将器

第150話 若狭へ

■1570年 1月10日

 美濃国

 郡上八幡城 石島家


「ロン」

「うぎゃ!」


 新年も十日経ち、俺達にとってようやくゆっくり出来る正月がやってきた。


 新年早々は実に忙しい。


 まずは岐阜で織田信長様へのご挨拶。それから郡上に戻って領内の色々な人からのご挨拶を受ける。新年というのは普段の何倍も多忙だった。


 で、ようやく落ち着いた今日。

 郡上八幡城には金田さんとつーくんがお忍びで訪れ、伊藤さんと俺の四人で麻雀大会である。流石に麻雀牌のような精巧な物は作れなかったが、少し平べったい感じで中々良い物で遊べている。


「伊藤様、明日の仕度が整いました」

「お、ありがとうね」


 吉田くんが持ってきた報告書に目を通しながら、目下トップ独走中の伊藤さんは、明日伊賀へと発つ予定だ。


 今年から伊賀の領主は伊藤さんという事で信長様からのお許しも得ているし、伊賀の統治が上手く行けば遅くても夏頃には概算で約三千の兵を養う事が出来るらしい。


「あ、それロンね。悪いね連続で出して貰っちゃってさ」

「ぎゃー」


 報告書に目を通しながらも抜け目のない人だ。俺の出した北できっちりアガリを掻っ攫っていく。


「石島ちゃんは先輩に接待麻雀っすね」


 ニヤケ顔の金田さんも、明日には郡上を発って摂津の領地へと戻る事になっていた。


「しかし摂津に所領をもらうなんて、金田君なかなかやるね」


 伊藤さんが言うには、摂津という国とこの郡上がある美濃では土地の価値が違うらしい。京都に近いという事は、それだけで地価が高いという事なのだろうか。


「小さい土地ですよ。兵は三百も雇えたらいいほうっす」


 そう考えれば郡上よりも経済基盤は小さい事になる。しかし、金田さんの場合は自身の動員兵力以上の権限を与えられていた。


 織田信長さんが摂津国支配を任せた三将、池田さん、伊丹さん、和田さんの「摂津三守護」と呼ばれる方々と、織田家との連絡窓口役を任されており、有事の際にはその摂津の三武将を率いて戦う立場なのである。


「池田勝正、あの人はなかなかの人っすね。あ、ツモっす」


 金田さんの近況や、つーくんの近況も色々と聞く事ができた。俺達は麻雀をしながら深く語らい、お酒を飲んで楽しんだ。


 伊藤さんと金田さんの目算では、どうも今年は激動の一年になるらしい。特に注目のイベントは「金ヶ崎の退き口」と呼ばれる信長様の逃走劇があるそうだ。

 けれども、伊藤さんと金田さんは今後の歴史については「あまりあてにしないほうが良い」という共通認識を持っている。歴史通りに事が進まない可能性は十分考えられる。もう既にいくつもの小さな変革を積み重ねてしまっているのだ。


「歴史を知らないからこそ、大胆に挑める事もある」


 金田さんはそう言って、俺にあまり歴史の詳細を話さなくなった。それは伊藤さんも同じだ。

 好きにやっていいと言われている今後の事について、一つだけ約束事が取り交わされた。


「どうしようもなくピンチになったら迷わず逃げる事」


 それさえ守れれば、俺が考えた事を実行に移していいという結論だ。

 歴史を知っていては上手く出来ない事も、知らないからこそ上手くできる。やろうとする。そんな状況になれば、歴史を知っているというアドバンテージは無いに等しい。

 ついに、俺は金田さんや伊藤さんと肩を並べた事になる。

 いや、ちょっと言い過ぎた。


「よし! ロン!」

「ぐはっ」


 麻雀大会のほうは、最終的につーくんに振り込み、俺は本日三回目のすっからかんで幕を閉じた。


 翌朝。


「何故じゃ! 離せ、はなせー!」


 郡上八幡の大広間で大暴れして優理と瑠依ちゃんに捕まっているのは、伊賀の百地家から人質として連行されてきた楓ちゃんである。


「楓ちゃん、私だって我慢してるんだからね? 我儘言わないの!」


 優理の説得に聞く耳持たない楓ちゃんの抵抗は激しさを増していく。早い話し、伊藤さんの伊賀出向に付いて行くと言い出したわけだが、同じような光景を先月も目にしている。


 先月のコレは、我儘を言っていたのが優理と瑠依ちゃん。どうにかこうにか美紀さんに説得されて今に至るが、今日は楓ちゃんが大騒ぎだ。


「オレは伊藤様の人質になったのだ! はーなーせー!」


 伊藤さん一行は既に城下を通り抜けようとしている頃である。


 楓ちゃんは人質なので、当然この郡上で過ごす予定だった。あまりにも当然すぎて、わざわざ「置いて行く」とは伊藤さんも言わなかったのだろう。

 ところが、楓ちゃんは当然のように自分も行くと思っていたらしく、置いて行かれた事に憤慨中なのだ。


 そんな楓ちゃんの目の前に美紀さんが立ちはだかった。


「まったく、よしわかった。楓、私を倒したら伊藤さんに付いて行きなさい。だけど私に負けたら大人しく郡上で生活するコト! いい?」


(え? なんでそうなる?)


 唐突の提案に俺は目を丸くして驚いている。


「よくぞ申した! 美紀殿を打ち負かして伊藤様に付いて行くとしようではないか」


(だだだ、大丈夫なのかな)


 俺の心配をよそに、美紀さんは満足そうに頷いた。


「よーし、優理、瑠依、ちょっと下がってな」

「はーい」


 不思議な事に、優理も瑠依ちゃんも何ら不安な表情を見せず、あっさりとこの勝負に同意している。

 その様子に、楓ちゃんは小さく笑みを浮かべた。


「郡上八幡の女子衆よ、忍びを甘くみたな」


 刹那、楓ちゃんがまるでチーターかと思うほど迅速かつ大胆に美紀さんに飛びかかった。だが、美紀さんと楓ちゃんの身体が重なったようになり、次の瞬間には楓ちゃんの身体がくるりと一回転するように宙を舞う。


「お見事っ、一本!」


 何処からともなく、唯ちゃんの声が響く。


「さっすが美紀ねぇ、見事な一本背負い」


 優理と瑠依ちゃんも当然の結果を見ているかのごとく、笑顔で拍手を送っている。どうやらこの子達、柔道の心得があるらしい。二年も付き合ってるのに初めて知った驚愕の事実である。


「受け身とれたかな。楓、大丈夫か?」


 楓ちゃんの顔を心配そうに覗き込む美紀さんに釣られて、俺も駆け寄って楓ちゃんの顔を覗き込んだ。

 その顔はまさしく「放心状態」と言ったふうで、自分に何が起きたのかさっぱり分からないという感じで、愛らしい両目をぱちくりさせていた。


 数日後。


 優理と瑠依ちゃんは大原へ向かい、美紀さんの監視下に置かれた楓ちゃんは柔道の訓練に励み始めた。

 俺は陽と一緒に岐阜へと向かう仕度をしてる。

 二月には岐阜へ入る事になっているからだ。


 信長様から、三月に入京せよとの通達が来ている。

 もちろん俺が単身でという話ではなく、軍勢を率いて来いという事だ。出陣している間、陽は岐阜の石島屋敷で過ごす。


 特に人質という訳ではなくこちらの任意で行う事なのだが、一つは絶対に裏切らないという姿勢を形で示す事。もう一つは京都へ出発する直前まで陽と一緒に過ごせるという利点があるからだ。


 二月に入ると、岐阜の石島屋敷が賑やかになった。


「殿!」


 伊賀を攻略して以来、ずっと伊賀に滞在していた大原ブラザーズが、伊賀の統治を伊藤さんに引き継いで戻ってきた所である。


「いやー、二人共元気だった!?」


 久しぶりに見るこの兄弟は、なんだか一回り大きくなったように感じる。

 今後の予定としては、二人とも一度郡上八幡へ戻り、数日後には十五くんが郡上の兵約五百騎を率いて岐阜へ向かってくれる手筈になっている。


「十三くん、郡上を頼みますね。十五くん、本当はお休みを取らせてあげたい所なんだけど、もう一働きお願いします」

「ハッ!」

「なんのこれしき、お任せあれ!」


 軍備を大原ブラザーズにお任せし、滞りなく兵を揃えた俺は織田信長様の命令で京都へ出発。


 用向きは、織田家に非協力的な若狭国の武田さんに味方する武藤さんの討伐だとか。

 未来から一緒に来た村上さん達の生還者コンビが仕官した甲斐武田家とは別らしいが、一応は同族であり、立派な名門だそうな。


 相変わらずひっきりなしに石島屋敷を訪れていた木下秀吉さんの話によると、どうも若狭武田家は実に複雑な家庭環境になっているらしい。

 京都の将軍足利義昭さんは、この若狭武田家をとても贔屓している。苦しかった時期に手を差し伸べてくれた存在だそうで、その後は疎遠になっているが足利幕府の大事な家臣だと思っているそうだ。

 前の若狭武田家の当主さんの弟さんが、今も足利義昭さんの近習としてお仕えしているのだとか。


 ところがその若狭武田家は親子喧嘩が元で弱体化。そこに介入した隣国朝倉家がお孫さんを拘束、誘拐。朝倉家の本拠地一乗谷で軟禁し、そのお孫さんを若狭武田家の当主に据えて間接的に若狭国を支配しているという。

 朝倉家に都合の良い若狭武田家の傀儡政権が出来上がっているという話しだが、実に難しい。


 簡単に言えば「なんだかややこしい状態」という事だと思う。

 そして昨今、将軍足利義昭さんが一乗谷に軟禁されている若狭武田家当主である武田元明さんを心配しているとかで、信長様がひと肌脱ごうという話になっているらしい。


 若狭国で朝倉家に協力的だった武藤さんを討伐し、朝倉家から元明さんを返してもらい、現存する若狭武田家の方向性を織田家に協力的な物に変えしまおうといったところか。まぁなんとなくそんなイメージで間違っていないだろう。


「若狭って遠いのかな」

「はて、某も行った事はありませんが、日本海の交易を担う商業港があるとか」

「へ~、なんていう港? 大きいのかな」

「さあ、港の名までは存じ上げませぬ。港と言うくらいですから大きな船があるのではないでしょうか」 

「船かぁ」


 そう、十五くんとこの手の会話をしてもお互いにろくな答えが出てこない。なので難しい話はやめる事にした。


 三月に入ると、京都では信長様主催で大相撲大会が開催された。相撲は俺も見知った物だから、それなりに楽しく観戦する事が出来た。


 問題は次に開催された能だ。

 何やらむにゅむにゅと訳の分からない言葉で何かを歌いながら、まるでスローモーションのような踊りを延々と見されられたわけだ、実に面白くなかった。

 俺にもう少し教養あれば理解出来たのかもしれないと思ったが、金田さんも「さっぱりわからんな、あひゃひゃひゃ」といつもの調子だったので一安心だ。


 そんな京都滞在は約一ヶ月。

 四月に入ると、いよいよ若狭への出陣命令が下された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る