ――となると、また別の場所を探すしかない……か。

 この場所が空振りに終わったとなれば、次に向かうべき場所はどこか。それを考えながら、道を歩いていると。


「「……つ……れつ……ば……つ……」」


 何やら、遠くから楽し気な男女の声が聞こえる。

 その方角に身体を振り向くと。


「「……くれつ♪ 爆裂♪ 爆裂♪」」


 それはそれは、これからピクニックにでも行こうとするバカップルの如き少年と少女との姿があった。この辺はどうやら人通りも少なく、彼らが向かう方角は山に通じる道のようだ。

そしてベルディアは、彼らの口から発せられている単語に驚いた。

 ――爆裂……?

 爆裂……それは、果たして何の『爆裂』だ?

 真っ先に思い当たったのは――『爆裂魔法』。

 それにあの少年の方には見覚えがある。確か、ギルドにいた……。

 しかも。

「――待て、あっちは、俺が越してきた城がある方向……」


 まさかと思い、その二人を追いかけるベルディア。

 彼らの姿を見失わぬよう、同時に気付かれぬようにしながら。

 山奥へと、足を踏み入れる。




 案の定、彼らがたどり着いた場所――そこは。

「間違いない。こいつらが、俺の城に爆裂魔法を毎日ぶつけてくる連中か……」

 わざわざ、聞き込みをしていたのが馬鹿に思えてくるくらい、あっさりと見つけることができてしまった。

 だが、これで阻止できる。

――そう思って、警告するつもりでいたベルディアだったが。

 二人組の内、赤い服の少女の方が、杖を構えて呪文を唱えだした。

 あまりにも唐突に、何の前置きもなく。

 さもそれが当然の行為とでも、言うかのように。

 容赦なく。

 やる気満々に。

 得意気な笑みと、自信ありげな声で……。


「――ちょおぉぉぉぉぉっと待ったあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 大きな声で、慌てて身を乗り出したベルディア。


 さぁ、突然姿を現した彼に対して、二人組はどんな反応をしただろうか?

 当然、驚きの声を上げてその方向へと視線を、向けてしまった。

 視線だけじゃない。

 不幸なのは、彼の叫び声があまりにも『絶叫』に近く、こんな人気のないところでそれを耳にすれば、例え冒険者でなくとも警戒するだろう。

 咄嗟に身体ごと、ベルディアの方に向けた少女。

 近くに立つ少年もまた、同じようにして向きを変えたのだが。


「「「あ」」」


 その場にいた、三人の声が重なった。

 少女の杖が、身体の向きが変わるとともに、敵と勘違いして(実際は敵だが)、杖を構えた。勿論、その杖は爆裂魔法を放つ準備を、完了している。


 ベルディアの視界を、その身を。

 眩い閃光が包み込んだ。


「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっっ!?」


 大爆発。

 爆裂魔法の衝撃が、大気を震わせる。

 巻き起こる爆風に木々は揺れ、鳥たちがびっくりして羽ばたいていく。

「おい! どうすんだこれ!? 誰かに爆裂魔法当たったみたいだぞ!?」

「……ど、どうしましょう、ね……カズマ、とりあえず、ここは、退散するべき、かと……」

「お、おう……なんか轢き逃げみたいだけど……」

「……はやく、してください。今のわたしは、動けないので、はやくおぶって……」

「わかったって……あれ? 誰もいない……? おい、めぐみん、誰もいないみたいだぞ?」

「そうですか……じゃあきっと、弱小モンスターで跡形もなく消え去ったんでしょう」

「ならいいけど……てか、ここってあんな絶叫するモンスター出るっけ?」


 ……。

 …………。


「あ、あれ……どこだここは」

 目を覚ますと、そこは森の中だった。

 空は暗く、星が広がっている。

「俺はいったい、こんなところで何をして……うおっ!?」

 立ち上がり、辺りを見回したベルディアは、すぐ近くにあった巨大なクレーターに驚きの声を上げる。なんだこれは呟くが、その疑問に答える者はいない。

 少し身体が痛むのも気になるし、そもそも、俺はこんな山奥で、どうして眠っていたのかが謎である。しかも、すぐそこに城がある。

 城の近くで、何があったのか……。

 その原因がわからぬまま、ベルディアはふらつく身体を引きずるようにして、自分の城へと向かっていった。




 翌朝、ベルディアの耳に聞こえてきたのは、鳥の鳴き声でもなければ、木々が揺れる心地のいい音でもなく。

 ――それは大気を揺らすほどの衝撃と爆音。

 即ち、爆裂魔法だった。


「いい加減にしろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

叫ぶ彼は街に出向くことを決意する。



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