第2話「口裂け女の怪」
「っと、今度の世界は随分となんつーか、こう硬そうだな?」
灰色の建物。真っ暗な景観の中で、タオが呑気にそう言った。
タオとは真逆に、僕はとても落ち着かない気分だ。
なんていうか、こう。おどろおどろしい感じがしてなんとも不気味で。
「そうですねー。壊すのが厄介そうです」
と、シェインがこんこんと灰色の壁を叩きながら言った。
「って、壊すの前提の話だったの!?」
「ジョーダンです。新入りさん」
真顔でジョーダンとか、シェインらしいって言えば、らしいんだけど。
今まで、黙っていたレイナがため息を漏らす。
「さ、みんな、行くわよ」
と言っても、どこへ・・・と思った僕の表情から察したのか、レイナはびしっと道の先にある建物を指した。
というか、この灰色の壁に左右を囲まれた道はまっすぐ一本道で、その建物以外に行くことを許してはくれそうになかった。
タオの意見に乗って、壁を壊すって選択肢を除外してしまった自分に後悔する。
こうなったら、もう、行くしかない・・・。
僕はあんまり乗り気じゃないんだけどなぁ・・・。
「コッチから行ってヤロウってのにあちらさんからおいでなすったぜ」
【戦闘:ヴィラン】
戦闘が終わった後、他にヴィランの姿がないか確認していると視界にふっと、女の子の姿が映った。
「あ、あれ!?女の子がいる!?」
「うえーん!!ようやく人に会えたよぅ!!」
女の子は僕の姿を見るや、がっしりと抱きついて来た。
僕に抱きついてわんわんと泣きじゃくる女の子を、僕は優しくよしよしして、
宥めて、ようやく落ち着いた状態になった。
彼女は見慣れない紅いスカートに、見たこともない革製のカバンを背負っていた。
「ええと・・・、あなたどうしたの?」
「この世界が、怖いお化けばっかりの世界になっちゃって、ずっと驚かされてばっかりで、怖かったの」
「お名前、言えるかな?」
「私、小学1年生のよしだ はなこ!」
「私たち、狂ったストーリーテラーを調律しに来たんだけど・・・」
はなこちゃんは小首をかしげた。
「すとーりーてらってなに???」
「ええと、この世界を保っている人のことよ。自分の運命の書にも色々書いてあったでしょ?」
「うんめいのしょ?そんなのないよー」
「は!?」
「え!?」
「うそ!?」
四人全員が同時に驚きの言葉を口にしていた。
「うううう、生まれた時にあったでしょ!?」
「白紙だったのか!?白紙だったんだよなあ!?」
「ままま、間違って失くしたのですか!?」
僕は絶句するだけだったけど、タオさん、シェイン、レイナの三人は動揺してなんだか色々な方向に走っている。とにかく、本を持っている事、本の通りにしている事が普通の僕たちからしたら、本がないなんて、命がないようなものに等しい。
「おまえ、どうやって生きていくんだよ」
はなこちゃんはいたって普通に答えた。
「え?学校でお勉強して、大人になったらウエイトレスさんになるの」
「それは運命の書に書いてあったのですか?」
「ううん。はなこが自分で決めたのー」
「でもねー、はなこ、ウエイトレスさんかケーキ屋さんかお花屋さんかで迷ってるんだ~」
僕らの想像を超えて、はなこちゃんの世界はとても現実味を帯びていない。
奇妙すぎる。運命の書がない世界なんてあるはずがない。
「レイナ、どういうこと?運命の書がない世界なんて本当にあるのかな?」
「もしかしたら・・・だけど・・・」
「もしかしたら?」
「異世界の人なのかも」
「異世界!?」
「想区がある私たちの世界とは似て非なる存在。まったく別の次元に存在する世界。宇宙人がいたんだもの。異世界人がいても不思議じゃないわ!」
「もしかして、その世界ではどんな運命も自分で選ばなければならばいのかもね」
突拍子もない話で、僕は正直笑うことしかできなかった。
異世界?運命の書のない世界?別の次元に存在する世界?もし、そんな世界があったのなら、僕らが生まれるべきはその、異世界だったんじゃないだろうか・・・。
そんな思いが頭をかすめた。
「姉御、新入りさん、おもしろ小話はそこまでです」
「なんか、でっけーのが向こうから歩いてくるぜ」
そのメガ・ヴィランは独り言のようになにかつぶやいている。
「わた・・・わたし・・・れい?」
「え?」
「何言ってるのかしら、あのメガ・ヴィラン」
こちらに気がついたのか、メガ・ヴィランはこっちをむいて大きな口を開けて言った。
「ワタシ!キレイ!?ワタシ、キレイ!?ネエ、ワタシ、キレイ!?キレイ?キレイ?キレイ?キレイってイッタ!?」
「誰もきれーなんて言ってねーんですけど!」
「むしろ醜い?」
「うわーん!口裂け女がきたー!」
はなこちゃんは僕にだきついて泣き出してしまった。とにかく、ヴィランをかたさないと!
「大丈夫、すぐに倒してあげるから!ここで、待っていて。いい?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。はなこちゃんの事は僕が守ってみせるから」
【戦闘:メガヴィラン】
「ふう。なんとかなったわね」
「それにしても突然、メガ・ヴィランだなんてびっくりしたね」
「せめて、こう、もっと小さいやつで頼みたいな」
僕は泣き出しているはなこちゃんの側に駆け寄った。
「大丈夫だった?」
「うん。ありがとう。お兄ちゃん」
「はなこちゃん、今のヴィランのことなにか知ってるの?」
「うんとねー、多分、口裂け女なんだと思う」
タオとシェインがうんうんと頷く。
「まあ、確かに口は裂けてましたね」
「女と言えば声は女だったかもしれないな」
「本当は、もっとキレーな女の人のはずなんだけど・・・」
「なんで知ってるの?」
「だって、有名な怪談だよ?」
「カイダン?」
「怖い話。夜遅くまで遊んでいる子には口裂け女が来るの。マスクをしたきれーな女の人でね。『ワタシキレイ』って聞いてくるんだ」
タオとレイナがごくりと唾を飲み込む音がした。
二人共、体を小さくして、それぞれ、タオはシェインに、レイナは僕にしがみついてくる。
「そ、それで・・・」
「キレイって答えたら、マスクをとって、口が裂けた醜い姿を見せて・・・『これでもかー!!』って追いかけてきて食べられちゃうの」
「じゃ、じゃあ、美人見ても気軽にキレイって返事しなきゃいいんだよな」
「ううん。キレイって答えないと怒って追いかけてくるの」
「なにそれ!超、理不尽じゃない!」
「だから、口裂け女に会ったら、『ポマード』って三回唱えるか、べっ甲アメを差し出すんだよ」
「ポマードポマードポマード!」
「ちょ、レイナ早いから、それに今のメガ・ヴィランが口裂け女なら普通に倒せるでしょ」
「そ、そうよね・・・。はは、私、怖がってなんかないわよ」
「ちくしょー、べっ甲飴なんて今持ってねーよ!」
「タオ兄も落ち着くのです」
「お、俺は別に怖がってなんかねーよ!ほら、怖がってる奴が居たら渡してやろうと思っただけだし!」
「とにかく、この道を進むしかなさそうだね・・・」
「うう・・・とっと、カオステラーを見つけて、早く帰りましょう・・・」
と、トボトボ歩き出したレイナに続いて僕たちも灰色の建物に向かって進む。
「お兄ちゃん達、どこにいくの?暗くなったらおうちに帰らないといけないんだよ」
「うーん、お兄ちゃん達はとにかく、あの建物に行ってみようと思っているんだ」
「はなこちゃん、一人でおうちにかえれるかな?」
はなこちゃんはまた暗い顔になって、俯いた。
「おうちに帰れないの」
「ずっとずっと、この道を歩いてるのに、学校から帰れないの」
泣き出しそうな顔をしているはなこちゃんを僕は抱き上げて、
「じゃあ、この悪い夢が終わったら、一緒に帰り道を探してあげるよ」
そう言って、僕はまた無責任な発言をしたのだった。
灰色の建物の前についた僕らは、その威圧感に驚かさせた。
小さなお城並みの大きさだ。これが、ガッコウという建物らしい。
しかも、はなこちゃんの話だと、ここの世界の人間はみんな、このガッコウというところで字をならったり、とにかく勉強をするらしい。
一同がごくりと唾を飲み込む。やけに緊張感があるというか・・・。
「い、行こうぜ!」
タオが無理に明るく、そう言うと、僕たち五人は、そのやけに重苦しいガッコウとやらに潜入したのだった。
ガッコウにはお城にあるような小さな門があり、その先に行くと、ガラスで出来た扉があった。こんな時間にも関わらず、扉はフルオープン状態だった。
「へ、変な建物ね。衛兵の一人もいないのに、ドアを開けっ放しにするなんて・・・」
「誘ってるんじゃないですか?姉御・・・」
「へ!?なななな、なにを誘ってるのよ!」
「シェイン達をこの中におびき寄せようとしているんじゃないかって事です」
「へへへへ、変なこと言わないでよう。怖くなってくるじゃない」
「お嬢もなさけねーな」
「そう言う、タオ兄もシェインにくっつきすぎです」
そんな、くだらない会話をしながら、僕たちは門を通り、建物へと入ることに成功した。その途端。
ぎいーバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタン
今まで開いていた全てのドアが一斉に閉じてしまった。
「いやああああああああああ」
「うわああああああああああ」
そのドアの音に驚いて、タオとレイナが悲鳴を上げた。
「ひひひひ、ひとりでにドアが!!」
「ドアが閉まった!?」
パニックになる二人を置いて、僕とシェインはドアが開かないかどうかを試みてみるが、どのドアも頑なに錠を閉じている。しかも、ガラスのドアを破壊しようとしても、全く歯が立たず、ガラスのドアは強固な鉄のドアのように僕たちを、この謎の建物、ガッコウへと閉じ込めたのだった。
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