第173話 摂津騒乱
翌日、織田軍が摂津に出発したのを見送った俺は、義太郎くんを連れて京都見物(市中警備)に回り、夜になるとご招待された会食の場に足を運んだ。
「久しいな、近江では見事な働きだったと聞いたぞ」
相変わらず、お酒と囲碁と女が大好きな織田九郎信治様である。
「九郎様、俺はもう国持ち武将ですからね。それ相応の働きはいたしますよ」
笑顔で酒を酌み交わす。織田家の状況が緊迫した今、流石に深酒して酔っぱらう訳にはいかないが、少しだけならいいだろう。
「ほう、言うようになったな。国持ちなのは洋太郎ではなく伊藤殿であろうに、ハッハッハ」
違うと言えば違うが、世間的にはそうだろう。
残念ながら、伊賀の国主はどう考えても俺ではなく伊藤さんだ。痛いところを冗談で付いてくる九郎様は、何やら見慣れない肉料理を手配させていた。
「洋太郎、鯨肉じゃ。先月末に伊勢湾で取れた物だ。食え」
この会食は、どうやらコレを自慢したかったらしい。まったく可愛い九郎様である。
「鯨肉ですか珍しいですね、頂きます!」
ハッキリ言って味は微妙である。だが、この時代ではあまりお肉を食べないので、味以上になんだか美味しく頂く事が出来た。
不足している栄養素とは美味しく感じる物なのだろう。
「ところで洋太郎よ。西洋美女はいつになったら紹介してくれるのだ」
(うえ、覚えてたのか)
岐阜城でのちょっとしたやり取りの事なんか、すっかり忘れていてくれると思っていた。現に俺は今この瞬間まですっかり忘れていた。
「いやぁ、九郎様が大手柄を上げたらその祝いとしましょうか」
「馬鹿を申すな。こうして京に在番を命じられて手柄もクソもあるか。そりゃ洋太郎も同じぞ、此度は手柄なしじゃな」
九郎様はそう言うが、言葉の中身とは裏腹に随分と楽しそうだ。それは俺も同じで、手柄なんか無くてもいいと思っている。まずは家中の皆さんが無事に郡上八幡に帰れる事が何よりだ。
「では九郎様。互いに手柄を望めぬ立場でありますから、折りを見て囲碁で勝負と参りますか」
言いながら九郎様の杯にお酒を満たす。
「そうじゃな。兄上が摂津で勝ちを収められるまでは油断ならぬ状況ではあるが。我等がここで気を揉んでいても始まらんしな」
金田さんからは正念場と聞かされているが、姉川に続いてどうやら俺は蚊帳の外で済みそうな気配である。
◆◇◆◇◆
◇1570年8月24日 早朝
摂津国 大坂付近
金田家
京に到着した織田信長の元に続々と織田家の将が集結。その数は三万をゆうに超えるまでになった。
その頃、ようやく摂津の兵六百騎を集めた金田正利は、池田家を追放された池田勝正を陣営に加えると夜のうちに西進。
信長が京へ到着したとの知らせを受け野田福島両城へ兵を引く三好三人衆の軍を追い、間近まで接近していた。
「健二郎、本当にやるのか」
「やりますよ。やらないとヤバイっす」
摂津の代官として、池田家の内紛、三好三人衆の挙兵、野田福島両城の構築、さらには最前線古橋城の陥落。これら全てを指を咥えて見ていたとあっては織田家中における心象があまりにもよろしくない。
そう考えた金田は、信長の到着前に織田の勢いを取り戻すべく、三好勢に急襲を仕掛ける算段を立てていた。
既に足利義昭の傘下である摂津三守護の一人、和田惟政も金田の指揮下に入っており、更に同じく将軍家勢力の細川藤賢、長岡藤孝等も摂津に入っている。
ここで仕掛けてよしんば負けたとあっても、体勢が大きく崩れる事はない。
「賭けよのう。まあ何じゃ、家を追い出された儂にとやかく言う権利など無いがな。ガッハッハ」
「
三好勢は既に野田福島城へ向けて河川を渡り始めており、軍勢が大半渡りきったあたりで残った後方の部隊に突撃を仕掛ける予定である。
「笑い事ではないな。確かにその通り。その詫びと言っては何じゃが、此度の一番槍は儂が貰い受けるぞ、よいな」
「マジっすか、死なないで下さいよ?」
「死ぬものかよ。お
お由とは、この年に金田に嫁いだ池田勝正の歳の離れた妹である。
「そうですか、ならまだまだ当分死ねませんね。安心したっす」
「おい、当分とは何だ。お由と上手くいっておらんのか」
(子供が出来ないなんて言えるわけねーな)
この時代、武家に嫁ぐ女子の大きな役割の一つが、間違いなく子を産む事である。それが出来ないという理由だけで離縁される事も珍しくなかった。
「いやいや。上手くいってはいますがね、俺に子種が無いかもしれないとか思ったりしてるんですけど、ま、それは勝ってから話ましょう」
いよいよ、三好勢の大半が渡河した。
「けっ、お盛んなクセに子種が無いとは残念な義弟だ、ガッハッハ」
ひと笑いした池田勝正は、笑った勢いのまま槍を高く構え、グッと腰を落として息を大きく吸い込んだ。
「池田筑後が先駆け致す! 者共、後に続けや!」
『応!』
池田勝正を先頭に駆けた金田勢は、そのまま渡河準備で隊列の整っていない三好勢に襲い掛かった。
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