ゲネシスファクトリー 七 【挑戦】

■ゲネシスファクトリー 日本支部

 時空域最高管制室


 ジャパンゲート719号の接続事故から約一ヶ月。


 連日行われている再接続への挑戦はさしたる成果を上げる事が無いまま、最高管制室のメンバーに疲労と焦りを蓄積し続けていた。


「掴みます」


 時空域最高管制室主任、栗原圭一によってこの日四度目のタイムズゲートが設置されようとしている。


「キャッチ確認、ピックアップします!」

「ピックアップ開始、時空域測定準備に入ります」

「時空域測定準備開始、ピックアップ完了まで残り7秒」


 各モニターは時空域の測定を行っているが、圭一だけは既に当該ゲートが目的の時空域に繋がっていない事を確信していた。


(違う……この感覚じゃない)


 ゲートの接続作業は、操作する者の五感に大きく左右される。よく訓練されたオペレーターでさえ、接続に失敗する事も珍しくない。


 栗原圭一は、世界七カ所に設置されているゲネシスファクトリーの歴代オペレーターの最高水準である接続率八九%を大きく凌駕し、現段階で接続率九四%で任務を遂行中である。


 その優秀な手腕を以てしても、一度切り離した時空域への接続は当たる気配さえ見せずにいた。


(どうすればいい。美紀、教えてくれ、何処にいるんだ)


 管制室の責任者である阿武は、日々接続を繰り返している圭一をはじめとする若いメンバーを見守りながら、既に日本支部の幹部へ向けて告示された次回のゲームチェンジャー候補者選考会に焦りを抱いていた。


「ピックアップ完了、時空域測定を開始してください」

「時空域測定を開始、ジャパンゲート第719号との照合準備完了」

「照合準備完了を確認、時空域測定を完了、照合します」


 ゲート接続には膨大な電力を消費する。

 そのため、この日から一日の接続回数に制限が設けられたのだが、それでも倉持財閥の助力によって一日四回までが許されている。倉持財閥からの資金提供がなければ、一日二回が良い所であったであろう。


「照合完了。AからF値まで、全て一致率しません」 


 結果を聞き終えた圭一が肩を落とす。

 その圭一の様子に、それまで無言で見守り続けていた阿武が口を開いた。


「皆、聞いてくれ」


 阿武は室長として、ゲームチェンジャー候補者選考会の開催についてメンバーに知らせなければならない。それが不本意であろうと、なかろうと、組織の決定である以上は拒否権などない。


「既に小耳に挟んでいるとは思うが、次回の選考会が告示された。半年後の事ではあるが知っての通り、開催の二か月前にはゲート設置の準備が開始となる」


 準備が開始されれば、再接続に向けた挑戦は選考会が終わるまで一時中断となる。これまでに何度か選考会を経験している時空域最高管制室のメンバーは、その程度の事は言うまでも無く理解出来ている。


「転送先の時間経過がどの程度かは予測さえ付かんが、検体の安全を考えるのであれば再接続は早ければ早いほうが良い。それは揺るぎようのない事実だ」


 たった数日でも、場合によっては数年、数十年の経過がある場合もある。予測不可能な接続先の時間経過に、管制室のメンバーは焦り、連日再接続に挑み、急いできた。


「だが、現状ではどうにも再接続に明るい材料が揃わん。そこでだ、私から提案がある」


 阿武は室長席を立つと、管制機器が並んだオペレーションブースへと珍しく歩を進めた。


「人は時に、理屈では説明のつかない能力を発揮する場合がある。だが、日々同じ作業の繰り返しで疲労困憊では難しいだろう。ここらで一旦リフレッシュしてみないか」


 言いながら、小脇に抱えていた端末を操作した。そこから立体映像で現れたのは、世界各地のゲネシスファクトリーの支部。そしてその支部其々のオペレーションルームである。


「これから二週間かけて世界の支部を回ろう。其々の支部がどのような取組をしているのか学ぼう。世界最高の技術力を誇る我々が、技術的に何かを得られる事は無いかもしれん、だがな」


 阿武は少し遠い目をオペレーション機器へと向けた。


「理論上可能でありながら、それでも誰一人として成功していない再接続だ。歴史にその名を刻む、人類の未来を変える事になる」


 少しの間を置き、言葉を続けた。


「それにはまず、我々が変わろう。我々が気持ちを切り替え、歴史に新たな一ページを刻む準備をしよう。そして、戻ったら死ぬ気でやってやろうではないか。そのための資金は、私が倉持財閥から引きだしてみせるよ」


 笑顔で言葉を締め括った阿武の提案を、時空域最高管制室のメンバーは快く受け入れた。


 一度管制室を離れ、気持ちを切り替え、歴史にその名を刻む再接続に挑む決意を改めて固めたのである。

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