第161話 両軍、江北へ
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◇1570年6月19日
美濃国 岐阜城
織田家
北近江の守りを固めていた浅井家の、その最前線にある二つの砦が織田の調略によって織田方へと下った。その知らせを受けた織田信長は、この日のうちに電撃的に岐阜を発った。
例の如く三河から徳川家康率いる援軍が来訪しており、岐阜を発った織田勢一万、徳川勢五千。更に、南近江に展開中であった佐久間、柴田の両名も合流予定となっている。
織田軍の侵攻に合せ、約束通り寝返った砦に難なく兵を入れた織田信長は、そのまま北上を下知。織田勢は堅城小谷城を取り巻く支城攻略に乗り出そうとしていた。
南近江では、伊賀に入った石島長綱の活躍によって支援者を失った六角氏が既に大きく弱体しており、対六角氏については石島の兵三千を残し、北近江での一戦に向け後方の憂いを断ちきる事に成功。
決して大兵団ではないが、対浅井に集中できる環境を作り上げたと言えるであろう。
「小一郎よ、此度は石島も明智もおらんでな。わしゃやるぞ」
金ヶ崎撤退以降、木下秀吉は近江から越前方面への調略活動で重要な役割を担っていた。既に織田家の対浅井朝倉方面への調略に関しては最重要人物と言っても過言ではない成果もあげている。
「敦賀での借りを返しちゃるわ」
被害の大きかった墨俣の兵に加え、織田本隊から二千騎程の与力を付加されており、この戦には将兵としての働きを求められている。
「兄者、半兵衛殿の申す事はお守り下されよ」
「分かっておるわ。のう半兵衛、頼むでや」
金ヶ崎で味方の撤退を助け、木下家中での信頼がより一層高まっていた竹中半兵衛重治は、この戦に初めて竹中家の郎党を引き連れて参戦している。
「非才なれど、尽力致します」
笑顔でサラッと言い切るあたり、秀吉にしてみればどうも気に入らない性格ではあるのだが、才覚については十二分に信頼している。その竹中が一族を連れて参戦してくれた事に、秀吉は大いに満足していた。
(ようやく本気で仕えてくれる気になったわ)
織田勢は悠々と北近江を進み、翌日には浅井家の本拠地、小谷城へと迫る勢いを見せていた。
参戦した各将へ命じ、小谷城近隣に次々と放火。浅井家の膝元は余すことなく火の海となり大いに損害を出したが、数的不利を見込んだ浅井長政は安易に打って出る事をせず、堅牢小谷城に兵七千と共に立て籠もる構を見せる。
同月、二十二日。
小谷城に接近した織田信長は、堅城落とし難しと見て陣を下げる事を決断。
敵前からの撤退は困難を極めるが、信長はその
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◇1570年6月22日
越前国 一乗谷
朝倉家
織田信長が北近江に侵入したという知らせに、朝倉家は軍議が開かれている。そして二日目を費やした軍議がようやく決着となった。
「しからば、不詳この孫二郎が総大将を務めさせていただく」
大野朝倉家、敦賀朝倉家に次ぐ、朝倉一門における第三の実力者である。
「孫二郎よ、頼むぞ」
朝倉家当主、朝倉義景から太刀を受け取り、浅井救援の為の援軍へ向かう事が決定した。
「ハッ」
軍議に二日を費やしたのは、浅井への援軍を率いる総大将を決める議論が纏まらなかった為であった。
朝倉一門の両翼を担う敦賀朝倉家、大野朝倉家。
敦賀朝倉家が先の金ヶ崎一件で失脚している為、必然的に大野朝倉家の当主である朝倉景鏡が朝倉の軍事を取り仕切る最高責任者であったわけだが、その景鏡がこの援軍に極めて消極的な意見を曲げなかったのである。
理由は、先の敦賀郡攻防で大動員をかけているので、今すぐ動くのは難しい事。敦賀朝倉家に代わって敦賀郡の統治を行っているが、まだ不安定な状態が続いてる事。そして、景鏡本人が体調を崩している事。
以上の理由から出陣に消極的であった為、軍事執行権は第三の実力者である景健へと委ねられた。
翌日には一乗谷を発した朝倉軍であるが、その数は振るわず八千騎となっている。
朝倉家最大勢力である大野朝倉家が動かない為の動員力の欠落と、大野朝倉家に縁の深い大野郡近隣の国人衆も何かと理由を付けて出陣を辞退したのである。
その朝倉勢の中腹に、上真柄真柄荘の兵を率いる荒武者の姿があった。
(本多平八郎、決着を付けるか)
織田の援軍として徳川が参加している事は真柄の耳にも入っている。先般の一騎打ちの決着を、真柄はこの戦いで決する気概を持っていた。
同月24日。
比較的強行に近い速度で北近江へ来援した朝倉勢は、小谷城の東に位置する大依山に布陣。小谷城南方の支城である横山城を取り囲んでいる織田勢を眼下に見据え、浅井家の将を招いて軍議が取り開かれた。
◇1570年6月26日 早朝
近江国 北近江
横山城 織田軍
朝倉の援軍が一乗谷を出発したという知らせがいち早く届けられていた事もあり、織田家の軍議で朝倉の援軍到着に特段の動揺は見られない。むしろ想定していたよりも数が少なかった事で安堵の色が見て取れる。
「小谷もだが、この横山も良い城じゃな」
南近江から駆けつけ、横山城の包囲に参加している柴田勝家が率直な感想を述べた。
小谷城を守る支城は、どれも見事な山城である。そう簡単に攻め落とせる物ではない。まして目と鼻の先に浅井朝倉の連合軍が控えており、いつ仕掛けて来てもおかしくない状況である。全力で横山城に攻めかかる事は出来ない。
「江南は」
信長はじっと絵図を見つめながら一言だけを口にした。
「先程の知らせによらば、六角親子は大和方面へ逃走。六角譜代の三雲某等、名のある将を数名討ったとの事。しばらくは再起出来ますまい」
丹羽長秀の報告に目を細めた信長は、ゆっくりと堀久太郎を見据えた。
「久太郎、甲賀へ走れ。毬栗めに佐和山の備えに兵を出せと伝えろ」
「ハッ」
その日のうちに甲賀へと走った堀久太郎は、信長の命令を直接石島長綱に伝達。
甲賀の備えに伊藤長重と兵千を残し、伊賀の手勢二千弱を率いて江南を東進、浅井方の佐和山城を目指した。
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