第178話 志賀の陣 参

■1570年9月19日 夕刻

 近江国 堅田

 石島隊


 堅田へと渡った俺達は、すぐに朝倉軍の斥候に発見された。


 十三くんが打って出る形で敵を追い散らしつつ、味方が全員上陸するまでの時間を稼いでくれたのだが、時間の経過で徐々に敵の数が増えてきている。


「殿、この場で少々暴れて退きましょう。敵に囲まれる前に戻らねば我らも危うくなりますぞ」


 前線から戻った十三くんによれば、坂本に押し寄せる朝倉軍の数はやはり膨大であり、俺達は多少注意を引付ける程度の事しか出来そうもないというのだ。


「でも、九郎様を助けないとダメなんです。このまま湖沿いに南下出来ないでしょうか」


 俺の視界の先には、薄暗くなり始めた琵琶湖が映っている。坂本方面は確かに敵だらけだと思うが、見える限りでは湖沿いはそれほど敵が多くないように見える。


「皆で一丸となって湖沿いに南下して森様と九郎様を助け、それからまた船で戻るというのはどうでしょうか」


 いつの間にか俺の回りには、十三くん十五くんだけでなく、遠藤義胤くんも吉田くんもいたし、畑佐さんも、その息子の義太郎くんもいる。

 郡上八幡の主だった将が集結しているわけだが、俺の言葉に誰一人として頷いてはくれない。気持ちはよくわかる。なんせ三万を超える敵に突っ込もうと言ってるわけだから、無謀もいいところだ。


 重苦しい空気の中、十五くんが口を開いた。


「殿、殿をお守りする事こそが我らの役目。三万の敵が待ち受ける中に飛び込むような、そのような事は避けねばなりませぬ」


 十五くんの言う事はよくわかる。

 俺の我儘で郡上の兵千人の命を失うなんて、許される話じゃない。そんな事は理屈でよくわかっている。

 俺を含め集まった皆が見つめる中、十五くんは言葉を続けていく。


「なれど、殿が九郎様を友として慕っておられる事、同様に九郎様が殿を友として懇意にしておられる事、我ら皆、重々承知しております。故にこうして危険を顧みる事無く琵琶湖を渡ったのです」


 そこまで言った十五くんは、突然地に膝をつき、頭を下げて大声を発した。


「お命じ下され。この十五綱忠、殿の臣下、殿の兵、殿の為にある命で御座る。ただ一言『南下せよ』と、そう申して頂ければよいのです」


 重い。この言葉は重い。

 分かっているから言えないのだ。


 俺の一言で、きっと十五くんは敵に飛び込んでいく事を躊躇しない。だから言えない。それは十五くんを失いたくないという想いもあるが、それだけではない事を俺が一番よく分かっている。


(俺の所為で死なせたと思いたくない。俺は責任を持ちたくないだけなんだ)


 十五くんの言葉に、俺は改めて自分の不甲斐なさを実感した。数秒の無言に、十五くんに倣う様にして十三くんも地に膝をついた。


「不詳、この十三綱義、御供致す」


 十三くんに続き、吉田くんや畑佐さん親子も膝をついて俺に「御供致す」と言いながら頭を垂れた。


 この将兵達の行動が、郡上八幡の兵隊さんに一気に波及していく。


「御供!」

「御供!」


 まるで大合唱かの様に、湖岸に集結していた郡上八幡の兵から「御供」の声が高まっていく。


「みんな……ごめん! いや、ありがとう!」


 俺は、この人達無しで生きていく自信がない。

 こうやってまた一つ成長させてもらいながら、助けてもらいながら、俺は郡上八幡城という場所でお殿様をやらせてもらっているのだ。


 もう、責任がどうとか、考えるのを辞める事にする。

 俺がびびってたら、申し訳ない。俺が行くと言えば命を擲ってでも働いてくれる人達に申し訳なくて、責任が怖いなんて言えるわけがない。


「皆さん! 一世一代の大勝負と参りましょう!」

『応!』


 俺はぐっと歯を食いしばり、信長様から頂戴した刀を引き抜いた。

 もう既に夕日は沈み、東の空は灰色から黒に変わりつつある。そんな琵琶湖の空を見ながら、俺は刀の先を真南へと向けた。


「全軍、このまま湖岸を南下! 坂本のお味方をお助けします!」

『応!』

『応!』


 郡上八幡の兵から、凄い覇気が発せられた気がする。

 そんな中、先頭に出た大原十三綱義くんが高々と槍を掲げ、大音量で掛け声をかけた。


「者ども! 進め!」


 よく訓練された皆さんが、小走りに近い速度で進んでいく。


『鋭!』

『闘!』

『鋭!』

『闘!』

『鋭!』

『闘!』


 運動部が走るときの掛け声のように、走る兵隊さんは掛け声を上げながら進んでいく。これは伊藤さんの指示で毎日のように行われている訓練であり、伊藤さんが伊賀へ発った今も十五くんや吉田くんによって欠かさずに行われていた。


 途中で何度か敵と接触したが、十三くんの指揮の下、十五くんや吉田くんがその都度追い払いながら、敵の追撃は最後尾を務める畑佐さん親子が見事に弾き返しながら、俺達は順調に南下していった。


(いやあ、かなり無双してる感あるよねこれ)


 金ヶ崎の時にも感じたし、木下さんや徳川さんや明智さんにも言われた事なんだけれども、どうやら郡上八幡の兵は強いらしい。

 それなのに俺がへなちょことか、本当にゴメンナサイな感じである。


 もし、坂本の織田軍が既にバラバラになる程にボロ負けしているとすれば、夜になる前に見つけてあげないと合流は困難になる。なんとか空が明るいうちに坂本に到着したいところだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る